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人身御供
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人身御供には決まりがある。
まず、妙齢の乙女であること。
清らかであること。
その乙女を、村総出で着飾ること。
そして村の全員で山の麓まで見届け、乙女と男衆、村長を含め五人以内で湖に向かい、そして見届けること。
その決まりを守るため、おとめは朝から女衆に日照りで少なくなった貴重な水で身体を清められ、村でいくつかしかない高級な色打掛に身を包み、長い髪を高く結い上げた。
終始無言。
それが儀式なのか分からないが、何となくおとめは口を噤んだままでいた。
支度を終えたおとめは鏡でその姿を見たけれど、自分ではないような他人を見ているような感覚になった。そして、少し似合わないなとも感じた。
それが髪と目の色のせいか、それとも普段着ている擦れてつぎはぎだれけの古い着物と違い過ぎるからか……おとめにはよく分からなかった。
「綺麗よ、おとめちゃん」
それでも、女衆は賛辞をくれた。その言葉の裏には、もしかしたら罪悪感もあるのかもしれないが、褒めてくれるのなら笑顔で返すべきだろう。
おとめはニコリと微笑んだ。
「でも、これ重いね。それに暑くて汗がでるよ」
本音を漏らすと、昨年末に結婚式をあげたばかりの女性が笑い声を漏らした。
「ふふ、そうね。着る布団みたいよね」
その声と同時に、自分の結婚の時はどうだったと雑談が始まった。どうやら、堅苦しい空気に押しつぶされそうだったのはおとめだけではなかったようだ。
「準備はいいかい?」
「――はい」
その雑談を終わらせたのは、迎えに来た村長だ。
女衆に頭を下げ、微かに啜り泣く音を背にして歩き出す。玄関を出て、男衆に傘をさしてもらい村を歩く。
ゆっくりゆっくりと本当に嫁に行くような雰囲気だ。
途中、全く事情を知らない旅人風の家族に おめでとう と声をかけられた。男衆は身体を硬くしたようだが、おとめが満面の笑みで ありがとう と応えたので、ホッと息を吐いていた。
畑仕事をする何人かをみかけたが、何も声をかけられない……そんな視線を寄越してくる。それならば、いっそ先ほどの旅人のように祝ってくれればいいのにとおとめは失笑をしそうになった。
山に入る手前で、村長は申し訳なさそうに顔を顰めた。
「すまんな、おとめちゃん」
「なにがです?」
「本来なら、村総出で見送らねばならんのだが……」
この日照り、下手に動いて喉が渇いても困るのだ。貴重な水をなるべく大切に、ということだろう。
「いいよ。無言で送られても葬式みたいじゃん」
おとめはわざとあっけらかんと言い放つ。その言葉に、今度は村長は本当に申し訳なさそうにしてくれた。
傘をさしついて来てくれていた男衆にお礼を述べ、村長と三人の男衆と山に入る。歩きづらくて仕方ないが、それを我慢して登り続けた。
村には三方を山に囲まれている。二つの山は子供でも入って木の実を取ったり、遊んで良いことになっていたが、今入った山だけは大人になってからでないと入れなかった。その上、男しか入れない。
それは、龍神が棲まわれているからだと聞いたことがある。
そんな初めて入る山を登り、中腹を過ぎ、獣道を通って、ようやく湖に到着した。
「綺麗だね」
覗き込めば底まで見えそうなほど澄んだ水。その水が太陽の強い光を反射し、神々しく煌めいている。神が棲むと言われれば、そう思ってしまうだろう。
「準備を」
村長の言葉で、男衆はおとめの足に石を括りつけた。
「どこから飛び込むんですか?」
「歩いて入るんだ」
「え、本当に?」
自らの足に付けられた石はそれなりの大きさだ。それに打ち掛けの重さ。そして、その打ち掛けが水を含んだら……。
そこまで考えておとめは首を振った。
(いや、間違いなく歩くの大変じゃん)
死ぬことよりも、死ぬ直前まで疲れなければいけないほうが嫌だなと思ってしまった。
その時、湖の方を向いていたおとめのうしろから村長が声をかけてきた。
「ごめんな……」
その声は山の入り口で聞いた言葉よりも幾分か軽く聞こえた。湖を向いたまま、ため息を飲み込み、振り返ってからおとめはにこりと笑みを浮かべた。
「いいえ、これで雨が降るなら」
心残りは……昨晩、出ていった母と会えていないことだ。きっと村長も気付いているだろうけれど、それをあえて口にしていないのだろう。
「村長、母のことを頼みます」
おとめは村長の返事を待たずに湖へ歩き出した。返事なんてありきたりなものなのだから。
石を引きずるように歩き、裾から少しずつ水を吸い込む打ち掛け。
「あぁ、涼しいかも」
暑苦しい衣装を身に纏って歩き続けていたので、火照った身体に湖の水の優しい冷たさが心地良い。
