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第一章 アッシー始めました

第二話 

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――ズッ……ザッ……

 アルカの傍で横になり、仮眠をしていたら、何かを引き摺る音で覚醒する。
 閉じていた目を開けると、横に居たはずの場所にアルカが居ない。
 しかも、その地面には何かを引き摺ったような跡がある為、慌ててそちらに目を向けると、そこには地面を這って移動するアルカが居た。

「はぁ……びっくりさせんなよ……」

 起き上がり、アルカの横に移動する。

「……何やってんの?」
「……しっこ」
「立って行けばいいじゃん。そこまでして足使いたくないのか……?」
「……」

 リュートの言葉を無視し、地面を這って移動を続けるアルカ。
 それを見かねたリュートがアルカを地面から剥がし、抱えたまま草むらまで移動して、草むら目掛けて両足をガバッと開脚させ、いつでも放尿できるよう準備させる。

「ほら、これで出来るだろ?」
「……おろ……して」
「これが嫌だったら、別にあそこであのまましても良かったんだぞ?」
「……りゅーと……よごれる」
「(全てがどうでも良いフリしてるくせ、人の迷惑には躊躇するのか)そんなの気にするな。見ての通り、汚れて困る服なんて着てないしな。ほら、それよりさっさとしろ」
「……」

 流石のアルカも、その行為――恰好が恥ずかしかったのか、少し間を置くが……早々に諦め、力んで事を終える。

「それでは、そろそろ移動しましょうか。お姫様?」
「ひめ、じゃない」
「へいへい。じゃあ、アルカの位置はここ、な」
「……?」

 籠を背負い、ゴブリンの短剣を右手に持ち、アルカを肩に乗せ、移動を開始する。

――ピチャッ

「ぬぁ、そういえば出した後拭いて……まぁいいか。よし、ちゃんと捕まってろよー」
「……」

 首筋が濡れるのを気にせず、アルカが落ちないよう左手でアルカの両足を固定し、散策を行いながら移動する。

 小川に到着後、作っておいた木をくり抜いただけの簡易的なコップに水を汲み、一気に呷る。手本を見せた後、続いて、水を汲み、そのコップをアルカに渡す。

「ほれ、喉乾いただろ。この水、飲めるっぽいから、飲んでおけ」
「ん」

 ちびちび飲んでいるアルカをそのままに、小川の上流を目指して歩き続ける。

「なぁ、アルカー? 前の世界では、何やってたんだー?」
「……どれい」
「そっか。何か特技とか、出来ることってある?」
「ん」

 そういって、小さな掌をリュートの顔の前に持ってきて、力むアルカ。
 すると、“ふわー”っと生暖かい風、もとい魔力がリュートの顔に当たる。

「(風魔法……? いや、魔法と呼べるような代物じゃないな……) それだけ?」
「ん……」
「そっかぁ……」
「……」

 少し気まずくなり、それからお互い無言で歩き続けることにする。


 ▽△▽△▽△


 それから約二時間。
 日が落ちてきた頃、小川の先に崖のような岩が見え、崖の裂け目には大人一人程度なら通れそうな裂け目が見えてくる。

「お、あそこが洞窟ぽくなってるな。あそこをひとまずの拠点としようか」
「……」

 崖の裂け目に入り、少し奥へ進むとおよそ4メートル四方の空間があった。

「おおう、アタリだな。ここを寝床にしよう」
「……」

 アルカを下ろし、壁に寄り掛からせ、荷物を下ろす。
 そのまま、火を起こし、食事の用意をする。食事といっても、調理器具や調味料が無い為、生のまま、もしくは焼くだけ、といった食事である。

「はぁ……せめてインベントリが使えればな……」
「いべんとり……?」

 移動を開始する前と比べ、少しは機嫌が良くなったらしく、寝た振りなどせずにずっとリュートの事を目で追っていたアルカが、初めて口を開く。

「おおう? あぁ、いん・べん・とり、な? 俺、これでもな、ここに来る前は魔導を極めてたんだぜ? その中でも空間魔法と召喚魔法が得意なんだよ。インベントリってのは空間魔法で、魔力で生成した空間に、何でも好きな物を入れておけるっていう、便利な収納魔法の事だ」
「まほー……」
「そう、魔法だ。アルカもさっき、ふわーって使っただろ?」
「あれ、ちがう……」
「まぁ、そうだな。(自分でも魔法の域に達していないって理解しているのか……)」
「くーかんまほー……」
「おう、興味があるのか? 空間魔法ってのはなぁ……」

 リュートは魔法の探究者というだけあり、魔法ヲタク。興味を持ってくれた相手には、当然布教を行う。相手が渋い顔をする程度には……。そこからは、空間魔法とはどんな事ができるか、行使のコツから応用の仕方、果ては将来性等、完成した料理を食べながら、空間魔法の講座が始まった。そして、気が付いた時には二時間程が経過していた。

「……と、まぁそんなところだ」
「……ん」
「それで、そろそろ教えてくれないか?」
「?」
「何で移動しなかったのか、さ」
「……」

 一方的ではあったが、空間魔法講座により、少しは打ち解けてくれたかと思い、ずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。

