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27:自己満足な謝罪(2)
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30分後、スーパー銭湯の駐車場で待っているとそこに現れたのは田辺さんと…
ーーーーー田中綺羅に改名した工藤綺羅だった。
兄はものすごい剣幕で田辺さんに詰め寄る。
隣に立つ工藤さんはただ萎縮して、俯いているだけだった。
「おい、田辺。どういうつもりだ!?」
「あ、謝りに来たの。この人と一緒に…」
「はぁ!?」
「こ、こんなに過去に囚われてるなんて思わなかったから、東京には出て来れたんだし、ちょうど良い機会だと思って…」
田辺さんに殴りかかりそうになる兄を大志が止める。
田辺さんの話によると、結婚式の後、新郎を通じて彼女に連絡があったらしい。
『結婚式の会場で被害者の兄だった人を見つけた。被害者に直接謝りたいから連絡が取りたい』と。
曰く、工藤さんは少年院を出てとても苦労していたらしい。
高校中退、中卒で少年院から出たばかり。どこも雇ってくれないし、お金もない。
親には縁を切られ、行くあてもない。
想像しなくてもわかることだ。世間からの風当たりは厳しかったことだろう。
今はようやく、気のいいおじさんに拾われて近くの町工場で働きながら生活しているらしい。
安月給で、贅沢もできないけれど、真面目に誠実に働いているそうだ。
彼は過去の自分の罪と向き合い、前を向いて生きている。
「彼はちゃんと少年院で更生して、今は過去と向き合って反省して前を向いてる。私はあなたたち兄妹にも、もう前を向いて欲しいの!」
田辺さんは目に涙を浮かべてそう言った。
過去に囚われすぎだと。いつまでも引きずっていてはダメだと。
工藤さんは来月結婚して、子供も産まれるそうだ。
片方だけ前に進んでいるのはおかしい。一緒に前に進むべきだ。だから工藤さんの謝罪を受け入れて、過去と決別しようと彼女は言う。
その言葉に悪意はなく、本当に善意からそう言っているのが分かるから、胸が苦しくなる。
工藤さんは呆然とする私の前に跪くと、『あの時は申し訳なかった』と謝罪した。
(…やめてほしい。こんな人目の多いところで、そんなふうに謝らないで)
謝られると、許さなくてはいけなくなる。
だってほら、カメラを向けている人たちがいる。
何事かと、痴話喧嘩かと、トラブルかと、嬉しそうにカメラを向けている人たちがいる。
またあの時のように拡散されれば私は、『相手が土下座までしているのに、許してやれない女』になるんだろう。
彼から感じるのは本当にただの謝罪の気持ちだけだ。そこに悪意はなく、純粋な謝罪。
過去、過ちを犯したらもう2度と起き上がれない社会はダメだと思う。だから、私たち兄弟が彼を責め続けるのは違う。
罪を憎んで人を憎まず、だ。彼は更生している。立派な大人になっている。頭では、ちゃんとわかっている。
でも、言葉が出てこない。私は彼の罪を覚えているわけではないのに、どうしてだか、何も言いたくない。話したくない。見たくない。聞きたくない。
けれど、それでも私は、状況的に彼にこう言葉をかけねばならないのだ。
『もう気にしていませんよ』と。
昨日までの天気が嘘みたいに、どこまでも晴れ渡る空と澄んだ空気。さわやかな風。
皮肉にも、和解するのには最高の天気だ。
映画なら、ここで彼を許して、私たちも前に進み出してハッピーエンドなのだろう。
(言わなければ…)
周りの視線が痛い。事情は知らないが許してやれよと言っている。
さっきまで聞こえていた都会の喧騒が、嘘みたいに遠くに聞こえる。
私は静かに息を吸い込み、言葉を吐き出そうとした。
しかし、大志が咄嗟に私の口を塞ぎ、それを止める。
「なあ、あんたさ、子どもが生まれるから、結婚するから、だから許されたいだけやろ?自分が心置きなく次のステップ進めるように、自分の心の中にあるシコリを取り除いておきたいだけや」
ひどく冷たい声で、ひどく冷たい眼差しで大志はそう言った。
工藤さんは『そんなことない』と叫んだが、彼はその言葉遮るようにして続ける。
「違うと言うんなら、何でこんな人の多い場所でわざわざ土下座なんていうパフォーマンスじみた事するんや。こんな状況で謝られたら、こいつは許すしかなくなるやろ」
「そ、そんな…」
「見てみろ。公園でのあの時みたいにカメラ構えとるやつが大勢おる。死体に群がるハイエナのようやな?いや、蛆虫かもしれん。こいつはそんな奴らの餌にならなあかんのか。お前が許されるためだけに」
大志はスマホを掲げる人々に聞こえるようにそう言って、彼らを睨んだ。
彼の言葉に引け目を感じたのか、皆が一斉にスマホを下げる。
「なあ、こいつを自己満足な謝罪に付き合わせんな。許すことを強要すんな」
「強要なんてしてな…」
「じゃあ立てや。お前、いつまでそうしてるつもりやねん」
「それは…」
「お前、こいつが許すまでそうやって地べたに這いつくばってるつもりやったんやろ。それを強要してるって言うてるねん。なぁ、この謝罪で気分が晴れるんはお前だけやということに早く気づいてくれ」
