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アイツはプロレスをする気が無いんだぞ!

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セミファイナルの試合が終わり、後はメインの試合を残すのみとなった。

この日、対戦カードを急遽変更し、ギガンテスの要望により、メインはオレとギガンテスとの一騎打ちと、リング上でアナウンサーが発表した途端、場内は物凄い歓声とどよめきに包まれた。

セミファイナルの6人タッグマッチは、真田のハイアングルドライバーで、外国人チームからピンフォールを奪い、勝利した。


そしてリングサイドには多数のレスラーがリングを囲むようにして待機していた。

試合を終えたばかりの真田もセコンドに付くために、控え室で汗を拭き、コスチュームにWWAのロゴの入ったTシャツを着た。

レフェリーの金村さんの指示で、オレとギガンテスが入場する前に外国人レスラーを除く全選手は不測の事態に備え、リングサイドに集まった。

この人数の多さに観客は不穏な試合になるんじゃないか、とざわついていた。

オレは控え室で椅子に腰掛け、控え室で真田にリングサイドにいる選手達に伝えて欲しいと頼んだ。

「アツシ、この試合、何があっても絶対にリングに上がって来ないよう伝えて欲しい。
どんな試合になっても誰一人として、リングに上がって来ないよう、見張って欲しいんだ」

真田は一瞬、えっ?という顔をしたが、オレの覚悟を決めた表情を見て、察した。

「…分かりました。でも神宮寺さん、これだけは約束して下さい。神宮寺さんから仕掛けるのだけは止めて下さい」

真田はオレの身を案じているのだろう、不安な表情を浮かべていた。

「心配するな。オレはプロレスをやるつもりだ。
ただ向こうの出方次第ではこっちもそれなりに対応するだけだ。
だからアツシ、皆には試合が終わるまでは絶対にリングに上がらないように言ってくれ」

オレは椅子から立ち上がり、真田に頭を下げた。

「止めて下さい、頭なんか下げるなんて…神宮寺さんの言うように誰もリングに上げさせないよう見張っておきますから」

そう言って真田は控え室を出た。

久しぶりの試合だ。

向こうじゃほとんど試合を行わず、スパーリングに明け暮れていた。

試合と言ってもマスクを被り、柔道着を着て竹刀で暴れるだけのヒール役を数試合やっただけだ。

そして今日もまともな試合にはならないだろう。

いつになったら、プロレスらしい試合が出来るのか…

控え室からも会場の歓声が聞こえる。

オレとギガンテスが試合をすれば、一波乱起きそうな予感がするのだろう。

オレがいない間、プライドをキズつけられたギガンテスは暴走ファイトを続け、財前は首を負傷、他のレスラーもあわや再起不能というケガをしている。

オレがギガンテスを投げて失神さえしなかったら、誰もケガなんてしなかっただろう。

何事も無く、無事にリングを降りたいが、どうなることやら…


コンコンと控え室をノックし、若手レスラーが入ってきた。

「神宮寺さん、そろそろ出番です」

久しぶりの日本での試合だ。

オレはいつものように黒のショートタイツとリングシューズというクラシカルなコスチュームだ。

控え室を出て、花道の登場ゲートの前で立ち止まり、手を合わせ、目を閉じた。

【ただ今より、神宮寺直人選手の入場です!】

リングアナウンサーのコールと共にオレの入場テーマ曲が流れ、場内は割れんばかりの声援だ。

オレは選手の通る花道に姿を現すと、一斉に神宮寺コールが巻き起こった。

オレは花道を小走りに通り、リングに上がった。

リングサイドは観客の最前列の前にフェンスで囲っている。

場外乱闘になる際、観客が巻き添えにならないように常にフェンスを設けている。

リングに上がり、青コーナーに寄りかかり、リングサイドにいる真田と目が合った。

真田は頷いて、他のリングサイドを囲むようにしている選手達よりやや後ろに下がり、この光景を見ていた。

【続きましてWWAチャンピオン、ザ・ギガンテス選手の入場です!】


不気味な音楽が鳴り響き、マネージャーのジェイク・カトウを伴い、一際大きな巨体が姿を現した。

そして観客は花道をノッシノッシと威風堂々と歩くギガンテスの姿を見て、更にどよめいた。

両手にはオープンフィンガーグローブを着用している。

赤のロングタイツに黒のニーパッドにエナメル製の白のリングシューズという出で立ちで、肩にはチャンピオンベルトをかけている。

試合前に控え室で会ったが、ギガンテスの身体は以前よりもウエイトが増しているように見えた。

オレが日本にいた頃は155㌔だったが、更に腹回りが大きくなり、170㌔ぐらいはありそうだ。

確実にオレを潰しにかかってくるつもりだ。

リングへ上がった際、レフェリーの金村さんはオープンフィンガーグローブを外すよう、注意をしたが、ギガンテスは外さない。

マネージャーのジェイクもリングに上がり、グローブの事で何やら揉めている。

ギガンテスは大声でわめき散らし、リングを降りた。

観客は騒然としている。

グローブを外せ、と言うならこの試合はやらない、と言って花道を歩いて帰ろうとしている。

観客からは大ブーイングが起こり、このまま試合をせずに終わらせたら、もっと大変な状況になる。

納得のいかないファンは金返せ!と叫んでいる。
これじゃマズい、何とかして試合をしないと…

マネージャーのジェイクは必死でギガンテスを説得するが、聞く耳を持たず、憮然とした表情で花道を戻って控え室へ消えた。
場内が騒然として、一部の熱狂的ファンの数名はリングサイドまで来て、抗議をしている。

若手レスラーがファンを制止するが、ファンは収まりがつかない。

このままじゃ余計にヤバくなる。

ギガンテスの試合放棄でオレの不戦勝を宣告すれば、何千人もの超満員に膨れ上がった会場が暴徒化する。

そうなると、二度とこの会場は使えなくなるだろう。

オレがこんな形で不戦勝になっても誰一人納得しないだろう。

オレは金村さんにギガンテスに
グローブを着用させるように頼んだ。

「バカヤローっ!アイツはハナっからプロレスする気が無いんだぞ!」

金村さんはそれだけは絶対にダメだ、と一歩も引かない。

「じゃあ、どうするんです?ギガンテスは控え室に戻ってるんですよ?このまま試合を中止したらもっと大変な事になります!金村さん、オレはプロレスをやりたんです!」

オレは必死に金村さんに訴えかけた。

金村さんもどうしたらいいのか分からない状態だ。

リングサイドを囲む選手達は席を離れてリングになだれ込もうとしている観客を止める事で精一杯だ。


もうこうなったら強引に試合するしかない、オレはマイクを持って叫んだ。

「 Hey, Gigantes Return to the ring! (おい、ギガンテス、リングへ戻れ!)」

「バカヤロー!何て事言うんだ!アイツにグローブ着けさせたまま試合するつもりか!」

金村さんは顔を真っ赤にして怒っているが、試合をやる以外、この場を収める事は出来ない。

するとまたギガンテスが登場して花道を歩いた。

再びオープンフィンガーグローブを着用してリングへ向かった。

こうなったらやるしかない…

観客もギガンテスが再び登場してきたのを見て、騒ぎは収まった。

「おい、どうなっても知らねえぞ、オレは!」

金村さんは半ば投げやりな感じで試合を裁く事となった。

ギガンテスがリングへ上がり、アナウンサーが改めてコールする。

【ただ今より、時間無制限一本勝負を行います!】

ドタバタしたが、何とか試合を開始する事になった。

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