「あ……つか……ない……ない」
「うん?」
「うごきたく、ない、わけじゃない……」
「じゃあ、どういった……」
「つかえない」
「え?」
「うごかない」
「は?」
「あし、うごかない」
「……はぁ!?」
「……」
「足が動かない……? ここに来る前から? ここに来た後から? だから一人で残ろうとしたのか? ……いつから、動かないんだ?」
「まえから」
「そうか……何で動かなくなったんだ?」
「むらが、まものに……」
「襲われたのか。それで足は動かないけど、魔法が使えるからって奴隷に?」
「ちがう、これ、まほーじゃない……」
「そうだよな……」

 そこからは二人とも喋らず、焚き火を見つめるだけで時を過ごす。
 色々と聞きたい事もあったリュートではあるが、現在の状況を整理し、今後どうやって二人で生きていくかを考えていると、いつの間にか夜も更けていた。

「もう遅いし、今日は寝ようか。ほら、こっちに来い。トイレとか何かあったら遠慮なく起こせよ?」
「ん……」

 大きな葉を敷き詰めただけの簡易ベッドにアルカを引き寄せ、蒸れるとまずいので服を脱がし、全裸にして腕枕に寝かせる。

「おやすみ」
「……おや、すみ……」

 アルカのお腹をトントンと一定のリズムで撫でながら、寝かし付けて考え事をする。

(知らなかったとは言え、足の動かない幼女を何度も立たせようとしたのか……悪い事をしたな……生前は奴隷だったらしいけど、足の動かない幼女が売れるわけな……いや……愛玩……虐待……考えるだけで気が滅入るな……はぁ……研究はひとまずおいて、まずはアルカをどうにか……)

 今度、アルカとどう接していこうか考えながら、眠りにつく。


 ▽△▽△▽△


 翌朝、目が覚めると目の前にアルカの顔があり、目が合った。

「ふあぁ、おはよ、アルカ。もう起きてたのか」
「ん」
「朝飯作るから、ちょっと待っててくれ」
「わかった」

 アルカを壁に寄り掛からせ、消えていた火を再度起こし、熱した岩の上で食べられそうな山菜を炒め、そこに果実を絞った汁を掛けるだけという料理が完成。
 それらを食べながら、アルカと今後の話を進める。

「なぁ、アルカ。昨日の夜ずっと考えてたんだけどさ、あ、今後の事な? 取り敢えずは諦めずに、俺とお前二人で生きて行こうと思うんだよ」
「ふたり……?」
「おう。俺とお前、二人で、な。それで、ダラダラとここで過ごすのも悪くないんだが、流石に土人みたいな暮らしは、教育上、あ、いや、えっと、最終目標は街で暮らせるようになるって事にしたいと思うんだけど、どうだ? まぁ、街があればだけど……」
「さいしゅー?
「そう、最終目標、な。それで、第一目標は“探索”で、第二目標は“服”だ。まぁ、その後にも仕事を探したり、家を探したりってのはあるんだけど、まずは服が無いと流石に街には入れないだろうし、服をどうにかしないといけない。でも道が分からないだろ? だから“探索”だ。要は、ここを拠点に二人でしばらく冒険しようぜって事さ」
「……りゅーとは、いいの?」
「何がだ?」
「あるか、じゃまに……」
「はぁ……そんなわけあるか……」

 アルカの体がビクっとなり、一瞬目を大きく見開く。

「……って、ジョークじゃないよ? コホン、じゃあこうしよう。俺とアルカは、元の世界で死んで、この世界に、同じ時間に、同じ場所に新しく生まれた、いわば兄妹だ。あ、歳が離れているから、親子にしか見えないか。あ、じゃあ親でいいや。お? それいい。自分で言っててナイスだ。よし、今日から俺はお前の父親だ! 文句あるかアルカ! なんてな、くくっ」
「……」
「はぁ……すまん。お互い、頼る人が居ないの。二人っきりなの。もう家族も同然なの。だから、お前は今から俺の娘! 嫌なら今すぐ言え!」
「……だ」
「よし、異論は無いな。今からお前はアルカ・バナック。俺の娘だ!」
「や……だ」
「いいな? 何ならパパと呼んでも良いん――」
「やだ」
「へ?」
「……やだ。やだぁあああ、うあぁぁぁあっん!」
「えぇぇ!? そこは泣きながら抱き付いてくるところでしょうよ!?」

 そう言った後、アルカは下半身は動かない事に気が付き、こちらから抱きしめる。。

「俺じゃダメなのかよ」
「うあぁぁっ、ぐっす、、ちがっ、ちがう! あぁぁっ りゅーと、りゅーとがいい! わぁぁぁっんっ!」
「どっちだよ、まぁ良いか。パパだぞー、よーしよしよし」
「パパやああああぁぁぁっんっ!」
「そこは嫌なのかよ……」

 それから暫く、アルカが泣き止むまであやし続けるリュートの姿があった。


 ▽△▽△▽△


 泣いていたアルカは少し落ち着いたようで、今は無言で地面を見つめている。
 もう丈夫だろう。

「落ち着いたか?」
「……ん」
「よし、じゃあ探索に行くぞ! 今日は俺とアルカが家族になった記念日だ! 美味しい物探して、それを晩御飯にしようぜ!」
「……ぐすっ」

 あ、これアカンやつや。また泣き出しそう。てか、いきなりすぎたか。
 でも、今更だしな。気分転換も兼ねて、ここは強引に……。

「しゅっぱーつ!」
「っんあ!?」

 このままでは収まりそうにないと判断し、籠を背負い、強制的にアルカを肩に乗せて、洞窟を出発。ひとまず、ボロボロの短剣を手に、警戒しつつ崖沿いを散策する。
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