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82. 聖女
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「愛を確かめ合ってください」
奇策とは何か、を問うたはずだった。厳粛に厳格に告げられた内容にクレイグはたっぷり十秒固まってしまった。
は? と声と態度に出すとシュバイツアーはばつが悪そうに咳払いをした。
「身体的接触を推奨したわけではありません。心です心。奇策が成功するかは貴方の心にかかっています。……ご武運を」
ともかくその手紙を読め、とクレイグの手に押しつけ老人は寒い寒いと中に戻っていった。
クレイグは呆気にとられたまま、百合の封蝋を開いた。
一度破られていると言うことは、彼とおそらくは蝶国の王が読んだのだ。
中には劣化し所々痛んだ羊皮紙が入っていた。
強い魔力の片鱗を感じる。魔術で保護してなおこの劣化。相当古い時代のものだ。
どく、と心臓が一つ鳴った。
『賢者か、狼か、呼び声か。あなたがどの名で呼ばれているのかは、わかりません。しかし導の紙がここへ導いたことをうれしく思います。この手紙があなた方にとって幸せへの導であることを祈って』
そんな書き出しで手紙は始まっていた。
『かつてこの世界には狼の姿をした神と蝶の姿をした賢者がいた。聖女と呼ばれた私は、私の領地を守る聖なる狼の一柱に幼き頃から仕えていた。彼は人々の闇を喰い昇華する役目を負っていた。
しかし領土が富み人の数が増えるに従って浄化が追い付かず、彼一人では闇に押しつぶされそうな時があった。
そんな時、決まって彼は私のもとへやって来て、私が作り出した花に身をゆだねた。絆が闇で得た傷を癒やすのだと。
従者と主人以上の関係となっていた私はこの命つきるまで彼とともに在ると誓った。
しかし成長した私はある男の妻として幽閉されてしまった。
私が裏切ったのだと男から聞かされた彼は当初私を信じた。しかし帰らない私を待ち続け、傷ついた心身も癒せなかった。
そんな折、辺境の王の強大な闇を浴び、彼はついに闇に呑まれてしまった。魔の人狼になり果てた彼の所業は檻の中にいた私の耳にも届いた。
勇敢な王子が討伐を企図していると知り、私は助力を申し出、王子の力を借り男から逃げ出した。
けれど闇に迎合した人狼は人の弱い心を知りすぎていた。
たどり着いた洞穴で、彼は王子の虚栄心を利用し三十三代先の末裔にまで及ぶ呪いをかけてしまった。
私を手にかける直前、私が作り出した花により彼は自分が何者であったかを思い出した。しかし彼は罪を犯しすぎていた。
もう戻れなかった。
彼は私に屠られる事を望んだ。脈動する心に私の力を宿した剣を突き立て、その思いに応えた。
今際の際、彼は自らと引き換えに王子の血にかけた呪いを浄化するため挺身した。
彼の思いに応え、彼と私の前に聖なる狼と三柱の蝶が現れた。
「三十三代の後、地霊の導きにより三人の賢者が現世に、そして呼び声となりうべき者が異界に顕現する。
人狼を宿した子孫が心から愛したとき、異界の者は呼び声となる。呼び声の手で以て心臓を殺したとき、狼の心が、絆が真であれば賢者の力を以て聖なる獣に戻るであろう。
だが絆が偽であれば器は骸となり、血の呪いは永劫繰り返す」
そして次に彼らは憂えた。
「人の闇はとどまることを知らない。一柱のみに任せた我らの責だ」
狼が一吠えし蝶が優しく撫でると、愛しい狼は私の手の中で砂塵となって消えた。
目を覚ました王子には私から嘘を伝えました。彼がもともと人の闇から生まれた悪しき狼であると。
そのせいで貴方たちは酷く苦しむでしょう。けれど彼を聖獣だと後世に伝えてはならなかった。
悪しき怪物として長きにわたってその名を貶められることが、彼が犯した罪への罰だった。
必要な時に必要な人物にこの手紙が渡るよう私は地霊の手をかり、魔術をかけました。人狼と呼び声、二人の証をもってすればこの紙を介し地霊がすべてを伝えてくれるでしょう。この国に導の紙を残します。