大志は冷たく言い放つと、跪く工藤さんの腕を掴んで立ち上がらせた。
ーーーーー田中綺羅に改名した工藤綺羅だった。
兄はものすごい剣幕で田辺さんに詰め寄る。
隣に立つ工藤さんはただ萎縮して、俯いているだけだった。
「おい、田辺。どういうつもりだ!?」
「あ、謝りに来たの。この人と一緒に…」
「はぁ!?」
「こ、こんなに過去に囚われてるなんて思わなかったから、東京には出て来れたんだし、ちょうど良い機会だと思って…」
田辺さんに殴りかかりそうになる兄を大志が止める。
田辺さんの話によると、結婚式の後、新郎を通じて彼女に連絡があったらしい。
『結婚式の会場で被害者の兄だった人を見つけた。被害者に直接謝りたいから連絡が取りたい』と。
曰く、工藤さんは少年院を出てとても苦労していたらしい。
高校中退、中卒で少年院から出たばかり。どこも雇ってくれないし、お金もない。
親には縁を切られ、行くあてもない。
想像しなくてもわかることだ。世間からの風当たりは厳しかったことだろう。
今はようやく、気のいいおじさんに拾われて近くの町工場で働きながら生活しているらしい。
安月給で、贅沢もできないけれど、真面目に誠実に働いているそうだ。
彼は過去の自分の罪と向き合い、前を向いて生きている。
「彼はちゃんと少年院で更生して、今は過去と向き合って反省して前を向いてる。私はあなたたち兄妹にも、もう前を向いて欲しいの!」
田辺さんは目に涙を浮かべてそう言った。
過去に囚われすぎだと。いつまでも引きずっていてはダメだと。
工藤さんは来月結婚して、子供も産まれるそうだ。
片方だけ前に進んでいるのはおかしい。一緒に前に進むべきだ。だから工藤さんの謝罪を受け入れて、過去と決別しようと彼女は言う。
その言葉に悪意はなく、本当に善意からそう言っているのが分かるから、胸が苦しくなる。
工藤さんは呆然とする私の前に跪くと、『あの時は申し訳なかった』と謝罪した。
(…やめてほしい。こんな人目の多いところで、そんなふうに謝らないで)
謝られると、許さなくてはいけなくなる。
だってほら、カメラを向けている人たちがいる。
何事かと、痴話喧嘩かと、トラブルかと、嬉しそうにカメラを向けている人たちがいる。
またあの時のように拡散されれば私は、『相手が土下座までしているのに、許してやれない女』になるんだろう。
彼から感じるのは本当にただの謝罪の気持ちだけだ。そこに悪意はなく、純粋な謝罪。
過去、過ちを犯したらもう2度と起き上がれない社会はダメだと思う。だから、私たち兄弟が彼を責め続けるのは違う。
罪を憎んで人を憎まず、だ。彼は更生している。立派な大人になっている。頭では、ちゃんとわかっている。
でも、言葉が出てこない。私は彼の罪を覚えているわけではないのに、どうしてだか、何も言いたくない。話したくない。見たくない。聞きたくない。
けれど、それでも私は、状況的に彼にこう言葉をかけねばならないのだ。
『もう気にしていませんよ』と。
昨日までの天気が嘘みたいに、どこまでも晴れ渡る空と澄んだ空気。さわやかな風。
皮肉にも、和解するのには最高の天気だ。
映画なら、ここで彼を許して、私たちも前に進み出してハッピーエンドなのだろう。
(言わなければ…)
周りの視線が痛い。事情は知らないが許してやれよと言っている。
さっきまで聞こえていた都会の喧騒が、嘘みたいに遠くに聞こえる。
私は静かに息を吸い込み、言葉を吐き出そうとした。
しかし、大志が咄嗟に私の口を塞ぎ、それを止める。
「なあ、あんたさ、子どもが生まれるから、結婚するから、だから許されたいだけやろ?自分が心置きなく次のステップ進めるように、自分の心の中にあるシコリを取り除いておきたいだけや」
ひどく冷たい声で、ひどく冷たい眼差しで大志はそう言った。
工藤さんは『そんなことない』と叫んだが、彼はその言葉遮るようにして続ける。
「違うと言うんなら、何でこんな人の多い場所でわざわざ土下座なんていうパフォーマンスじみた事するんや。こんな状況で謝られたら、こいつは許すしかなくなるやろ」
「そ、そんな…」
「見てみろ。公園でのあの時みたいにカメラ構えとるやつが大勢おる。死体に群がるハイエナのようやな?いや、蛆虫かもしれん。こいつはそんな奴らの餌にならなあかんのか。お前が許されるためだけに」
大志はスマホを掲げる人々に聞こえるようにそう言って、彼らを睨んだ。
彼の言葉に引け目を感じたのか、皆が一斉にスマホを下げる。
「なあ、こいつを自己満足な謝罪に付き合わせんな。許すことを強要すんな」
「強要なんてしてな…」
「じゃあ立てや。お前、いつまでそうしてるつもりやねん」
「それは…」
「お前、こいつが許すまでそうやって地べたに這いつくばってるつもりやったんやろ。それを強要してるって言うてるねん。なぁ、この謝罪で気分が晴れるんはお前だけやということに早く気づいてくれ」
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