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序章

第6話 咲かせたい花 - 約束の始まり

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 アルディスの町は朝の光に包まれていた。ロイがこの町に来てから早、2ヶ月が経過しようとしていたが、いつものように解体場での仕事をすべく、ギルドの扉をくぐり抜けた。
 しかし、今日はいつもと違う。ロイの心はある計画に向けて高鳴っていた。その日、ロイは休みの日にソニアの薬草採取に同行する約束をするつもりだった。
 彼女は時折ポーターの仕事をするが、主に薬草採取で生計を立てていた。

 ソニアは、ギルドに来る冒険者やサポートメンバーの中で一際目立たない存在だった。彼女の服はいつも古く、肌の手入れもろくにされていない。しかし、ロイは彼女の真価を知っていた。食事の時に聞くソニアの話から、薬草に関し、誰にも負けない知識を持っているのだ。

「ソニア、ちょっといいかな?」

 ロイは食事の最中に話しかけた。
 この頃になるとソニアさんからソニアに変わっていた。

 今では2日に1日は夕食を一緒に食べている。毎度遠慮されるが、一人では淋しいからと、僕の都合だからと誘っていた。ただ食べ、その日のことを話すだけだが、その時間が高級レストランの食事以上の何よりのごちそうだ。
 店も気取ったところではなく、最低ランクの安い大衆食堂なので、女性をエスコートするような場ではない。単なる飯食って帰るか!のノリに近い。
 そんな中改まって聞いたのでソニアは驚いたように顔を上げた。

「あ、ロイさん。どうかしましたか?」

「実はね、僕、明日休みなんだ。もしよかったら、薬草採取に僕も一緒に行かせてくれないかな?」

 ロイの目は真剣そのものだった。

 ソニアは少し戸惑いながらも、彼の提案に興味を示した。

「でも、私、いつも一人ですし、ロイさんに迷惑をかけたくないのですが、その、良いのですか?」

「いや、迷惑なんて全然思わないよ。むしろ、ソニアの知識から学びたいんだ。それに、もし何かあったら君を守れるように剣も持っていくから」

 ロイは優しく微笑んだ。

 ソニアは少し考えた後、頷く。

「わかりました。それでは明日の朝、東の門で待ち合わせしましょう」

 約束を交わした二人は、それぞれの準備に取り掛かった。ロイはソニアとの薬草採取がただの作業ではなく、彼女との絆を深める大切な一歩になることを感じており、今では友達以上の感情を持っていた。

 翌日、朝の光がアルディスの街を柔らかく照らし始めた頃、ロイはソニアとの薬草採取に向けて準備をしていた。ロイの心は、共に過ごす時間への期待でいっぱいだった。ソニアは普通の冒険者よりも早く出て、薬草採取に最適な場所へと向かうため、ロイはギルドの裏手で彼女を待っていた。

「おはよう、ソニア。今日はいい天気で、薬草採取には最適な日だね」

 ロイが明るく挨拶を交わすと、ソニアは小さく微笑んだ。

「おはようございます、ロイさん。今日は特に必要な薬草があるんです。」

 ソニアの声にはいつもの仕事への真剣さがにじんでいた。

 ロイはリュックに水筒と食料、そして応急処置用のキット、非常用に回復ポーションを詰め込んでいた。ソニアの昼食も忘れない。彼はソニアのためにも、万全の準備を整えたかった。ソニアもまた、自分のバスケットに丁寧に薬草を入れるための布と、採取用の小さな鎌を持っていた。

「ソニア、森の中は予期せぬことがあるかもしれないから、僕が剣を持って守るよ。」

 ロイがそう言うとソニアは、頬を赤らめながら感謝の意を込めて頷いた。
 戦闘向きの加護を持たないと言っているが、体は鍛えており、剣の構えはいつも同行する冒険者より洗礼されている。
 騎士の子というだけあり、技術はあるというのも頷ける。

 二人は町を出ると街道を外れ、薬草が豊富に生い茂る森へと足を進めた。
 道中、ソニアは薬草採取のための知識をロイに共有し始めた。

「目的の森にはヒーリングハーブや、フィーバーリーフがたくさんあります。ヒーリングハーブはその名の通り、傷の治癒を助ける効果がありますし、フィーバーリーフは発熱を抑えるのに役立ちます。姿は…」

 ロイは興味深くソニアの話を聞きながら、彼女の知識の深さに改めて驚かされた。彼はソニアがどのようにしてこれほどまでに薬草に詳しくなったのか、その過去に思いを馳せた。

 森の入口に差し掛かると、ソニアはロイに向かって言った。

「ここから先は、私がよく知っている場所です。薬草の種類によっては、日陰を好むもの、日光を好むものがあるので、それに注意しながら探さないといけません」  

「うん。色々教えてね!」

 森の縁に立ちさあ、ひと仕事しようとソニアとロイは、緑の中へと歩を進める。
 木々の間を縫うように小道が続いており、その先には薬草が自生する一角が広がっていた。春の息吹が森全体を包み込み、新緑の葉が日差しを受けてキラキラと輝いている。そんな中、二人は会話を交わしながら、目的地へと足を運んだ。

「この森は昔から薬草の宝庫として知られてるんだよ」ソニアが教えてくれる。

「へえ、まるで秘密の庭園だな。」

 ロイが周囲を見渡しながら感心する。

 薬草を探して歩くソニアの足取りは軽やかで、時折しゃがんでは葉の裏を覗いたり、土を掘り返したりしていた。彼女の手際の良さに、ロイはただ見守ることしかできないが、その姿に心を奪われていく。

「この葉っぱを見て!触るとちょっとひんやりするでしょ?」

 ソニアが一枚の葉をロイに差し出す。

「本当だ。涼やかな感触だね。」  

 ロイは葉を触りながら応じた。

 彼女はそっと葉を取り、自分の手の甲に軽く押し当てる。その姿はまるで、古の知恵を引き継ぐ賢者のようだった。

「ソニア、君は本当に色んなことを知ってるなあ。」

 ロイが感嘆の声を漏らす。

「ううん、まだまだだよ。でも、少しでもこの知識が役立てば嬉しいな。」

 ソニアが控えめに微笑む。

 夕暮れ時、二人は重たくなった荷物を持ちながら、同じ小道を戻る。と言っても、荷物は異空間収納の中だ。ロイはたまに視線を彼女に向け、その表情からソニアの心の内を読み取ろうとする。一方のソニアも、彼の視線に気づきながらも、それを優しく受け止める。

「今日は本当に楽しかったよ。ありがとう、ロイ」

 ソニアが感謝の言葉を述べる。
 一度ロイって言ってよ!と頼むと、最初はぎこちなかったが、それでもロイと言ってくれたことにより、グッと距離が縮まったような気がした。

「いや、こちらこそありがとう。今日学んだことは、僕にとっても貴重な経験だったから」

 ロイが答えると、二人の心は自然の中で共に何かを成し遂げたことで、一段と結びついた感覚になっていた。
 これから訪れる日々が、どんな花を咲かせるのか、その予感に胸を膨らませながら、ソニアとロイは人々の活気にあふれる町へ歩を進めていった。
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