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01:『金魚はドアを叩く』(約30分)
後半パート
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○地下劇場ゆうとぴあ(夜)
万希(まき):「さぁてと! 久々の本番かぁ」
少花(しょうか):「どうぞこちらへ。劇場のお客様は久しぶりなので、手厚くおもてなししますよ」
万希(まき):「それをカフェでもやってよね」
少花(しょうか):「それで売上変わりそう?」
万希(まき):「絶対変わる」
少花(しょうか):「じゃあ考えておきましょう」
赤衣(あかえ):「あ、あのっ……」
万希(まき):「あぁ、ごめん。客のこと忘れてたわ」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「そちらのお席にお掛けください。客席はひとつしかないから、わかりやすいでしょう?」
赤衣(あかえ):「はい………」
万希(まき):「じゃ、わたしたち行くから、そこで見ててよ。あんたのためだけの朗読劇を」
赤衣(あかえ):「………………」
○赤衣の心中
赤衣(あかえ):私は、貧しい家庭に生まれた。それでも両親は、私にめいっぱい愛情を注いでくれて、貧しいながらも幸せな幼少期を過ごしていた。
……でも、私は知らなかったんだ。自分の家の経済状況がどれほど深刻なものなのかを。これからもずっとあの家で、両親と一緒に貧乏でも幸せな毎日を過ごせると、思い込んでいた。
赤衣(あかえ):ある日。そんな当たり前の毎日は、突然終わりを迎えた。
私たちの家に、見たこともないような上等な服を着た老夫婦がズカズカと上がり込んできた。一度も会ったことがなかったから知らなかったけれど、彼らは私の実の祖父母だという。
祖父母が押しかけてきたのは、……私を引き取るためだった。
その時家計は本当に火の車で、明日食べるものさえ不安な状況だったらしい。両親は最初は私を絶対に手放したくないと言って、これから頑張って何とかするからと必死に祖父母に懇願していたけれど、長い時間をかけて祖父母と話し合った末、このままこの家に居ては、私が辛い思いをすることになるから……私の幸せのために、手放すことに決めたのだった。
赤衣(あかえ):私は行きたくなかった。大好きな両親の元を離れて、知らない老夫婦のところへ行くぐらいなら、お金なんてなくても幸せになれるからって。だからここに居させてって、お願いしたけれど……。祖父母のところへ行くことが私のためになるのだという両親の言葉を、私は信じてしまった。
翌日から、私は裕福な祖父母の家で令嬢として育てられることになった。
赤衣(あかえ):最初は初めて会えた孫の私を可愛がってくれた祖父母だったけれど、……貧しい家庭で生まれ育ち、マナーや教養が身についていないことにだんだん苛立ちを覚え、注意は叱責に変わり、やがて手が出て、……いつの間にか、手が痛くなるからと、固いもので叩かれるのが当たり前になった。
赤衣(あかえ):離れた実家のことを思い、泣きながら過ごしていたある日、会いたくて堪らなかった両親が訪ねてきた。
私は玄関へ飛び出そうとしたけれど、祖父に止められ、部屋に押し込まれた。両親には祖母が一人で対応し、私が今とても幸せに暮らしていると大嘘をついていた。
………両親は、その嘘を簡単に信じた。祖父母の立派な邸宅を見渡し、上等な服を着せられた私の写真を見て、「お金のある家で大事に育ててもらえるようになって良かった」と………すすり泣く声が広い玄関ホールに響いていた。
赤衣(あかえ):迎えに来てくれた両親は帰ってしまった。……私に残されたのは、ただただ真っ暗な絶望だった。
なんで連れて帰ってくれないの? なんで簡単に引き下がるの? なんで……私を連れていった祖父母と、戦ってくれないの?