どうか、闇から解き放たれて』
奇策とは何か、を問うたはずだった。厳粛に厳格に告げられた内容にクレイグはたっぷり十秒固まってしまった。
は? と声と態度に出すとシュバイツアーはばつが悪そうに咳払いをした。
「身体的接触を推奨したわけではありません。心です心。奇策が成功するかは貴方の心にかかっています。……ご武運を」
ともかくその手紙を読め、とクレイグの手に押しつけ老人は寒い寒いと中に戻っていった。
クレイグは呆気にとられたまま、百合の封蝋を開いた。
一度破られていると言うことは、彼とおそらくは蝶国の王が読んだのだ。
中には劣化し所々痛んだ羊皮紙が入っていた。
強い魔力の片鱗を感じる。魔術で保護してなおこの劣化。相当古い時代のものだ。
どく、と心臓が一つ鳴った。
『賢者か、狼か、呼び声か。あなたがどの名で呼ばれているのかは、わかりません。しかし導の紙がここへ導いたことをうれしく思います。この手紙があなた方にとって幸せへの導であることを祈って』
そんな書き出しで手紙は始まっていた。
『かつてこの世界には狼の姿をした神と蝶の姿をした賢者がいた。聖女と呼ばれた私は、私の領地を守る聖なる狼の一柱に幼き頃から仕えていた。彼は人々の闇を喰い昇華する役目を負っていた。
しかし領土が富み人の数が増えるに従って浄化が追い付かず、彼一人では闇に押しつぶされそうな時があった。
そんな時、決まって彼は私のもとへやって来て、私が作り出した花に身をゆだねた。絆が闇で得た傷を癒やすのだと。
従者と主人以上の関係となっていた私はこの命つきるまで彼とともに在ると誓った。
しかし成長した私はある男の妻として幽閉されてしまった。
私が裏切ったのだと男から聞かされた彼は当初私を信じた。しかし帰らない私を待ち続け、傷ついた心身も癒せなかった。
そんな折、辺境の王の強大な闇を浴び、彼はついに闇に呑まれてしまった。魔の人狼になり果てた彼の所業は檻の中にいた私の耳にも届いた。
勇敢な王子が討伐を企図していると知り、私は助力を申し出、王子の力を借り男から逃げ出した。
けれど闇に迎合した人狼は人の弱い心を知りすぎていた。
たどり着いた洞穴で、彼は王子の虚栄心を利用し三十三代先の末裔にまで及ぶ呪いをかけてしまった。
私を手にかける直前、私が作り出した花により彼は自分が何者であったかを思い出した。しかし彼は罪を犯しすぎていた。
もう戻れなかった。
彼は私に屠られる事を望んだ。脈動する心に私の力を宿した剣を突き立て、その思いに応えた。
今際の際、彼は自らと引き換えに王子の血にかけた呪いを浄化するため挺身した。
彼の思いに応え、彼と私の前に聖なる狼と三柱の蝶が現れた。
「三十三代の後、地霊の導きにより三人の賢者が現世に、そして呼び声となりうべき者が異界に顕現する。
人狼を宿した子孫が心から愛したとき、異界の者は呼び声となる。呼び声の手で以て心臓を殺したとき、狼の心が、絆が真であれば賢者の力を以て聖なる獣に戻るであろう。
だが絆が偽であれば器は骸となり、血の呪いは永劫繰り返す」
そして次に彼らは憂えた。
「人の闇はとどまることを知らない。一柱のみに任せた我らの責だ」
狼が一吠えし蝶が優しく撫でると、愛しい狼は私の手の中で砂塵となって消えた。
目を覚ました王子には私から嘘を伝えました。彼がもともと人の闇から生まれた悪しき狼であると。
そのせいで貴方たちは酷く苦しむでしょう。けれど彼を聖獣だと後世に伝えてはならなかった。
悪しき怪物として長きにわたってその名を貶められることが、彼が犯した罪への罰だった。
必要な時に必要な人物にこの手紙が渡るよう私は地霊の手をかり、魔術をかけました。人狼と呼び声、二人の証をもってすればこの紙を介し地霊がすべてを伝えてくれるでしょう。この国に導の紙を残します。
どうか、闇から解き放たれて』
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