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13.二日目:お八つ

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「美詞、お前は最後の俺の世話人だ。だから俺はお前の物になる。分かるか?」
「……ごめん、分からない」

「んん……美詞が手ずから作った供物を口にし、俺は再び力を蓄え取り戻す。美詞が俺を作り変えるのだ。俺は美詞に作られる。だから俺はお前とこの家を守護するのだ。それが、千年繰り返されてきたこの家のことわり

 ただその言葉を聞き、見上げる私を、銀は手首を引いてぎゅうっと抱き締めた。

「……じゃあ、やっぱり美味しいもの作らなきゃね」
「ああ、楽しみにしている」

 正直、銀の言ったことはよく分からなかったけど、すがり付くような抱擁に、私はほだされた。

 だって、私より大きいし長生きだし、きっと色々なこともできるのに、世話人である私をこんなに求めて大事にしてくれている。

「銀はフワフワであったかいね」

 私は耳を撫で、巻きつく尻尾ごとギュッと抱き締めた。

 どうかこの優しくて寂しがり屋なお狐様に、ほんの少しでも私の温もりが伝わりますように……と。


 ◆


「さて。それじゃまずお芋を洗いますか」

 私がそう言うと、台所用品たちが嬉しそうに踊り出す。

「ん?」
「ハハ、いつもは三食のみでお八つを作ったりはせぬからな。沢山使ってもらえるのが嬉しいのだよ」
「そうなの? みんな、いつもありがとうね。あ、たらいさん! お水ありがと!」

 自主的に水を溜めてくれたたらいに、私は抱えていたさつま芋をそっと入れた。

「どれ、これは俺が洗おう」
「ありがとう、銀。それじゃ私はその間に他の準備を……」

 まずは鍋を出そう。そう思いしゃがもうとすると、ポンポンと肩を叩かれた。ヘラだ。

「え? あ、もう準備できてるの?」

 鍋には水が張られ、さあ竈まで持って行け! とゆらゆら揺らして催促している。それから包丁にまな板、ボウル、ヘラにすり鉢とすりこぎ棒まで! 「さあ、使え!」と並んでいる。

「ハハハ、美詞。さっきお前が『すいーとぽてと』を作ると言ったであろう? 作る物を言われれば、こ奴らは必要な道具も、その手順も覚えておる」
「そうだったんだ……! うわー……じゃあうろ覚えの私でも、ちゃんとおばあちゃんの味に作れるね」

 ああ、なんて嬉しいんだろう! 私が憶えていないことでもここの道具たちや銀はキチンと記憶してくれている。

「みんながいてくれて良かった」

 そんな呟きをぽろり零すと、道具たちが更に嬉しそうに自らを鳴らし踊った。

 ◇

「うん、良さそうだね」

 私はグラグラと煮られたさつま芋に竹串を指し、スッと抜き出す。もう十分に柔らかくなっている。

 銀にお願いして重い鍋のお湯を捨ててもらい、茹った芋はまな板へ。

「あ~美味しそうな匂い~!」
「本当だ。このまま摘まみたくなってしまうな」

 皮を剥いてあるさつま芋なので、その身の甘さが湯気に乗ってふわぁっと押し寄せる。濃い黄色で本当に美味しそうだが、摘まみ食いは我慢! 冷める前にやらなくてはいけないことがあるのだ。

「包丁さん、お願いします!」

 そう言うと、包丁はさつま芋を適当な大きさに切り分けた。

「あちちっ」

 私はそれらを素早くすり鉢の中へ。するとすりこぎ棒がゴリゴリと潰し始めてくれる。

「バターと、砂糖、塩……」

 さつま芋が冷めないうちに、でも一気に入れてはいけない。加減をしつつ加え混ぜていく。本当はこの前に裏ごしをすると更になめらかになるのだけど、今日は短縮だ。だって、お腹を空かせた子狐ちゃんたちが、戸の隙間から覗いているのだから!

「きゅ~ん」
「きゅん!」
「くぅ……ん」

 ああ、その切なげな声も円らな瞳も可愛すぎる。温かいさつま芋に混ぜたバターのこの香り……! 甘いさつま芋の匂いと合わさって食欲を誘うんだよね? 分かるよ子狐ちゃんたち……! 早く作るから、ちょっと待っててね……!

「牛乳はこのくらいでいいかな」

 すりこぎ棒の出番はここまで。私はヘラでペトペト混ぜて硬さを確かめる。うん、これなら丁度良さそうだ。

「銀もやってみる?」

 私はでき上がったタネを掌でコロコロ丸め、小さ目のお饅頭のような形に作る。スイートポテトといえば俵型をイメージするかもしれないが、おばあちゃんのスイートポテトはこの丸型だ。
 今思えばこの形、子供だった私や子狐ちゃんたちにも食べやすいように……だったのかもしれない。

「やってみよう」
「腕まくりしようか……えっと」
「待て、美詞」

 そう言うと、銀はどこからか長細い……たすきを取り出して、シュシュっと袖をたすき掛けして見せる。

「これで良い」
「わぁ……! たすき掛けってそうやるんだ、初めて見た!」

 そして銀の意外とたくましい腕が晒されて、私の目はちょっと釘付けになってしまった。色白で綺麗なのに、無駄のない筋肉が付いている。

 ――ああ、そうだ。この人は朝夕山を駆け回っているお狐様だった。きっとその腕も、背中も腹も、野生動物らしく締まっているのだろう。そうでなければ野山を駆けるなんてできるはずがない。

「美詞? 手が止まっておるぞ?」
「あ、うん。……銀って素敵だね」
「……なんと?」

 賑やかだった台所が一瞬でシーンと静まった。
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