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幕間の章

【書籍化記念・番外編】ある暖かい日の子猫ちゃんと師匠

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*ククルルがベアトリスの家に居候している時のお話です
*最後にお知らせがあります



「すぴぃ~……ぷぴぃ……」

 日当たりのいい窓際から、気の抜けるような寝息が聞こえてきている。
 古文字の勉強をしていたククルルが、机の上で丸くなって眠っていた。

「あらぁ。子猫ちゃんったら、仕方のない子ねぇ~」

 そろそろ陽だまりの誘惑に負け、書き取りノートを放り出している頃だろうと様子を見にきたのはベアトリス。
『古文字を教えてほしいにゃ!』そう言ったケットシーの子猫、ククルルの願いに応え、工房兼自宅に居候させてやっている国一番の錬金術師だ。

「あらあらぁ。ノートの上に座っちゃってるわ、この子ったらぁ」

 今日はどのくらい進んだだろうか?
 ベアトリスは日差しを受けフカフカになった毛玉に手を伸ばし、腹毛の下敷きになったノートを覗き込む。するとベアトリスの長い髪がククルルの耳に触れ、鳴り続いていた寝息が「ぷぴっ」と止まった。

 が、一瞬の後に「ぷ……ぷぅ……ぷぷぅ」と寝息が再開され、ベアトリスは金の瞳を細める。

 そして覗き見たノートはというと――

「あらまぁ。すごいじゃない子猫ちゃん」

 基本の文字は全て終わっており、簡単な語句の書き取りになると、だいぶ書き慣れた感まで出てきている。
 ほとんど猫のようなケットシーや、猫獣人には飽きっぽく気ままな性質の者が多い。ククルルは十四歳で、長命なケットシーではまだ子猫。人に置き換えれば十歳未満の幼子だ。

 そのククルルが、趣味で集めている『古王国のよく分からにゃい古文書』を読めるようになりたい、古文字を覚えたい! という気持ちだけで頑張ったことに、ベアトリスは満面に笑みを浮かべた。

 ベアトリスもまた、長命な魔人という種族だ。
 これまでに多くのケットシーと出会ってきたが、ここまで幼い子猫と関わるのは初めてだ。それに自宅に居候させるような、密な付き合いをするのも初めて。

 猫好きの友人にケットシーのことを聞いたら、「子猫のうちは落ち着きがなかったり、飽きっぽいところがあったりすると思う。忍耐強く接するか、笑って許してやれ」とそう言われた。だから毎日の書き取り練習など、なかなか進まないだろうし、勉強もいつまで続くか……と思っていたのだが。

「いけないわぁ。私、あなたを見くびっていたようね」

 これは何か詫びと、頑張っていることへのご褒美をあげなくては。
 それは遙か昔、ベアトリスが錬金術の修行をしていた頃に師匠がしてくれていたことだ。

 それも「これは私からあなたへの詫びだ」とか、「よく頑張っている。その姿勢を褒めたいと思う」と、はっきり言葉にした上で、何かしらの品物をその証として贈ってくれた。
 出来の悪い弟子であった自覚のあるベアトリスは、そんな師匠のおかげで今があると思っている。

「いい子ね」

 ベアトリスは、ぷすぷす言いながら眠る子猫の背をそっと撫でる。
 弟子たちは皆かわいいものだ。出来が良くとも悪くとも、それぞれ長所も短所もある。寿命の違いから、弟子の多くとはもう会えないが、この子猫とはまあまあ長い付き合いになるだろう。

 錬金術の弟子にはならなそうだが、古文字の研究者にでもなってくれたら嬉しいものだ。
 ククルルはずっと一所に留まるたちではなさそうだから、長い生涯の間に何度も出会ったり、離れたることもありそうだ。
 
 だが、思い出した頃にふと会える相手はとてもいい。仕事は忙しいし、錬金術の研究に没頭したり、フラッと旅に出てしまったりするベアトリスには、たまに会える相手がちょうどいい。

「楽しみだわぁ」

 久しぶりに戻ってきた迷宮都市ラブリュスで思わぬ出会いをしてしまった。
 可愛い子猫と、もう一人。可愛い錬金術師……いや、錬金薬師の卵だ。

「あの可愛い子はどんな子かしらねぇ」

 どうやら友人が目をかけている子供らしい。
 そういえば少し前に、赤ん坊を拾ったと言っていたなとベアトリスは思い出す。魔人のベアトリスにとって、十二年はだ。

「ぷぅ……ベアトおねーさ……読んで……にゃ……ぷぴぃ」
「ふふっ。夢の中でも古文書なのねぇ」

 小声で呟いて、今度はその丸い頭を撫で、柔らかな頬の毛に指を埋める。猫っ毛とはこういうものなのだな、とこれまで猫と暮らしたことのなかったベアトリスは思う。
 猫獣人やケットシーの友人はいても、頬に触れるような距離感の間柄ではない。ククルルは子猫だし、自分から膝に乗ってくるような子だからできることだ。それに一応、ククルルの許可も得ている。

