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14:少年よ、大志に縋れ(4)
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大志が兄の部屋に行ってから小一時間。
リビングに戻ってきた彼は『これで俺とお前は彼氏と彼女な』と満面の笑みでそう言った。
「…え?フリだよね?」
「今はな」
「今は?」
今はというのはつまり…、どういう意味だろう。
どうやって兄を説得したのか、兄と何を話したのかも含めて根掘り葉掘り聞きたかったが、うっすらと目が赤い兄を見たら、何となく何も聞けなかった。
結局その後、私たちは3人で配管工がテニスするゲームをしつつ、休日出勤していた母の帰りを待って4人で晩御飯を食べた。
兄のすき焼きを頬張りながら、大志は時折私をみて優しく微笑む。今日は昼間からこの顔を見ることが多い。
本当はその優しい瞳の奥に秘めた感情に何となく気づき始めているのだが、今はまだ早い気もする。兄もそう言っていたし、きっと早いのだ。
だから私は彼から目を逸らせた。
「晩御飯までありがとうございました」
「いいえー。またいつでも遊びにきてね、大志くん」
「はい、ありがとうございます」
晩御飯を食べ終えて帰る直前。玄関で、金髪のくせに好青年のように深々と頭を下げる大志。
兄はそんな彼の頭を鷲掴みにすると、突然わしゃわしゃと撫で回した。そう、犬猫を可愛がるみたいな、そんな感じ。
兄は相当彼が気に入っているようだ。
「大志を駅まで送ってくる」
「はーい。気をつけてねー」
「いいっすよ。すぐそこですし」
「いいから。さっさと外に出ろ」
兄は彼の背中を強引に押すと、そのまま二人で外へと出てしまった。
私も後を追いかけて一緒に送ろうと思ったが、母は二人きりで話すことがあるのよと嬉しそうに笑って私を引き止めた。
(まただ…)
たまに感じる疎外感。母の優しい微笑みに、兄のくだらない戯言に、たまに含まれるに意味深な空気。
母も兄も私のことをとても大切にしてくれるし、我が家は離婚した父も含めてみんな仲がいい。
けれど、この家には私だけが知らない何かがある気がする。昔からそんな感覚がずっと抜けない。
「…お母さん」
「ん?なあに?」
「お兄ちゃんはどうしてあんなに過保護なの?」
「あなたのことが大切なのよ」
母はクスッと笑って玄関に飾ってある写真の方へと視線を移した。
そこに飾ってあるのは兄の小学校の運動会の時の写真。兄が金メダルを私にかけてくれているところを納めたもの。
母のその言葉におそらく嘘はない。私も兄に大切にされているという実感はある。けれど…。
「だからお兄ちゃんは外に出ないの?」
もし兄が家から出られないのが本当に私のせいだとしたら、私が兄の人生を縛っている事になる。
私は恐る恐る母に尋ねた。すると母は困ったように笑って質問で返す。
「…どうしてそう思うの?」
「だって、お兄ちゃんは私が一人で家にいるのが嫌なのかと思って…」
「それは違うわ。お兄ちゃんは、少し怖がりなだけなのよ」
「怖がり?」
「そう。お兄ちゃんは外に出るのが怖いだけ。あなたのせいではないわ」
母はそう言うと私を優しく抱きしめてくれた。
外に出るのが怖いと言うが、兄は私がいない時は外に出ている。太陽が怖いわけでも、外の空気が怖いわけでも、人が怖いわけでもないと思う。
そう思うと母の腕の中か暖かくて、少し息苦しかった。
***
「何してんの?」
帰ってきた兄は玄関で抱き合う母と妹をみて『引くわー』という顔をする。
なんだろう。腹立たしい。
「スキンシップを取ってたのよ。お兄ちゃんも混ざる?」
「混ざるわけないだろ」
両手を広げる母を素通りしてリビングへ行こうとする兄。
私はそんなに兄の腕を掴んで引き寄せた。
「お兄ちゃんにぎゅー」
「やめろよ!気色悪い」
「あら。じゃあお母さんも、ぎゅーっ」
「おい!!良い歳した大人が何すんだよ!離せこら!」
