上 下
109 / 149
第三章 アッシュフォード男爵夫人

27:名誉の決闘(2)

しおりを挟む
 もはや意地だった。
 アイシャが自分に興味がないのも、アイシャがあの平民上がりの男を愛してしまったことも、流石にもう理解している。
 けれど、たかだか平民の男に負けるなどプライドが許さない。  
 だからダニエルは『どちらがアイシャに相応しいかを決闘で決めよう』と言うイアンの安っぽい挑発に乗ってやった。


「皇子殿下。今ちょっと後悔してるっしょ?」
「うるさいぞ、オリバー」

 アッシュフォードの復興記念広場とかいう場所に連れてこられたダニエルは、その野次馬の多さにうんざりしていた。
 集まった群衆の中には真昼間から酒を飲み交わす奴や、楽器を奏でて踊っている奴までいる。果ては屋台を引っ張ってきて商売を始めている者さえ出てきて、もはやお祭り騒ぎだ。
 その騒がしさだけでも腹立たしいのに、端の方で行われている賭けの内容が、『皇子殿下がイアンにひれ伏す』か『皇子殿下か泣く』の二択なのが本当に解せない。
 完全に馬鹿にされている。
 嫌がらせのように用意された無駄に豪華な椅子に腰掛けたダニエルは親指の爪を噛んだ。
 
「こんな群衆の前で負けるとか、一生の恥だぞ。立ち会い人まで呼びやがって」

 立ち会い人にラホズ侯爵を呼ぶとは思わなかった。
 というより、侯爵がイアンに呼び出されて、二つ返事で現れるとは思わなかった。
 彼は気難しい人だから、格下の男爵風情の呼び出しに応じるはずがないと思っていた。
 
 これは完全に想定外だ。

 北部の貴族には何の根回しもできていない。
 どういう結果になれど、早く首都に戻らねば。変に噂が広まれば目も当てられない状態になる。
 
「オリバー。殺せ」

 もうなりふり構ってはいられない。ダニエルは冷静さを失っていた。
 オリバーはそんな彼を鼻で笑う。本当に愚かな男だ。

「いいか。どんな手を使ってもいい。必ず殺すんだ」
「……最低っすねー」
「お前にいくら払ったと思ってる」
「わーかってますよ。金の分の仕事はします」

 金で雇われた以上、それがどんなに下衆の所業でも求められたことはやる。それが彼のプライドだ。
 オリバーは軽く体をほぐしながら、向かい側でアイシャと楽しそうに会話するイアンを見やった。
 
(しかし、アレが英雄かぁ)

 女を前にデレデレと。アレではまるで牙を抜かれた獅子だ。
 一昨日のサロンでの、ダニエルを締め上げたイアンの姿はオリバーが求めていた英雄そのもので少し期待していたのに、ガッカリした。
 あんな風に腑抜けてしまっているのなら、剣豪オリバーの相手にはならない。
 
「ま、せいぜい楽しませてくれよ?」

 オリバーはその光のない真っ黒な瞳を細め、手首を鳴らした。


 *


 時計の針は約束の12時を指した。

「では両者、前へ」

 広場の中央を空けて群衆が綺麗に円を作るその中で、オリバーとイアンはラホズ侯爵の声に従い前へ出る。
 侯爵は二人の姿を確認し、右手を挙げた。
 
「女神アタナシアの名の下、これより行われるは互いの名誉をかけた決闘である。紳士のルールに則り…………と言いたいところだが、ここはアッシュフォードだ。郷に行っては郷に従え。特にルールは設けない。相手が死ぬか降参したところで勝敗を決するというのはどうだろう?」

 ラホズ侯爵は両者を見やり、「異論はあるか」と口角を上げた。それはつまり、ルールなしの何でもありの勝負ということ。要するにただの喧嘩だ。
 イアンは若干嫌そうな顔をしたが、オリバーは合法的に殺して良いのならラッキーだと笑った。

「異論はありませーん」 
「……こちらもありません」
「よろしい。では……」

 健闘を祈る、と侯爵が言おうとしたその瞬間。
 可愛らしい声が広場の静寂を切り裂いた。

「ねえ、ママ。どうして王子様は自分で戦わないの?弱いの?」

 どこからか聞こえた少女の純粋な疑問。
 貴族が決闘で代理を立てるのはよくある事なのだが、辺境の平民の少女がそれを知るわけもなく。
 3秒ほどの沈黙の後、今度はどこかから、笑いを堪えきれずにプッと息を吹き出してしまったような音が聞こえた。
 そこからはもう、皆我慢できなくなったようで至る所からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
 これには流石にダニエルは顔を真っ赤にして立ち上がった。

「おい。お前!今笑った者は不敬罪で……」
「不敬罪で処刑、なんてそんな狭量なことは仰いませんよね?」
「コルベール伯爵……」

 自身の連れてきた護衛の騎士に処罰を命じようとしたダニエルを、背後からコルベール伯爵が制した。
 後ろを取られたダニエルは舌を鳴らし、大人しく着席する。

「落ち着いてくだされ、皇子殿下。貴方様が連れて来られたのは南部の剣術大会を総なめにした男でしょう?荒々しい剣技で、いくつかの大会を出禁になった乱暴者だが、その強さは折り紙つきだ。ならば彼が負けるなど万が一にもないのでは?」

 自信を持つと良い。コルベール伯爵はそう言ってニッコリと笑った。
 どこか小馬鹿にしたようなその笑みに、ダニエルは眉根を寄せる。

「……其方やラホズ侯爵のような大貴族が、たかだか男爵風情の言いなりとは驚いたぞ。呼び出されたからと言って、ノコノコと現れよって」
「そりゃ来るでしょう。当たり前のことです。……何せなのだから」
「……………は?」

 聞き捨てならないその台詞に、ダニエルは振り返る。
 だが、彼が何か言おうとするよりも先にラホズ侯爵の「静粛に」という声が広場に響いた。

「ほら、お静かに」

 コルベール伯爵は人差しを立てて口元に当てると、ダニエルに前を向くよう促した。 

「殿下、しっかりとその目でご確認くだされ。ご自身の愚かさを」

 

 
しおりを挟む
感想 211

あなたにおすすめの小説

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?

ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。 13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。 16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。 そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか? ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯ 婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。 恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。

[完結]想ってもいいでしょうか?

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
貴方に逢いたくて逢いたくて逢いたくて胸が張り裂けそう。 失ってしまった貴方は、どこへ行ってしまったのだろう。 暗闇の中、涙を流して、ただただ貴方の事を考え続ける。 後悔しているの。 何度も考えるの。 でもどうすればよかったのか、どうしても分からない。 桜が舞い散り、灼熱の太陽に耐え、紅葉が終わっても貴方は帰ってこない。 本当は分かっている。 もう二度と私の元へ貴方は帰ってこない事を。 雪の結晶がキラキラ輝きながら落ちてくる。 頬についた結晶はすぐに溶けて流れ落ちる。 私の涙と一緒に。 まだ、あと少し。 ううん、一生でも、私が朽ち果てるまで。 貴方の事を想ってもいいでしょうか?

処理中です...