【完結】婚約者の前で猫をかぶる姫とそれに振り回される伯爵家の従者の話

七瀬菜々

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 海に囲まれた緑豊かな美しい島国、ローゼンシュタイン公国。
 この国には、常に皆の注目を集める二人の若者がいた。

 彼女の名はカリーナ・ローゼンシュタイン。
 金髪碧眼の大層美しい容姿をした大公の末姫。
 彼の名は、ジュード・ジルフォード。
 銀髪紫眼の美丈夫で由緒正しき伯爵家の嫡男。

 美しい彼らは、周囲に望まれるがままに婚約し、以来、いついかなる時も共に歩んできた。

 彼らの人生はひどく窮屈なものだった。
 常に周囲からの期待や羨望、嫉妬の目に晒されて生きてきた。
 二人は、何ひとつ間違えないよう、何ひとつ取りこぼさぬように、定められたレールの上をそれはそれは慎重に歩いてきた。
 そして相手が決められた枠からはみ出さないように、常にお互いを監視してきた。
 故に、互いのことは嫌という程良くわかる。



 城で定期的に開催されるカリーナとジュードのお茶会。
 それは二人が仲睦まじく過ごしていることを示すだけの形式的なもの。
 キラキラと輝く海が見えるテラスで、青々とした美しい景色を眺めながらカリーナは小さくため息をついた。
 空は雲ひとつない晴天なのに、彼女の心は晴れない。

「ジュードは好きな人がいるのかしら?」

 婚約者が少し席を外した隙に、カリーナは彼の従者に問いかけた。
 唐突な質問に、伯爵家の従者ローレンスは戸惑いながらも「好きな人はいると思います」と答えた。
 すると、彼女は小さく「やっぱり」と呟く。


 カリーナには婚約者が想いを寄せる相手に心当たりがあった。
 それは彗星の如く社交界に現れた娘、レイラ。
 つい最近、とある男爵の落胤として貴族になったこの娘は、社交界でも稀有な存在だった。
 自由奔放、天真爛漫。自分の心の赴くままに振る舞うその姿は、貴族の令嬢としてとても褒められたものではなかった。
 しかし、決められたレールの上を歩くしかなかった彼の目には、そんなレイラがとても眩しく見えたのかもしれない。

 ジュードは最近の夜会で、よく彼女と話している。
 カリーナには、彼女といる時の彼がとても生き生きとしているように見えた。
 冗談を言い合って、たまに彼女の頭を小突いたりしている場面を見かけたこともある。
 きっと、レイラには素の姿を見せているのだろう。
 昔のジュードはそんな感じだった。
 それがいつの頃からか、カリーナの前では貼り付けたような笑顔しか見せなくなった。
 人の目のある所でしか会わないせいもあるのだろうが、いつもよそよそしい婚約者。


 カリーナは大公である父が決めたこの婚約で、ジュードを縛りつけてしまった事に負い目を感じている。
 だから、彼の目に自分以外の相手が映ったときは全力で応援しようと、昔から決めていた。だが…。

(もし、ジュードがレイラ嬢のことを好いているのなら、私は応援したい)

 そう強く思うのに、凝り固まった思考のカリーナは、決められた枠から飛び出すことが出来ずにいた。


 そんな折、従者が言う。


『そういえば最近、成人を迎えれば、本人達の意思で婚約を破棄できるようになりましたよね』


 まさに青天の霹靂。


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