恥ずかしがる兄をよそに、私と母は兄をぎゅっと抱きしめた。
確かに、いい歳した大人が恥ずかしい。
リビングに戻ってきた彼は『これで俺とお前は彼氏と彼女な』と満面の笑みでそう言った。
「…え?フリだよね?」
「今はな」
「今は?」
今はというのはつまり…、どういう意味だろう。
どうやって兄を説得したのか、兄と何を話したのかも含めて根掘り葉掘り聞きたかったが、うっすらと目が赤い兄を見たら、何となく何も聞けなかった。
結局その後、私たちは3人で配管工がテニスするゲームをしつつ、休日出勤していた母の帰りを待って4人で晩御飯を食べた。
兄のすき焼きを頬張りながら、大志は時折私をみて優しく微笑む。今日は昼間からこの顔を見ることが多い。
本当はその優しい瞳の奥に秘めた感情に何となく気づき始めているのだが、今はまだ早い気もする。兄もそう言っていたし、きっと早いのだ。
だから私は彼から目を逸らせた。
「晩御飯までありがとうございました」
「いいえー。またいつでも遊びにきてね、大志くん」
「はい、ありがとうございます」
晩御飯を食べ終えて帰る直前。玄関で、金髪のくせに好青年のように深々と頭を下げる大志。
兄はそんな彼の頭を鷲掴みにすると、突然わしゃわしゃと撫で回した。そう、犬猫を可愛がるみたいな、そんな感じ。
兄は相当彼が気に入っているようだ。
「大志を駅まで送ってくる」
「はーい。気をつけてねー」
「いいっすよ。すぐそこですし」
「いいから。さっさと外に出ろ」
兄は彼の背中を強引に押すと、そのまま二人で外へと出てしまった。
私も後を追いかけて一緒に送ろうと思ったが、母は二人きりで話すことがあるのよと嬉しそうに笑って私を引き止めた。
(まただ…)
たまに感じる疎外感。母の優しい微笑みに、兄のくだらない戯言に、たまに含まれるに意味深な空気。
母も兄も私のことをとても大切にしてくれるし、我が家は離婚した父も含めてみんな仲がいい。
けれど、この家には私だけが知らない何かがある気がする。昔からそんな感覚がずっと抜けない。
「…お母さん」
「ん?なあに?」
「お兄ちゃんはどうしてあんなに過保護なの?」
「あなたのことが大切なのよ」
母はクスッと笑って玄関に飾ってある写真の方へと視線を移した。
そこに飾ってあるのは兄の小学校の運動会の時の写真。兄が金メダルを私にかけてくれているところを納めたもの。
母のその言葉におそらく嘘はない。私も兄に大切にされているという実感はある。けれど…。
「だからお兄ちゃんは外に出ないの?」
もし兄が家から出られないのが本当に私のせいだとしたら、私が兄の人生を縛っている事になる。
私は恐る恐る母に尋ねた。すると母は困ったように笑って質問で返す。
「…どうしてそう思うの?」
「だって、お兄ちゃんは私が一人で家にいるのが嫌なのかと思って…」
「それは違うわ。お兄ちゃんは、少し怖がりなだけなのよ」
「怖がり?」
「そう。お兄ちゃんは外に出るのが怖いだけ。あなたのせいではないわ」
母はそう言うと私を優しく抱きしめてくれた。
外に出るのが怖いと言うが、兄は私がいない時は外に出ている。太陽が怖いわけでも、外の空気が怖いわけでも、人が怖いわけでもないと思う。
そう思うと母の腕の中か暖かくて、少し息苦しかった。
***
「何してんの?」
帰ってきた兄は玄関で抱き合う母と妹をみて『引くわー』という顔をする。
なんだろう。腹立たしい。
「スキンシップを取ってたのよ。お兄ちゃんも混ざる?」
「混ざるわけないだろ」
両手を広げる母を素通りしてリビングへ行こうとする兄。
私はそんなに兄の腕を掴んで引き寄せた。
「お兄ちゃんにぎゅー」
「やめろよ!気色悪い」
「あら。じゃあお母さんも、ぎゅーっ」
「おい!!良い歳した大人が何すんだよ!離せこら!」
恥ずかしがる兄をよそに、私と母は兄をぎゅっと抱きしめた。
確かに、いい歳した大人が恥ずかしい。
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