赤衣(あかえ):泣き続けて、やがて眠っていた私は………気づいたら、あの店の前に居た。
店の前には私と、……しっぽをゆらゆらと揺らして獲物を狙っている、猫がいた。
少花(しょうか):『それは全て幻です』
赤衣(あかえ):「………え?」
少花(しょうか):『あなたは、人間として生まれてきてなどいない。本当のあなたは………この絵本の主人公。小さな赤い、一匹の金魚なのです』
赤衣(あかえ):「………………」
○朗読劇『金魚とねこのおはなし』
少花(しょうか):あるところに、赤い着物を纏って水の中をゆらゆらと舞い踊っているような、それはそれは愛らしい一匹の金魚がおりました。
窓辺に置かれた小さな金魚鉢の中。金魚はいつもひとりぼっちで外の景色を眺めては、消え入りそうな声で呟くのでした。
万希(まき):『あーあ。ぼくも外へ出てみたいなぁ。ここから見えるお空はこんなに広いのに、なぜぼくは、狭い金魚鉢の中でしか泳げないんだろう?』
少花(しょうか):そんなある日。金魚の前に一匹の猫が現れました。金魚の飼い主が、うっかり窓を開けたまま出かけてしまったのです。
万希(まき):『ねえキミ。愛らしい金魚のキミだよ。ねえ、外に出てみたくはないかい?』
少花(しょうか):猫にそう言われ、金魚はとても驚きました。
万希(まき):『え? ぼくが外に出られるだって?』
『あぁ。その通りだとも』
少花(しょうか):もちろんそれは金魚にとって願ってもないこと。金魚は真剣に猫の話に耳を傾けました。
万希(まき):『外に出たいのなら、わたしがこの金魚鉢を少しだけ傾けてあげるから、キミは勢いよくそこから飛び出してくるといいよ!』
『それだけでいいの?』
少花(しょうか):……さて。この哀れな金魚はどうなってしまうのでしょう? …彼は知らないのです。猫が彼を食べようとたくらんでいることを。
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):金魚は外に出たいという一心で、金魚鉢の外へ…猫の口の中へ、今にも飛び込もうとしています。
赤衣(あかえ):(……そこで………終わる……私の物語は、続きを描かれないまま………)
万希(まき):『大変! 窓を閉めるのを忘れていたわ!』
赤衣(あかえ):「………え?」
少花(しょうか):そこへ、なんというタイミングでしょう。金魚の飼い主が、戸締りを忘れたことを思い出し、慌てて駆け込んで来たのです。
赤衣(あかえ):「…! ……パパ…ママ………!」
万希(まき):『ご主人様が戻ってきた! 猫さん、もしご主人様に止められたら、残念だけどそっちには行けないよ』
少花(しょうか):金魚は猫に断りを入れて、飼い主がどうするのか、様子を見ていました。すると………?
万希(まき):『まあ、なんてことでしょう! よその猫が、うちの金魚を食べようとしているわ!』
少花(しょうか):やっぱり止められてしまう。金魚はがっかりして、外へ出るのを諦めようとしました。
万希(まき):『で、でも………』
『………ん? あれ、ご主人様…?』
少花(しょうか):……しかし、飼い主はそれ以上近くへ来るのをやめてしまいました。
赤衣(あかえ):「………え?」
万希(まき):『あぁ~………えぇと、どうしようかしら…。金魚が狙われているけれど、………私、猫アレルギーだから、あまり猫に近づきたくないのよね』
少し間
赤衣(あかえ):「………………え……」
万希(まき):『しかたない。金魚一匹は、諦めましょう。猫が金魚を食べて満足して帰って行くのを待って、それからゆっくり戸締りすればいいわよね』
赤衣(あかえ):「………………」
万希(まき):『あれ? 何も言われないな。猫さん、大丈夫みたいだ! ご主人様が許してくれたから、ぼく今からそっちに行くね!』
赤衣(あかえ):「………………」
少花(しょうか):………こうして、小さな赤い一匹の金魚は、自由な世界だと信じた………猫の口の中へ、飛び込んでゆきましたとさ。
○『金魚とねこのおはなし』終演
少花(しょうか):「………これが、この物語の真の結末でした」
赤衣(あかえ):「……ぁ……あぁ………………」
万希(まき):「ねえ、大丈夫…?」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「………残酷な話ですが、これが真実なのです」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「………私は………………見捨てられていたの………?」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「…大事にされているって、……愛されているって………信じていたのに………………本当は………私のことなんか………どうでもよかったの………?」