「撫でてもいいかしらぁ?」そう言ったら、「好きにするといいにゃ! ベアトおねーさんのなで方はやさしいし、気持ちいいからかんげいにゃ!」そう言っていた。人懐こい子猫だ。そんな素直なところを気に入っているが、悪い人間に騙されたりしないか少々心配でもある。

 ククルルは『古王国のよく分からにゃい古文書』を好きな気持ちだけで旅する子猫なのだから、もう少し用心というものを学んでほしい。

 だがベアトリスは、ククルルの嬉しい時にとんとこ踊る癖も、甘えたがりですぐに”フミフミ”をしてしまう癖も気に入っている。それから天真爛漫で、感情豊かで騒がしいところも愛らしい。ちゃっかりしているところも悪くない。ふかふかの毛並みは言わずもがな。

「どんなケットシーになるのかしらねぇ。この子猫ちゃんは」

 ふふふ。
 口紅を引いていない素の唇で微笑むと、ベアトリスはそうっとその場を離れた。

 今夜の夕食は、ククルルの好きな『迷宮子羊のパイ包み』にしよう。あの子猫は肉好きなのだ。
 猫舌のククルルには、パイが食べやすい温度に冷めるのを待つ時間が必要だから、スープは『彩人参の冷製スープ』がいいだろう。甘いものも好きだからプリンも用意しよう。嬉しそうに舐めていたクリーム付きにしなくては。

 ベアトリスはそんなふうに思い、ご褒美の食卓を用意するためさっそく【伝書便ハト】で注文書を飛ばした。宛先は近くの料理店だ。

 目一杯に錬金術の研究をしたいベアトリスは、滅多に料理をしないので食事はいつも配達してもらっている。外食すら面倒なので、融通を利かせてくれる店が多いラブリュスこの街を気に入っている。様々な人種が集まる豊かな都市なので、美味しくて多様な料理を楽しめるのも、ラブリュスのいいところだ。

「さぁて。あの子に渡す教本、何にしようかしらぁ?」

 ご褒美は食事だけではない。古文字の勉強を次の段階に進めるために、「ここまでよく頑張った、これからも頑張りなさい」の言葉と一緒に教本を贈る予定だ。

 飴を与えるだけでは、本来の目的を忘れ、ただ飴を欲するために学ぶようになってしまう者もいる。ククルルはどうなるか分からないが、しかし鞭ではなく、本を与えるのがベアトリスらしい。『古王国のよく分からにゃい古文書』が好きなククルルにとっては、これも飴に近いものだろうが。

「やっぱり『こどものための、はじめての古文字と古語』かしらぁ?」

 ここがラブリュスでよかったとベアトリスは思う。
 古語は普通、錬金術師や一部の魔導師しか学ばないもの。だからどこの魔法書店にも置いてあるようなものではない。

 だが、ここは王国一の迷宮都市ラブリュス。迷宮探索のために古文字や古語を学ぶ冒険者もいるし、最近は教養として子供に学ばせる親もいるという。それに多くの魔法書が集まる、魔法書店通りがある。

「何軒か回ればあるでしょう……ふぅ」

 仕方がない。可愛い教え子のためだ。出掛けることにしよう。
 ベアトリスはさっと珊瑚色の口紅を塗り家を出ると、昼寝をしているククルルを起こさぬよう、玄関扉をそうっと閉めた。


=====

【書籍化のお知らせ】

『迷宮都市の錬金薬師 覚醒スキル【製薬】で今度こそ幸せに暮らします!』と改題し、1/22に出荷となっております。

すでに並んでいる書店さんもあるようですし、webでも各書店さん予約中です。
直前のお知らせとなってしまいましたが、ぜひぜひよろしくお願いいたします!

可愛いイラストもいっぱいだし、改稿もかなりしたので、より読みやすく楽しいお話になっています。(大筋のストーリーは変わりません)

大人にも子供ちゃんにも読んでもらえたら嬉しく思います!
続きも書いていきたいと思いますので、のんびり楽しみに待っててね。
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