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6.いろいろな意味で猫になりたい

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「あーあいつ、目つき悪いけど、話すと気さくだし良い奴だぜ」

 リビングを掃き終わったギンが箒の長い柄に顎を置き、欠伸混じりに教えてくれた。俊はハタキをかけていた本棚から視線をギンに向けた。

 俊の困ったような表情には気がつかず、ギンはもう一つ欠伸をかみ殺すとぶつくさ言い始めた。

「まあナンパに誘っても一度も一緒に行ってくれたことねぇし、つれないとこもあるけどな。クレイグがいたら入れ食い間違い無しなのに。昨夜もよー」
「お前と行くより一人でナンパした方が成功率が高いからだろ」

 寝不足の理由を聞くことはできなかった。
 ぬっと洗面所からゴミ箱を持って現れたエバンが茶々を入れたからだ。

「うるせぇ、そんなことねぇ。……多分」
「もうオッサンなんだしふらふら遊んでないで落ち着けば?」
「まだ二十六なんですけど!?」

 年若い者専用の生意気に、ギンはエバンを箒の柄で小突きながらリビング中を追い回し始めた。
 二人の喧嘩は挨拶のようなものだと悟っていたので、無視して次の本棚に映った。
 ギンがオッサンなら二十八の俊も必然的にオッサンになってしまうので密かにギンを応援しておいた。

 俊が暁の霧の一員になってから早三週間が経っていた。

 余談だが、十進法と同じく暦も同じようなもので一月は三十日前後だったので助かった。
 もしかしたら異世界転生にありがちな自動翻訳がされているのかもしれないが。
 ただ一日は二十八時間だったが、今のところ睡眠時間が多くなっただけで支障はない。

 組織の団員は長のクレイグを筆頭に十二人。

 採用面接に居合わせた四人以外とは翌日に会った。
 皆一様に顴骨隆々の働き盛りの男性で、組長ほどでは無いが、日本の道ばたで出会ったら絶対回れ右をする顔つきをしていた。

 金持ちの子息と言うことで煙たがっていた団員もいた。
 だが、帳簿の暗算を目を輝かせ一心不乱にやっていたせいでドン引きされたのを切っ掛けに、今では気さくに話しかけてくれるようになった。
  スーパーで百グラムあたりの値段を瞬時に割り出す以外で、暗算オタクが役立つ日が来るとは、と胸が熱くなった。少し世知辛いが。

 そして大きな雌のトラ猫が一匹。
 スウィと言う名前の彼女は、カールが森で拾ってきたのだそうだ。
 物怖じしない性格で、初対面だと言うのに俊の膝にのり、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。
 くりくりおめめで上目の上目遣いで屈強な男達を手玉にとって、カールが規則正しくあげているご飯以外にこっそりおやつを貢がせている。
 俊も嬉々として貢ぎ物を献上する列に並ぶ日々だ。

 本棚の埃払いが終わり、その彼女の寝床の毛玉を取り除こうとしていると、スウィが甘えた高い声で俊の足にすり寄ってきた。
 今何も持ってないんだと謝ると、くりくりだった瞳が途端に半目になった。
 彼女は長い綺麗な尻尾で俊の足を一度はたいてから、喧嘩が一段落付いたらしいエバンとギンに擦り寄っていった。
 つれなさがまた良いなどと従僕のようなことを思ってしまう。
 猫だからお笑いぐさで済むが、貢がせ上手な人間の女性の良いカモになりそうだと我ながら呆れた。

 ともかく職場の人間関係に今のところ不満は見つからなかった。
 ある一点を除いて。

 「話すと気さくで良い奴」が新人に対し、近づくななんて警告めいたことを言うだろうか。

 ギンの説明となんら合致しないリーダー像に俊は溜め息を吐いた。

 確かに俊の言動は支離滅裂であったし顔が怖いあたりはよく覚えていないが、面と向かって毛嫌いされるほどでは無いと……思いたい。
 面接後のやりとりからもクレイグの人となりは分かったし、狭量というわけでもなさそうだ。

 ぼんやりとギンに餌をねだるスウィのゆらゆら揺れる尻尾を見る。
 ロックオンされたギンは慌てて何か無かったかとポケットの中身をひっくり返している。

 分からないといえば、餌をくれるなら文字通り誰にでもすり寄っていくスウィがクレイグにそうしたのを見たことがない。

 それどころか今朝の出勤時に見てしまった。
 誰もいないリビングでスウィにご飯をやり、恐る恐るなだらかな毛並みを撫でようとしていたのを。

 だがスウィは全身の毛を逆立て、聞いたことがない声でクレイグを威嚇して逃げ出してしまった。
 ドアの隙間から見えたのはクレイグの背中だったが、常であれば立派に張っている肩には悲哀が漂い、見ているこちらまで落ち込んでしまった。

 何となくだがスウィを懐柔しようと何度かこの試みを行い、ことごとく失敗しているのではと言う気がした。

 確かに端正な分だけ凄みはあるし、ここの団長を努めるほどのカリスマをもつ男だが、ディアンやカールの方が数倍迫力がある。
 野生の本能的に避けるべきは後者だろうに、スウィはこの二人にはあまあまになるのだ。

「お前は好かれているのにあいつが怖いのか?」

 ギンから望む成果を得られなかったスウィが戻ってきたので、柔らかい体を抱き上げた。

「俺なんて好かれてないのに、仲良くならなきゃいけないんだぞ」

 多難な前途を悲観する俊を前に、彼女はくぁ、とそれはそれは大きな欠伸をした。
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