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19.六日目:空腹

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 さて。お昼のメニューはリクエストされた『オムライスとポテトサラダ』だ。
 昨日『常連さんのいる喫茶店』という番組で見て、子狐ちゃんたちが食べてみたくなったらしい。

「俺も少し見たが、茶色いソースがかかっていた」
「なるほど。デミグラスソースか……」

 私は早速アプリを開き、作り方を調べてみる。

「あ、難しそうかも。玉ねぎ……小麦粉を焦がしちゃいけないやつか……!」



 結局お昼ごはんに出したオムライスのソースは、なんちゃってデミグラスソースとなった。いつも缶かパウチのものを使っていた私に、一から作るデミグラスソースはハードルが高すぎた。
 それに朝あんなに食べたのに、子狐ちゃんたちが「ごはん!」「はやく! はやく!」と急かしたので……市販のソース、ケチャップ、酒、砂糖をフライパンでひと煮立ちさせた、即席デミグラスソースを作ったのだ。これはこれで酸味とほのかな甘みが美味しい、私のお気に入りのソースでもある。

「さあ、召し上がれ! あ、子狐ちゃんたち、中のケチャップごはんもソースも毛に付けないように……あー」

 言ってるそばから子狐たちの口の周りは赤と茶に染まっている。ああ……口周りの白い毛だけでなくふわふわの胸毛まで……。

「きゅん?」
「きゅん!」

「ううん、いいの。美味しく食べてもらえればそれで!」

 子狐ちゃんたちの汚れ……井戸神さんに洗い流してくださいってお願いしたら綺麗になるだろうか?

「仕方がない。美詞が作る『いま風』の食事は我らには珍しくて美味しいからな」
「……そう?」

 本物のデミグラスソースでもないし、チキンライスもただのケチャップごはんという感じだし、玉子も半熟ふわトロを目指したけど半熟止まりの『普通の家庭のオムライス』だ。

「美味しい。美味しくて……楽しい」

 銀が目を細め、滲み出るような微笑みを私に向けた。そして、おばあちゃんは作らなかったオムライスだったからか、さっきまで大人しかった台所の付喪神たちも、一斉に音をかき鳴らし私に喜びを伝えてくれる。

「うん。私も! ほんと……楽しい」

 両親は揃っていても一人での食卓が多かったし、成人してからは一人暮らしをしていたから、こんな風に賑やかに食事をしたことはあまりないし、人を喜ばせるために料理をするなんて、本当に久しぶりのことでもあった。

 最初は訳も分からずに始めた生活だったけど――。

「……しあわせ」

 唇に付いたソースを舐めて、私は呟いた。


 ◆


「あ、井戸神さんのお昼のお膳下げ忘れてた……!」

 いけない、早く片付けなければ。
 井戸神さんはきちっとしてなかったり、美しくないことは嫌いなのだ。いつまでもお膳を下げに来ないだなんて、きっとイライラしているはずだ。

 私は拭き終えたお皿を食器棚へ戻し、慌てて井戸へと向かった。
 ――そう。今日のお皿は私がしまったのだ。いつもなら楽し気に自分でをし所定の位置へ戻るお皿たちが、今日は動きがのろのろ、足下がおぼつかず動きもゆっくりだったので私に全てをやらせてもらった。

「そろそろ一週間だし……付喪神さんたちも疲れが出て来てたりしてるのかな……?」

 あやかしである彼らの生態は不明なので分からないけど。何か調子を崩す原因でもあったのだろか?
 そんな事を考えながら裏口から外へ出ると、「きゅん」「くぅん!」という子狐たちの声が聞こえた。食事を終えるとすぐに裏山を駆けに行ったと思っていたのだけど、まだ庭にいたのか。

 しかし、その声はなんだか切羽詰まっているような、悲し気な響きが混じっているようで、気になった私は壁に姿を隠しそーっと伺い見た。


「きゅぅ~ん!」
「きゃん!」
「きゅん! きゅん!!」

 八匹の子狐たちが必死に銀の脚にすがり付いて鳴いていた。涙こそ流していないが泣いているような声だ。

「しーっ、静かに。今ならまだ美詞は来ない、さあお食べ」

 銀は声を潜め、手に持っていたおにぎりを子狐たちに与えていく。

「そうか……そんなに腹が減っていたか。すまない。これには竈神と俺の力を込めてあるから、腹の足しになるだろう」

 ――え、あの子たち、朝も昼もあんなに食べたのに……足りてなかったの……!?

 私は目の前の光景に驚愕した。
 だって、今日は朝からごはんを合計二升も炊いたのだ。それに豚汁だって大鍋に具材たっぷりで作って完食だった。

 驚きつつ見ているうちに、子狐たちはおにぎりをペロリと平らげ、「まぁまぁだな!」と言うように口の周りをぺロペロ舐め、猫のように手で顔を洗っている。
 しかしそんな中で一匹、あの一回り大きな体は、いつもフーフーを忘れてがっついてしまう子だろう。その子は銀を見上げ、彼の白い着物の裾を前脚で掻いていた。

「きゅーん……」

 切ない声を漏らし見上げる姿は、掬いを求めているようでもあり、庇護者である銀を心配しているようでもある。
 銀はその場にしゃがむと、その子を優しく撫で何やら呟いている。

 ――なんて言ってるのだろう?
 私はドッドッと嫌な音を立てる心臓を抑え、息を殺し耳を澄ませた。

「……だ。お前たちに分け与えるくらいの余力はある。ん? そうだなあと二十日程度だろうか……?」

「きゅぅん……」

「心配は無用。お前たちのことは鹿や狸に頼んである。大丈夫だ、そのうち良い狐が見つかるさ」

 銀の言葉に私は息を呑んだ。
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