万希(まき):「……………っ……!」
少花(しょうか):「…あ! こら、万希ちゃん……」
赤衣(あかえ):「!?」
思わず赤衣を抱きしめる万希
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「……まったく。無闇にお客様を抱きしめたりしてはいけません」
万希(まき):「ごめん………でも………っ…」
赤衣(あかえ):「………」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「………え…? 顔に、何か、落ちてきた………温かい………これ、………涙…?」
万希(まき):「(静かに泣き続ける)」
赤衣(あかえ):「……私のために、泣いてくれているの…?」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「………心が、楽になっていくでしょう?」
赤衣(あかえ):「…?」
少花(しょうか):「その子はね、あなたたちの魂を落ち着ける力があるんですよ」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「結末を放棄された、未完成の物語の主人公たちは、自分がヒトの形を持って生まれ変わったと思い込み、現世で幻の人生を生きてしまう。……私たちは、そんな主人公たちをここへ呼び寄せ、描かれなかった結末を聴かせることで、自分が本当は何者なのかを知って頂くお手伝いをしています」
赤衣(あかえ):「………私は、……このお話の……飼い主に見捨てられた、金魚………………」
少花(しょうか):「希望があるから、彷徨い続ける。……無限に続く悲しみを終わらせるには、……絶望を知ることも、時には必要なのです」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「でも。この世界には、あなたのために流れた涙もある」
赤衣(あかえ):「…!」
少花(しょうか):「………どうか、すべてを受け止めて、在るべき場所に戻って欲しい」
赤衣(あかえ):「………」
万希(まき):「…こんなことしかしてあげられなくて、ごめんね」
赤衣(あかえ):「………………ううん。…ありがとう」
○数日後・カフェUtopia・店内(夜)
万希(まき):「御来店ありがとうございましたぁ! またお越しくださいませ~!」
最後の客が帰る
万希(まき):「あぁ~今日も無事閉店! おつかれわたし!」
少花(しょうか):「お疲れ様。今日もよく働いてくれてありがとう」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「ん?」
万希(まき):「………少花さん。…あなたはなんで、あの劇場を始めたの?」
少花(しょうか):「………この間の金魚さんの件で、何か思うことでもあった?」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「………そうねぇ。……見つけたいものがあるから、かな?」
万希(まき):「見つけたいもの…?」
少花(しょうか):「そう。あの人が……蝶子さんが探しているものが、この劇場を続けていれば、見つかるような気がするから」
万希(まき):「…蝶子さんの、探しもの………」
少花(しょうか):「…そうよ」
万希(まき):「……ねぇ、蝶子さんって、マジで何者なのよ? なんでいつも、…苦しむ人がいるってわかってて、結末のない絵本を描き続けるのよ! なんでそれを…いつもいつもこの店に送り付けてくるのよ?」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「ねぇ………」
少花(しょうか):「…いつか、彼女自身の物語が送られてきた時、あなたにもわかるわ」
万希(まき):「……?」
少花(しょうか):「だからそれまで、私と一緒に居てくれない? 私にはあなたが必要だから」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「……わたしがその顔に弱いの知ってるくせに、ずるい」
少花(しょうか):「それはよかった♪」
万希(まき):「…ホントこの性格なんとかならないのかねぇ? ……って、あ! アイツ、また来てる!」
少花(しょうか):「ん? あぁ、本当だ。久しぶりね、ゆらゆらしっぽさん」
