上 下
1 / 8

1-1 あの日の真相

しおりを挟む

東屋から帰ってきたクレイグ視点。

―――――――――――――――――

 クレイグが蝶国の王宮から戻りアジトの扉を開けると、皆の視線が一斉に集まった。

 珍しく朝から大人数だ。
 こちらの動向を固唾を呑んで見守っているような雰囲気に、近々俊が戻ってくると告げると団員たちは色めき立った。

 満月のため早めに自室へ戻ろうかと思ったが、カールが菓子を焼いてくれるというのでしばらく残ることにした。
 俊のお陰で心身ともに余裕がある。
 だが遅くとも夕暮れまでには戻った方が良いだろうと算段しつつ、蝶国における王位簒奪の儀についての本を開いた。

「あーなんか変な汗かいた。つーか毎日毎日風呂入るのだりぃよな。しかも野郎しかいねぇ事務所に来るために」

 ギンが頭を抱えながらソファに腰かけた。

「いや女がいなくても入れよ。汚ねぇな」

 頭痛を覚えたような表情のロイがその横でさらに顔を顰める。

「しゅわわーって風呂入った後みたいになるすげー高位の魔術。あれ出来たら楽なのにな」
「しゅわわーって語彙力がひでぇ。清めの術だろ。俺もできねぇけどな」

 エバンの返事を皮切りに、俺も俺も、と魔術の不人気さが浮き彫りになっていく。

「上級者の暇つぶしって感じだよな。クレイグならできるんじゃねぇ?」

 ジータの言葉にギンがまじか、と期待の眼差しで上体を起こした。だがクレイグが答える前にディアンがやれやれと頭を掻いた。

「魔力の量なら問題ないがな、あれは他人に使うには特殊な条件がある。習っただろ」
「全然覚えてねぇ」

 ギンどころかほぼ全員が口を揃えた。
 ディアンのため息の後、講義が始まったので、クレイグはまた本へと視線を戻した。

 一か月の猶予の間に可能な限り情報を集める必要がある。団員の身の安全は勿論配慮する必要があるが、戦闘能力が高く、場数も踏んでいるのでそこまで難しくはないとクレイグは考えていた。

 だが問題は俊だ。
 権謀術数が渦巻く継承権争いを躱すには、俊は素直すぎる。やはり身を隠すのが最善だが、何かあった場合に備えて戦闘能力は上げておく必要がある。

 昨夜話し合った内容を脳内で反芻する。
 以前に比べれば格段に魔術も剣の腕も上達したし、筋肉も付いたが、まだあんなに細い腰で……。

「あー……」

 クレイグは浮かんだ映像を搔き消すように目頭を揉んだ。

 先月より何倍も御しやすいが、やはり発情期に変わりはない。菓子を食べたらさっさと部屋に籠ろうとクレイグは台所を見た。
 だが燻っている熱は消えないままだ。
 漂ってきた甘い匂いが俊の匂いと重なる。
 東屋の頼りない光に照らされた濡れた黒い瞳や肌理の細かい肌がまなうらに蘇る。

「な?」

 ギンに肩を叩かれ、我に返った。
 聞いてなかったんじゃね? 珍しいな、などと団員の言葉が飛び交う。
 酷い! とギンがさめざめと泣き真似をするので悪い、と笑った。

「清めの術は慣れれば簡単だ。今朝も俊にやってきた。まぁ、敵を排除する攻撃系の方が俺は得意だけどな」

 場がざわめき、皆の目が一斉にクレイグを見た。
 本を手に立ち上がると、ギンとロイが後ずさった。

「やっぱり休暇を取らせてもらうことにする。悪いけど菓子はまた今度な」

 唯一その言葉に反応したディアンに部屋か地下にいる旨を告げ、皆に背を向けた。
 クレイグが出ていくまで、平生騒がしい団員たちは珍しく何も言わず、その場に立ち尽くしていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。 路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。 「――僕を見てほしいんです」 奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。 愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。 金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

処理中です...