上 下
83 / 92

82. 聖女

しおりを挟む
「愛を確かめ合ってください」

 奇策とは何か、を問うたはずだった。厳粛に厳格に告げられた内容にクレイグはたっぷり十秒固まってしまった。
 は? と声と態度に出すとシュバイツアーはばつが悪そうに咳払いをした。

「身体的接触を推奨したわけではありません。心です心。奇策が成功するかは貴方の心にかかっています。……ご武運を」

 ともかくその手紙を読め、とクレイグの手に押しつけ老人は寒い寒いと中に戻っていった。

 クレイグは呆気にとられたまま、百合の封蝋を開いた。
 一度破られていると言うことは、彼とおそらくは蝶国の王が読んだのだ。
 中には劣化し所々痛んだ羊皮紙が入っていた。

 強い魔力の片鱗を感じる。魔術で保護してなおこの劣化。相当古い時代のものだ。
 どく、と心臓が一つ鳴った。

『賢者か、狼か、呼び声か。あなたがどの名で呼ばれているのかは、わかりません。しかし導の紙がここへ導いたことをうれしく思います。この手紙があなた方にとって幸せへの導であることを祈って』

 そんな書き出しで手紙は始まっていた。

『かつてこの世界には狼の姿をした神と蝶の姿をした賢者がいた。聖女と呼ばれた私は、私の領地を守る聖なる狼の一柱に幼き頃から仕えていた。彼は人々の闇を喰い昇華する役目を負っていた。
 しかし領土が富み人の数が増えるに従って浄化が追い付かず、彼一人では闇に押しつぶされそうな時があった。
 そんな時、決まって彼は私のもとへやって来て、私が作り出した花に身をゆだねた。絆が闇で得た傷を癒やすのだと。
 従者と主人以上の関係となっていた私はこの命つきるまで彼とともに在ると誓った。

 しかし成長した私はある男の妻として幽閉されてしまった。

 私が裏切ったのだと男から聞かされた彼は当初私を信じた。しかし帰らない私を待ち続け、傷ついた心身も癒せなかった。
 そんな折、辺境の王の強大な闇を浴び、彼はついに闇に呑まれてしまった。魔の人狼になり果てた彼の所業は檻の中にいた私の耳にも届いた。
 勇敢な王子が討伐を企図していると知り、私は助力を申し出、王子の力を借り男から逃げ出した。

 けれど闇に迎合した人狼は人の弱い心を知りすぎていた。
 たどり着いた洞穴で、彼は王子の虚栄心を利用し三十三代先の末裔にまで及ぶ呪いをかけてしまった。

 私を手にかける直前、私が作り出した花により彼は自分が何者であったかを思い出した。しかし彼は罪を犯しすぎていた。

 もう戻れなかった。

 彼は私に屠られる事を望んだ。脈動する心に私の力を宿した剣を突き立て、その思いに応えた。
 今際いまわきわ、彼は自らと引き換えに王子の血にかけた呪いを浄化するため挺身した。

 彼の思いに応え、彼と私の前に聖なる狼と三柱の蝶が現れた。

 「三十三代の後、地霊の導きにより三人の賢者が現世に、そして呼び声となりうべき者が異界に顕現する。
 人狼を宿した子孫が心から愛したとき、異界の者は呼び声となる。呼び声の手で以て心臓を殺したとき、狼の心が、絆が真であれば賢者の力を以て聖なる獣に戻るであろう。
 だが絆が偽であれば器は骸となり、血の呪いは永劫繰り返す」

 そして次に彼らは憂えた。

「人の闇はとどまることを知らない。一柱のみに任せた我らの責だ」

 狼が一吠えし蝶が優しく撫でると、愛しい狼は私の手の中で砂塵となって消えた。


 目を覚ました王子には私から嘘を伝えました。彼がもともと人の闇から生まれた悪しき狼であると。
 そのせいで貴方たちは酷く苦しむでしょう。けれど彼を聖獣だと後世に伝えてはならなかった。
 悪しき怪物として長きにわたってその名を貶められることが、彼が犯した罪への罰だった。

 必要な時に必要な人物にこの手紙が渡るよう私は地霊の手をかり、魔術をかけました。人狼と呼び声、二人の証をもってすればこの紙を介し地霊がすべてを伝えてくれるでしょう。この国に導の紙を残します。
 どうか、闇から解き放たれて』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

【R18】善意の触手魔王と異世界の勇者

Cleyera
BL
勇者として召喚された青年は、魔王の元にたどり着く前に『魔の森』で全滅した 魔樹に捕らえられて死んだ……はずが、触手爺さんに拾われました……え、このお人好しな触手の爺さんが、魔王?? 魔の森の共生存在の(有性生殖を理解していない)自覚なし最強触手の爺さんと(治療過程で快楽堕ちした)呑気で楽天家な勇者?の話 :注意: 創作活動などをしていない素人作品とご了承ください 攻めは触手で、人型にはなれても人化はできません 性描写有りは題名に※を付けますが、全体的に性的な単語が入っています ルビ多用の話があります 同名でお月様に出没しております

【R18/完結】転生したらモブ執事だったので、悪役令息を立派なライバルに育成します!

ナイトウ
BL
 農家の子供ルコとして現代から異世界に転生した主人公は、12歳の時に登場キャラクター、公爵令息のユーリスに出会ったことをきっかけにここが前世でプレイしていたBLゲームの世界だと気づく。そのままダメ令息のユーリスの元で働くことになったが色々あって異様に懐かれ……。 異世界ファンタジーが舞台で王道BLゲーム転生者が主人公のアホエロ要素があるBLです。 CP: 年下ライバル悪役令息×年上転生者モブ執事 ●各話のエロについての注意書きは前書きに書きます。地雷のある方はご確認ください。 ●元々複数CPのオムニバスという構想なので、世界観同じで他の話を書くかもです。

悪魔の子と呼ばれ家を追い出されたけど、平民になった先で公爵に溺愛される

ゆう
BL
実の母レイシーの死からレヴナントの暮らしは一変した。継母からは悪魔の子と呼ばれ、周りからは優秀な異母弟と比べられる日々。多少やさぐれながらも自分にできることを頑張るレヴナント。しかし弟が嫡男に決まり自分は家を追い出されることになり...

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

【完結R18】異世界転生で若いイケメンになった元おじさんは、辺境の若い領主様に溺愛される

八神紫音
BL
 36歳にして引きこもりのニートの俺。  恋愛経験なんて一度もないが、恋愛小説にハマっていた。  最近のブームはBL小説。  ひょんな事故で死んだと思ったら、異世界に転生していた。  しかも身体はピチピチの10代。顔はアイドル顔の可愛い系。  転生後くらい真面目に働くか。  そしてその町の領主様の邸宅で住み込みで働くことに。  そんな領主様に溺愛される訳で……。 ※エールありがとうございます!

自分が作ったゲームに似た異世界に行ったらお姫様の身代わりで野獣侯爵と偽装結婚させられました。

篠崎笙
BL
藍川透はゲーム会社で女性向けゲームを作っていた。夢でそのゲームの世界を見ているものだと思いきや、夢ではなく、野獣な侯爵とお見合いさせられてしまい、そのまま偽装結婚することになるが……。 

俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。 勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。 しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!? たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。

処理中です...