万希(まき):「コイツ~、ウチの金魚を狙ってんのぉ?」
少花(しょうか):「ふふふ。大丈夫よ。もう金魚の安全は守られているから」
万希(まき):「は? ………え! ギャッハハハハハ!」
少花(しょうか):「あら? 何? そんな笑う?」
万希(まき):「だって! …ひぃ~(笑い転げる)……なんで金魚鉢の上にまな板置いてんのよ!」
少花(しょうか):「ちゃんと隙間は空けてあるから、空気は通っているわよ」
万希(まき):「(笑いながら)…もぉ~、どうでもよさそうな顔しといてさぁ」
少花(しょうか):「もうその話はいいでしょう? あ。トマトゼリー食べる?」
万希(まき):「いらないって! じゃ、バイトはもう上がります! お疲れ様でした~」
少花(しょうか):「お疲れ様。明日もよろしくね」
万希、退室
少花(しょうか):「………」
少花(しょうか):「蝶子さん。あなたの探している、この世のすべての命を愛せる人……万物に愛情を注げる人が、本当にいたら。……その時あなたは、どうするつもりなのですか?」
01・END
万希(まき):「さぁてと! 久々の本番かぁ」
少花(しょうか):「どうぞこちらへ。劇場のお客様は久しぶりなので、手厚くおもてなししますよ」
万希(まき):「それをカフェでもやってよね」
少花(しょうか):「それで売上変わりそう?」
万希(まき):「絶対変わる」
少花(しょうか):「じゃあ考えておきましょう」
赤衣(あかえ):「あ、あのっ……」
万希(まき):「あぁ、ごめん。客のこと忘れてたわ」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「そちらのお席にお掛けください。客席はひとつしかないから、わかりやすいでしょう?」
赤衣(あかえ):「はい………」
万希(まき):「じゃ、わたしたち行くから、そこで見ててよ。あんたのためだけの朗読劇を」
赤衣(あかえ):「………………」
○赤衣の心中
赤衣(あかえ):私は、貧しい家庭に生まれた。それでも両親は、私にめいっぱい愛情を注いでくれて、貧しいながらも幸せな幼少期を過ごしていた。
……でも、私は知らなかったんだ。自分の家の経済状況がどれほど深刻なものなのかを。これからもずっとあの家で、両親と一緒に貧乏でも幸せな毎日を過ごせると、思い込んでいた。
赤衣(あかえ):ある日。そんな当たり前の毎日は、突然終わりを迎えた。
私たちの家に、見たこともないような上等な服を着た老夫婦がズカズカと上がり込んできた。一度も会ったことがなかったから知らなかったけれど、彼らは私の実の祖父母だという。
祖父母が押しかけてきたのは、……私を引き取るためだった。
その時家計は本当に火の車で、明日食べるものさえ不安な状況だったらしい。両親は最初は私を絶対に手放したくないと言って、これから頑張って何とかするからと必死に祖父母に懇願していたけれど、長い時間をかけて祖父母と話し合った末、このままこの家に居ては、私が辛い思いをすることになるから……私の幸せのために、手放すことに決めたのだった。
赤衣(あかえ):私は行きたくなかった。大好きな両親の元を離れて、知らない老夫婦のところへ行くぐらいなら、お金なんてなくても幸せになれるからって。だからここに居させてって、お願いしたけれど……。祖父母のところへ行くことが私のためになるのだという両親の言葉を、私は信じてしまった。
翌日から、私は裕福な祖父母の家で令嬢として育てられることになった。
赤衣(あかえ):最初は初めて会えた孫の私を可愛がってくれた祖父母だったけれど、……貧しい家庭で生まれ育ち、マナーや教養が身についていないことにだんだん苛立ちを覚え、注意は叱責に変わり、やがて手が出て、……いつの間にか、手が痛くなるからと、固いもので叩かれるのが当たり前になった。
赤衣(あかえ):離れた実家のことを思い、泣きながら過ごしていたある日、会いたくて堪らなかった両親が訪ねてきた。
私は玄関へ飛び出そうとしたけれど、祖父に止められ、部屋に押し込まれた。両親には祖母が一人で対応し、私が今とても幸せに暮らしていると大嘘をついていた。
………両親は、その嘘を簡単に信じた。祖父母の立派な邸宅を見渡し、上等な服を着せられた私の写真を見て、「お金のある家で大事に育ててもらえるようになって良かった」と………すすり泣く声が広い玄関ホールに響いていた。
赤衣(あかえ):迎えに来てくれた両親は帰ってしまった。……私に残されたのは、ただただ真っ暗な絶望だった。
なんで連れて帰ってくれないの? なんで簡単に引き下がるの? なんで……私を連れていった祖父母と、戦ってくれないの?
