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1:円満な婚約の解消(1)

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 多分、リリアン・ハイネの運命が変わったのは、3つ年上の婚約者であるヨハネスがこの一言を発した瞬間からだった。

「リリーはさ、私のこと好きじゃないだろ?」

 婚約者から突然そんなことを言われたリリアンはティーカップを手に取り、半眼で彼を見つめた。
 皇城の中央庭園。うららかな春の陽気に包まれたこの場所で、恒例となった親睦を深めるためという名目の茶会での話題にしては不穏だ。

「まあ、別に好きではありませんね?」

 リリアンは3秒ほど間を開けて、しれっと返した。
 簡単にそう言ってのけた彼女の目は『何をわかり切ったことを聞いているのだ』と言っている。
 黄金の短髪にエメラルドの瞳を持つ美青年で、且つ、臣下からの人望も厚い将来有望で完全無欠の第一皇子を前にして「好きじゃない」なんて言えてしまうのは、帝国中を探してもリリアンくらいだろう。
 護衛のためにそばで控えている第一皇子付きの騎士ダニエル・ミュラーは気まずそうに目を逸らし、空を仰いだ。

「ははっ。予想していたが、そこまで即答されると流石に悲しくなるよ」
「何ですか? 急に……」

 『そんな事ありませんわ! 私はヨハンをお慕い申し上げておりますわ!』とでも言わせたかったのだろうか。
 14の頃から婚約者として共に過ごして早6年。
 社交界という名の慣れない戦場で背中を預けられるくらいに信頼しているが、リリアンは別に彼のことが好きなわけではない。そしてそれはヨハネスも同じ。
 そもそも王侯貴族の婚姻に恋情など必要ないという事は貴方も知っているはずだと、リリアンは怪訝な顔をした。
 すると、ヨハネスは少し寂しそうに目を伏せる。
 
「ああ、そうだな。わかりきっていたことだ」
「……何が言いたいのです?」
「ならば、リリアン・ハイネ。ちょいと私との婚約を解消してはくれないか?」  

    ヨハネスはサラッと、婚約を破棄したいと申し出てきた。
 そろそろ成婚をというタイミングで、まさかの申し出にリリアンは思わず音を立ててティーカップを置いてしまう。

「……何ゆえ?」
「実は友好の証として隣国の姫を貰い受けることになりそうなんだ」
「それは、エルデンブルク公国のツェツィーリア公女殿下のことですか?」
「ああ」

 ヨハネスは困ったように眉尻を下げる。
 友好の証として同盟国と縁を結ぶのは良くあることだが、すでに6年連れ添った婚約者がいるのにそこに割って入ることはあまりない。
 故に公女と婚約するのは、彼の弟である第二王子ジェレミーのはずだったとリリアンは記憶している。
 
「……ハッ! もしや公女殿下に一目惚れでもなさったのですか!?」

 確かにツェツィーリアは宝石のように美しい姫君だとの噂だが、まさか弟の妻となる女に横恋慕しているのかと、リリアンは軽蔑の視線を向けた。
 流石は女たらしの王子様だと目が言っている。
 ヨハネスは手を横に振り、慌てて否定した。

「違うよ。俺が望んだんじゃない」
「では何故? その話はジェレミーがお受けする予定だったのでは?」
「その予定だったが、何というか、困ったことに公女殿下が私との婚約をご所望なのだよ」

   モテる男は大変だとでも言いたげに前髪を払うヨハネス。その仕草のせいで、彼を見るリリアンの視線はさらに厳しいものとなった。

「何だよ、その目は」
「公国の要求など飲む必要ないでしょうに。そこまで彼らに譲歩しなければならない理由などあるのですか?」
「やはり鋭いな。これでは納得しないか」
「それが本当の理由なら納得しています。でもそうじゃないでしょう?」
「何故わかる?」
「ヨハンは隠し事がある時、瞬きの回数が若干増えますもの」
「……知らなかった。以後気をつけるとしよう」

   ヨハネスは観念したように両手を挙げると、婚約解消の本当の理由を話しだした。
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