おとめは思わず泳ぎ出したくなる衝動を抑え、そのまま歩いて頭まで水に浸かった。
まず、妙齢の乙女であること。
清らかであること。
その乙女を、村総出で着飾ること。
そして村の全員で山の麓まで見届け、乙女と男衆、村長を含め五人以内で湖に向かい、そして見届けること。
その決まりを守るため、おとめは朝から女衆に日照りで少なくなった貴重な水で身体を清められ、村でいくつかしかない高級な色打掛に身を包み、長い髪を高く結い上げた。
終始無言。
それが儀式なのか分からないが、何となくおとめは口を噤んだままでいた。
支度を終えたおとめは鏡でその姿を見たけれど、自分ではないような他人を見ているような感覚になった。そして、少し似合わないなとも感じた。
それが髪と目の色のせいか、それとも普段着ている擦れてつぎはぎだれけの古い着物と違い過ぎるからか……おとめにはよく分からなかった。
「綺麗よ、おとめちゃん」
それでも、女衆は賛辞をくれた。その言葉の裏には、もしかしたら罪悪感もあるのかもしれないが、褒めてくれるのなら笑顔で返すべきだろう。
おとめはニコリと微笑んだ。
「でも、これ重いね。それに暑くて汗がでるよ」
本音を漏らすと、昨年末に結婚式をあげたばかりの女性が笑い声を漏らした。
「ふふ、そうね。着る布団みたいよね」
その声と同時に、自分の結婚の時はどうだったと雑談が始まった。どうやら、堅苦しい空気に押しつぶされそうだったのはおとめだけではなかったようだ。
「準備はいいかい?」
「――はい」
その雑談を終わらせたのは、迎えに来た村長だ。
女衆に頭を下げ、微かに啜り泣く音を背にして歩き出す。玄関を出て、男衆に傘をさしてもらい村を歩く。
ゆっくりゆっくりと本当に嫁に行くような雰囲気だ。
途中、全く事情を知らない旅人風の家族に おめでとう と声をかけられた。男衆は身体を硬くしたようだが、おとめが満面の笑みで ありがとう と応えたので、ホッと息を吐いていた。
畑仕事をする何人かをみかけたが、何も声をかけられない……そんな視線を寄越してくる。それならば、いっそ先ほどの旅人のように祝ってくれればいいのにとおとめは失笑をしそうになった。
山に入る手前で、村長は申し訳なさそうに顔を顰めた。
「すまんな、おとめちゃん」
「なにがです?」
「本来なら、村総出で見送らねばならんのだが……」
この日照り、下手に動いて喉が渇いても困るのだ。貴重な水をなるべく大切に、ということだろう。
「いいよ。無言で送られても葬式みたいじゃん」
おとめはわざとあっけらかんと言い放つ。その言葉に、今度は村長は本当に申し訳なさそうにしてくれた。
傘をさしついて来てくれていた男衆にお礼を述べ、村長と三人の男衆と山に入る。歩きづらくて仕方ないが、それを我慢して登り続けた。
村には三方を山に囲まれている。二つの山は子供でも入って木の実を取ったり、遊んで良いことになっていたが、今入った山だけは大人になってからでないと入れなかった。その上、男しか入れない。
それは、龍神が棲まわれているからだと聞いたことがある。
そんな初めて入る山を登り、中腹を過ぎ、獣道を通って、ようやく湖に到着した。
「綺麗だね」
覗き込めば底まで見えそうなほど澄んだ水。その水が太陽の強い光を反射し、神々しく煌めいている。神が棲むと言われれば、そう思ってしまうだろう。
「準備を」
村長の言葉で、男衆はおとめの足に石を括りつけた。
「どこから飛び込むんですか?」
「歩いて入るんだ」
「え、本当に?」
自らの足に付けられた石はそれなりの大きさだ。それに打ち掛けの重さ。そして、その打ち掛けが水を含んだら……。
そこまで考えておとめは首を振った。
(いや、間違いなく歩くの大変じゃん)
死ぬことよりも、死ぬ直前まで疲れなければいけないほうが嫌だなと思ってしまった。
その時、湖の方を向いていたおとめのうしろから村長が声をかけてきた。
「ごめんな……」
その声は山の入り口で聞いた言葉よりも幾分か軽く聞こえた。湖を向いたまま、ため息を飲み込み、振り返ってからおとめはにこりと笑みを浮かべた。
「いいえ、これで雨が降るなら」
心残りは……昨晩、出ていった母と会えていないことだ。きっと村長も気付いているだろうけれど、それをあえて口にしていないのだろう。
「村長、母のことを頼みます」
おとめは村長の返事を待たずに湖へ歩き出した。返事なんてありきたりなものなのだから。
石を引きずるように歩き、裾から少しずつ水を吸い込む打ち掛け。
「あぁ、涼しいかも」
暑苦しい衣装を身に纏って歩き続けていたので、火照った身体に湖の水の優しい冷たさが心地良い。
おとめは思わず泳ぎ出したくなる衝動を抑え、そのまま歩いて頭まで水に浸かった。
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