赤衣(あかえ):泣き続けて、やがて眠っていた私は………気づいたら、あの店の前に居た。
店の前には私と、……しっぽをゆらゆらと揺らして獲物を狙っている、猫がいた。
少花(しょうか):『それは全て幻です』
赤衣(あかえ):「………え?」
少花(しょうか):『あなたは、人間として生まれてきてなどいない。本当のあなたは………この絵本の主人公。小さな赤い、一匹の金魚なのです』
赤衣(あかえ):「………………」
○朗読劇『金魚とねこのおはなし』
少花(しょうか):あるところに、赤い着物を纏って水の中をゆらゆらと舞い踊っているような、それはそれは愛らしい一匹の金魚がおりました。
窓辺に置かれた小さな金魚鉢の中。金魚はいつもひとりぼっちで外の景色を眺めては、消え入りそうな声で呟くのでした。
万希(まき):『あーあ。ぼくも外へ出てみたいなぁ。ここから見えるお空はこんなに広いのに、なぜぼくは、狭い金魚鉢の中でしか泳げないんだろう?』
少花(しょうか):そんなある日。金魚の前に一匹の猫が現れました。金魚の飼い主が、うっかり窓を開けたまま出かけてしまったのです。
万希(まき):『ねえキミ。愛らしい金魚のキミだよ。ねえ、外に出てみたくはないかい?』
少花(しょうか):猫にそう言われ、金魚はとても驚きました。
万希(まき):『え? ぼくが外に出られるだって?』
『あぁ。その通りだとも』
少花(しょうか):もちろんそれは金魚にとって願ってもないこと。金魚は真剣に猫の話に耳を傾けました。
万希(まき):『外に出たいのなら、わたしがこの金魚鉢を少しだけ傾けてあげるから、キミは勢いよくそこから飛び出してくるといいよ!』
『それだけでいいの?』
少花(しょうか):……さて。この哀れな金魚はどうなってしまうのでしょう? …彼は知らないのです。猫が彼を食べようとたくらんでいることを。
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):金魚は外に出たいという一心で、金魚鉢の外へ…猫の口の中へ、今にも飛び込もうとしています。
赤衣(あかえ):(……そこで………終わる……私の物語は、続きを描かれないまま………)
万希(まき):『大変! 窓を閉めるのを忘れていたわ!』
赤衣(あかえ):「………え?」
少花(しょうか):そこへ、なんというタイミングでしょう。金魚の飼い主が、戸締りを忘れたことを思い出し、慌てて駆け込んで来たのです。
赤衣(あかえ):「…! ……パパ…ママ………!」
万希(まき):『ご主人様が戻ってきた! 猫さん、もしご主人様に止められたら、残念だけどそっちには行けないよ』
少花(しょうか):金魚は猫に断りを入れて、飼い主がどうするのか、様子を見ていました。すると………?
万希(まき):『まあ、なんてことでしょう! よその猫が、うちの金魚を食べようとしているわ!』
少花(しょうか):やっぱり止められてしまう。金魚はがっかりして、外へ出るのを諦めようとしました。
万希(まき):『で、でも………』
『………ん? あれ、ご主人様…?』
少花(しょうか):……しかし、飼い主はそれ以上近くへ来るのをやめてしまいました。
赤衣(あかえ):「………え?」
万希(まき):『あぁ~………えぇと、どうしようかしら…。金魚が狙われているけれど、………私、猫アレルギーだから、あまり猫に近づきたくないのよね』
少し間
赤衣(あかえ):「………………え……」
万希(まき):『しかたない。金魚一匹は、諦めましょう。猫が金魚を食べて満足して帰って行くのを待って、それからゆっくり戸締りすればいいわよね』
赤衣(あかえ):「………………」
万希(まき):『あれ? 何も言われないな。猫さん、大丈夫みたいだ! ご主人様が許してくれたから、ぼく今からそっちに行くね!』
赤衣(あかえ):「………………」
少花(しょうか):………こうして、小さな赤い一匹の金魚は、自由な世界だと信じた………猫の口の中へ、飛び込んでゆきましたとさ。
○『金魚とねこのおはなし』終演
少花(しょうか):「………これが、この物語の真の結末でした」
赤衣(あかえ):「……ぁ……あぁ………………」
万希(まき):「ねえ、大丈夫…?」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「………残酷な話ですが、これが真実なのです」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「………私は………………見捨てられていたの………?」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「…大事にされているって、……愛されているって………信じていたのに………………本当は………私のことなんか………どうでもよかったの………?」
万希(まき):「……………っ……!」
少花(しょうか):「…あ! こら、万希ちゃん……」
赤衣(あかえ):「!?」
思わず赤衣を抱きしめる万希
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「……まったく。無闇にお客様を抱きしめたりしてはいけません」
