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32:梅雨明けはまだ遠い(1)
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あれから1週間。兄とは何だが微妙に気まずい。
相変わらず兄は屁理屈たれてるし、私はそんな兄に突っかかる毎日だから、傍目から見たら何も変わっていないように見えるだろう。
けれども、今までやってきた『引きこもりクソニートが!』からの『うるせぇ、女子力皆無のクソ妹』という会話が無くなった。
2人の間で3年前のことや、引きこもっていることに関して何か話すことはない。
「ほい。弁当」
「ありがとう。あ、また大志の分?」
「ああ。この間の礼も兼ねて弁当箱を新調してやったぞ」
「ほんとだ。タッパじゃない」
玄関で渡されたお弁当袋の中にはお揃いのお弁当箱が二つ入っていた。
わざわざ私の分も新しくしなくて良かったのに。
お揃いの二つのお弁当箱を眺め、私は何とも言えない気持ちになった。
何となく、前より兄が優しくなった気がする。
気がするだけで、本当は気のせいなのかもしれないけれど、少し雰囲気が柔らかくなった。
それは何かを諦めたのかからなのか、それとも何か吹っ切れたからなのか。
「早よ行け。遅刻するぞ」
「う、うん。行ってきます」
「おう。行ってらっしゃい」
ボーッと兄の顔を見つめていた私は、彼に急かされ急いで玄関を出た。
外は今日も雨だった。梅雨明けはまだ遠い。
***
雨は嫌いじゃないが、雨の日の通学はどう頑張っても慣れない。
濡れた傘を持って電車に乗るのは気を使うし、そもそも傘は邪魔になる。それに靴や荷物は濡れるし、おしゃれもできない。
「…そう考えると良いところないな」
あの週末の東京での雨は嬉しいことが多かった気がするが、あれは勘違いだったのかもしれない。
私は傘から手を出し、サーッと降る雨に触れてみる。すると、冷たい雨粒がすぐに手のひらに溜まった。
無色透明の汚れを知らない水のようで実は汚い雨水。私は指を開き、その水を下に流した。
「何してんねん」
大学の正門を抜けた先の初めの坂道で、1人ぼーっと佇んでいた私に声をかけてくれたのは、やはり大志だった。
彼はカバンのポケットからタオルを出すと、私の手を優しく拭いてくれた。
私がありがとうと微笑むと、彼は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
「何かあったんか?」
「何かって?」
「兄貴のこととか」
「別に何もないよ?どうして?」
「元気ないから」
「元気だよ?」
「嘘つけ。笑顔が嘘っぽい」
「嘘っぽいって何よ」
「貼り付けた笑顔ってこと」
大志は私の両頬をつまむと、横に伸ばした。痛い。
「何かあるなら言えば?」
「…別に大したことじゃないよ」
「大したことやなくても、俺は聞きたい」
「…じゃあお昼に。お弁当あるから」
「おう」
私がお弁当袋を見せてそう言うと、彼はその袋をヒョイっと持ち、先を歩いた。
「彼氏みたいなことするじゃん」
「彼氏やからな」
「ああ、そういえばそうか」
「…まだ実感ないなら強硬手段に出るけど、ええか?」
強硬手段って何だろう。
振り返った大志の目は、少しギラギラとしていたので、私は目を逸らせた。
「ちゃんと実感あるので大丈夫です。遠慮します」
「そうか。それは残念やな」
彼は悪戯な笑みを浮かべて、また、私の斜め前を歩き始めた。
相変わらず兄は屁理屈たれてるし、私はそんな兄に突っかかる毎日だから、傍目から見たら何も変わっていないように見えるだろう。
けれども、今までやってきた『引きこもりクソニートが!』からの『うるせぇ、女子力皆無のクソ妹』という会話が無くなった。
2人の間で3年前のことや、引きこもっていることに関して何か話すことはない。
「ほい。弁当」
「ありがとう。あ、また大志の分?」
「ああ。この間の礼も兼ねて弁当箱を新調してやったぞ」
「ほんとだ。タッパじゃない」
玄関で渡されたお弁当袋の中にはお揃いのお弁当箱が二つ入っていた。
わざわざ私の分も新しくしなくて良かったのに。
お揃いの二つのお弁当箱を眺め、私は何とも言えない気持ちになった。
何となく、前より兄が優しくなった気がする。
気がするだけで、本当は気のせいなのかもしれないけれど、少し雰囲気が柔らかくなった。
それは何かを諦めたのかからなのか、それとも何か吹っ切れたからなのか。
「早よ行け。遅刻するぞ」
「う、うん。行ってきます」
「おう。行ってらっしゃい」
ボーッと兄の顔を見つめていた私は、彼に急かされ急いで玄関を出た。
外は今日も雨だった。梅雨明けはまだ遠い。
***
雨は嫌いじゃないが、雨の日の通学はどう頑張っても慣れない。
濡れた傘を持って電車に乗るのは気を使うし、そもそも傘は邪魔になる。それに靴や荷物は濡れるし、おしゃれもできない。
「…そう考えると良いところないな」
あの週末の東京での雨は嬉しいことが多かった気がするが、あれは勘違いだったのかもしれない。
私は傘から手を出し、サーッと降る雨に触れてみる。すると、冷たい雨粒がすぐに手のひらに溜まった。
無色透明の汚れを知らない水のようで実は汚い雨水。私は指を開き、その水を下に流した。
「何してんねん」
大学の正門を抜けた先の初めの坂道で、1人ぼーっと佇んでいた私に声をかけてくれたのは、やはり大志だった。
彼はカバンのポケットからタオルを出すと、私の手を優しく拭いてくれた。
私がありがとうと微笑むと、彼は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
「何かあったんか?」
「何かって?」
「兄貴のこととか」
「別に何もないよ?どうして?」
「元気ないから」
「元気だよ?」
「嘘つけ。笑顔が嘘っぽい」
「嘘っぽいって何よ」
「貼り付けた笑顔ってこと」
大志は私の両頬をつまむと、横に伸ばした。痛い。
「何かあるなら言えば?」
「…別に大したことじゃないよ」
「大したことやなくても、俺は聞きたい」
「…じゃあお昼に。お弁当あるから」
「おう」
私がお弁当袋を見せてそう言うと、彼はその袋をヒョイっと持ち、先を歩いた。
「彼氏みたいなことするじゃん」
「彼氏やからな」
「ああ、そういえばそうか」
「…まだ実感ないなら強硬手段に出るけど、ええか?」
強硬手段って何だろう。
振り返った大志の目は、少しギラギラとしていたので、私は目を逸らせた。
「ちゃんと実感あるので大丈夫です。遠慮します」
「そうか。それは残念やな」
彼は悪戯な笑みを浮かべて、また、私の斜め前を歩き始めた。
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