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第137話 1本の矢

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 国王は満足そうに頷いた。

「それならば、問題ない。今からあなたたちには婚姻の契りを交わしてもらう。それはこの場でキスをすることだ」

 国王は微笑んで言った。

「略式ではあるが、この大陸では国を問わず国王夫妻の前でキスをすることで、その2人の魂は絆で結ばれる。私も契約魔法を持っているが、国王のそれは普通のとは違う。この場で契りを結ぶと宣言すればあなたたちは正式に夫婦となり、侯爵家に嫁ぐことからアイリーン君の王位継承権は放棄される。暗殺者も意味がなくなるからもう手出しをしないだろう。その宣言はキスをする事だ。」

 セルカッツとヤーマは互いの目を見つめた。彼らは恥ずかしさや不安や期待、決意や愛情が入り混じった感情で満ちていた。

 しかし、ヤーマは躊躇していた。彼女はセルカッツのことをまだよく知らなかった。アイリーンがセルカッツを絶賛し、愛していると言っていたから良い人だとは思っていたが、それだけではなかった。彼女は人前でファーストキスをするのが恥ずかしかった。
 彼女は自分の気持ちに素直になれなかった。

 (どうしよう・・・私は本当にセルカッツ様とキスをしていいのだろうか?・・・私はアイリーン様の代わりになれるのだろうか・・・私はセルカッツ様を愛せるのだろうか?・・・)

 ヤーマは心の中で叫んだ。

「では、始めましょう」

 国王が開始を宣言した。

 セルカッツはヤーマの手を握って励ました。

「大丈夫だよ、アイリーン。私も緊張しているよ。でも、これが私達の幸せのためだと思っている。私達は愛し合っているんだから」

 セルカッツは優しく微笑んだ。

「アイリーン、君は貞淑で清らかで美しい乙女だよ。君にキスをすることができて、私は本当に幸せだよ」

 セルカッツの言葉に、ヤーマは心が揺れた。彼女はセルカッツの瞳に真実を見た。
 彼女は目のきれいなセルカッツに惹かれていた。

【この場合、心が目に現れている意味で、吸い込まれそうになった】

 (セルカッツ様・・・あなたは優しくて強くて素敵な人です・・・あなたにキスをすることができて、私も幸せです・・・でもアイリーン様に申し訳ない・・・アイリーン様の夫の妾に収まれば、ずっとアイリーン様に仕える事ができる!迷う必要はないわ!)

 ヤーマは心の中で答えた。

 そして、彼女は勇気を出してセルカッツへ顔を向け目を瞑った。
 セルカッツはヤーマの肩に手を添えて顔を近づけた。
 そして2人の唇が触れ合った瞬間、魔法による光が彼らを包んだが、それは美しい虹色の光だった。
 2人の気持ちが1つになる感覚に、彼らは心から幸せを感じた。

 しかし、その幸せな瞬間は長く続かなかった。

 突然、セルカッツの側面から矢が飛んできた。それは暗殺者の仕業だった。
 矢とセルカッツ、国王とは一直線になる位置だった。
 国王は気づいて身をかわそうとしたが、間に合わなかった。
 先程までセルカッツの頭のあった所を矢が空を切る。
 セルカッツが口付けをする為、ヤーマの方へ少し動いたまさにその時の事だった。

 矢は国王の胸に突き刺さったかに見えたが、実際にはセルカッツが国王を庇って咄嗟に出した手に刺さったのだ。

 「陛下!」

 王妃は悲鳴を上げるもどうする事も出来ず、矢の行方を見ているしかできなかった。
 その矢をセルカッツが国王に当たる直前に手で受け止めたのだ。
 その矢はセルカッツを狙ったものなのか、国王を狙ったのか分からなかった。

 セルカッツは驚いて目を見開いたが、何とかその矢を掴むことができた。彼は咄嗟に自らの手で矢を受け止めたのだ。その勢いで矢は手のひらを貫き、国王の額にコツンと当たった。
 セルカッツの血が掛かり国王はパニックに陥ってひぃ~と腰を抜かす。

 「セルカッツ様!」

 ヤーマはセルカッツを抱きしめて心配した。彼女はセルカッツの手から血が流れているのを見て恐怖した。

 「大丈夫ですか?」

 セルカッツは苦しそうに答えた。

「ヤーマ・・・ありがとう・・・でも・・・この矢・・・毒が・・・」

 セルカッツは言葉を失って倒れ込んだ。倒れ込むと同時にセルカッツは意識を失ってしまった。
 その矢には強力な毒が塗られており、セルカッツは瀕死の状態に陥ってしまったのだ。

 「セルカッツ様!セルカッツ様!」

 ヤーマは泣き叫んでセルカッツの名前を呼んだ。彼女は彼を失うことに恐怖した。何故なら彼女はセルカッツの事を愛してしまったからだ。
 キスをした瞬間、強烈な運命を感じる何かが入り込み、キュンとなったのだ。

 そして、彼女は再びキスをした。それは彼に力を与えるためのキスだったが、しかし、それは何も変えられないように見えた。

 彼女のキスに呼応するように、魔法の光が再び輝いた。それは今度は金色の光だった。それは神々の加護を示す光だった。

 その光に包まれて、彼女は奇跡を願った。

 セルカッツが死なぬようにと。
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