万希(まき):「ごめん………でも………っ…」
赤衣(あかえ):「………」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「………え…? 顔に、何か、落ちてきた………温かい………これ、………涙…?」
万希(まき):「(静かに泣き続ける)」
赤衣(あかえ):「……私のために、泣いてくれているの…?」
万希(まき):「………」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「………心が、楽になっていくでしょう?」
赤衣(あかえ):「…?」
少花(しょうか):「その子はね、あなたたちの魂を落ち着ける力があるんですよ」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「結末を放棄された、未完成の物語の主人公たちは、自分がヒトの形を持って生まれ変わったと思い込み、現世で幻の人生を生きてしまう。……私たちは、そんな主人公たちをここへ呼び寄せ、描かれなかった結末を聴かせることで、自分が本当は何者なのかを知って頂くお手伝いをしています」
赤衣(あかえ):「………私は、……このお話の……飼い主に見捨てられた、金魚………………」
少花(しょうか):「希望があるから、彷徨い続ける。……無限に続く悲しみを終わらせるには、……絶望を知ることも、時には必要なのです」
赤衣(あかえ):「………」
少花(しょうか):「でも。この世界には、あなたのために流れた涙もある」
赤衣(あかえ):「…!」
少花(しょうか):「………どうか、すべてを受け止めて、在るべき場所に戻って欲しい」
赤衣(あかえ):「………」
万希(まき):「…こんなことしかしてあげられなくて、ごめんね」
赤衣(あかえ):「………………ううん。…ありがとう」
○数日後・カフェUtopia・店内(夜)
万希(まき):「御来店ありがとうございましたぁ! またお越しくださいませ~!」
最後の客が帰る
万希(まき):「あぁ~今日も無事閉店! おつかれわたし!」
少花(しょうか):「お疲れ様。今日もよく働いてくれてありがとう」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「ん?」
万希(まき):「………少花さん。…あなたはなんで、あの劇場を始めたの?」
少花(しょうか):「………この間の金魚さんの件で、何か思うことでもあった?」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「………そうねぇ。……見つけたいものがあるから、かな?」
万希(まき):「見つけたいもの…?」
少花(しょうか):「そう。あの人が……蝶子さんが探しているものが、この劇場を続けていれば、見つかるような気がするから」
万希(まき):「…蝶子さんの、探しもの………」
少花(しょうか):「…そうよ」
万希(まき):「……ねぇ、蝶子さんって、マジで何者なのよ? なんでいつも、…苦しむ人がいるってわかってて、結末のない絵本を描き続けるのよ! なんでそれを…いつもいつもこの店に送り付けてくるのよ?」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「ねぇ………」
少花(しょうか):「…いつか、彼女自身の物語が送られてきた時、あなたにもわかるわ」
万希(まき):「……?」
少花(しょうか):「だからそれまで、私と一緒に居てくれない? 私にはあなたが必要だから」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「……わたしがその顔に弱いの知ってるくせに、ずるい」
少花(しょうか):「それはよかった♪」
万希(まき):「…ホントこの性格なんとかならないのかねぇ? ……って、あ! アイツ、また来てる!」
少花(しょうか):「ん? あぁ、本当だ。久しぶりね、ゆらゆらしっぽさん」
万希(まき):「コイツ~、ウチの金魚を狙ってんのぉ?」
少花(しょうか):「ふふふ。大丈夫よ。もう金魚の安全は守られているから」
万希(まき):「は? ………え! ギャッハハハハハ!」
少花(しょうか):「あら? 何? そんな笑う?」
万希(まき):「だって! …ひぃ~(笑い転げる)……なんで金魚鉢の上にまな板置いてんのよ!」
少花(しょうか):「ちゃんと隙間は空けてあるから、空気は通っているわよ」
万希(まき):「(笑いながら)…もぉ~、どうでもよさそうな顔しといてさぁ」
少花(しょうか):「もうその話はいいでしょう? あ。トマトゼリー食べる?」
万希(まき):「いらないって! じゃ、バイトはもう上がります! お疲れ様でした~」
少花(しょうか):「お疲れ様。明日もよろしくね」
万希、退室
少花(しょうか):「………」
少花(しょうか):「蝶子さん。あなたの探している、この世のすべての命を愛せる人……万物に愛情を注げる人が、本当にいたら。……その時あなたは、どうするつもりなのですか?」
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