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忌まわしき過去

底知れぬ不気味さ

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達也が社長に就任してから1ヶ月が経過した。

社長の達也 秘書の鴨志田 そして副社長の沢渡を中心に、会社を運営した。

達也はマンションを売却した後、会社の近くのマンション借りて鴨志田と一緒に住んでいる。

達也は鴨志田はあくまでも秘書であるというスタンスを崩さず、シェアハウスで暮らすルームメイトみたいな感じで接していたが、鴨志田は達也に恋愛感情を抱いていた。

そんなある朝、達也は鴨志田に休暇を与えた。

「たまには羽を伸ばして何処かに行けばいいじゃないか。今日会社を休んでもいいよ」

「えっ、どうして?」

鴨志田は出勤の為に身支度を整えていた最中だった。

「何か疲れてるんじゃないか?今日は特にこれといった用事も無いし、ゆっくりしてればいいじゃん」

達也は鴨志田の肩をポンと叩いた。

「それなら、一緒に休もう?ねぇ、たまには二人っきりで…いいでしょ?」

鴨志田は達也の身体に胸を押し付け、股間に手を伸ばした。

「何やってるんだ?」

無表情の達也が鴨志田を見下ろす。

鴨志田は女性ながら、170を越す長身だが、達也はそれを遥かに越える183cmという長身故、頭一つ分高い。



「何って…いいでしょ?アタシたち、一緒に住んでるんだから、こういう関係になってもおかしくないじゃない?」

「何言ってんだ、オレとアンタはそういう関係じゃないだろう。あくまでもビジネスパートナーという間柄だろ」

「えっ…?」

「えっ?じゃないよ。しかも、朝っぱらから何考えてんだ。とにかく今日は休んでいいよ。
じゃ、行ってくる」

達也はドアを閉めた。

「何よ、もう!アナタの為にイヤな事をして期待に応えているって言うのに!」


達也は鴨志田に触れようともしない。

恥をかかされたようで、気分が悪い。

今日はストレス発散の為にブランド品を衝動買いしようと決めた。





達也は達也なりの考えがあった。

例えばこの賃貸のマンションにしても、達也なりの思惑がある。

分譲ではなく、賃貸にしたのは、万が一の事を想定し、いつ何時すぐに出て行けるように、と警戒心の強い達也ならではの考えだ。

会社に着き、社長室に入ると沢渡を呼んだ。

「おはようございます。お呼びでしょうか?」

「あぁ、おはようございます。実はある店舗の事についてなんですが」

達也はパソコンで管理している、数ある店舗の業績を示すグラフを沢渡に見せた。

「この店、かなり前から売り上げが芳しくないですね。こんな繁華街なのに何故でしょうか?」

その店舗は、会社から車で30分程行った場所にある、有名な繁華街のど真ん中だ。

その周りには、数多くのキャバクラが立ち並び、激戦区のような地帯でもある。

「それは前社長の頃からの問題でして、どうしてこんなに売り上げが良くないのだろう、と頭を悩ませていました」

立地条件は悪くない、むしろ好条件だ。なのに利益が上がらない。

「と言う事は、あの人が単なる無能って事だったんですよ」

「え?無能と、言いますと?」

「実は一週間程前、一人でこの店に入ったんですよ。その時に店内の様子やキャスト、接客態度と色々見てきました」

「そうだったんですか…で、何が原因か分かりましたか?」

「いえ、店内の様子もキャストの接客にも特に問題はありません」

「社長。前社長が無能と仰いましたが、社長は何かアイデアがあるのでしょうか?」

いくら息子とは言え、母親である前社長の千尋を無能呼ばわりするとは、携わってきた沢渡も無能だと言われいる様で、些か気分が悪い。

「まぁ、最後まで話を聞いてください。その後、何軒か他の店に入って比較してみたんですけどね」

「何か違いはありましたか?」

達也はパソコンをシャットダウンした。

「いやぁ、どれもこれも同じでしたよ。何処が良い店で、何処が悪い店なんて分かりませんね」

「何処も同じという事ですか?」

「そうです。何処も料金は一緒、キャストもこれと言ってあまり変わりはない。つまり、この地帯はキャバクラだらけで飽和状態なんですよ」

「まぁ、確かにあの辺は激戦区と呼ばれてますからね。何処の店も苦労してるんじゃないでしょうかね?」

「多分そうだと思います。そこで、僕はある結論を出しました」

「どんな結論ですか?」

達也のお手並み拝見といこうか…沢渡は様子を見ていた。

「スクラップ&ビルドという言葉をご存知ですか?」

「ええ、勿論。と言う事は、あの店を撤退して大幅に大改造するって事でしょうか?前社長はそこまで考えて無かったですが…」

「だから能無しなんですよ、あの人は。キャバクラに対抗してキャバクラじゃ客は何処の店に行っても同じだろうと思ってリピーターなんて増えるワケがないですよ」

「そう言われてみればそうでしょうね」

確かに達也の言うとおりだった。
1人でも多くの客を捕まえる為にありとあらゆるイベントを開催したが、成功には至らなかった。

スクラップ&ビルドとは、工場設備や組織などで、採算や効率の悪い部門を整理し、新たな部門を設けることを指す。
達也なりに経営学を勉強してきたのだろう。


「私の考えは、その店舗をキャバクラから風俗店にシフトチェンジするんですよ」

風俗っ!…

「風俗と言われましても…ソープランド、ヘルスにピンサロ。他に何があったっけ…」

「ソープでもヘルスでもピンサロでも何でもいい。あの辺りはキャバクラだらけでそういった店は一軒もない」

「それがスクラップ&ビルドの理由ですか?うーん、今からキャストを変えて店舗を改装するんですか?」

そこまでは気づかなかった。
沢渡は達也の斬新なアイデアに、前社長とは違う攻めの姿勢に少し戸惑いながも、一理あるな、と感じた。

「例えばあの店をソープランドに変えたとします。キャバクラだらけの店に一軒ソープが出来たらどうなります?」

「それは、勿論男だったら行くでしょうね」

「そこですよ。キャバクラに行ったって女の子と話して酒飲んでそれだけで終わりでしょう?同伴やアフターに付き合うキャストがいても、そう簡単に最後の一線を越えるなんてことはまずありえません。
女性と話をするだけの店と、性欲を満たしてくれる店、どちらを選びますか?」

「成る程、ソープに行って性欲を満たしてからキャバクラに行く人もいれば、キャバクラでキャストと話をして、ムラムラしてソープに行く人もいる」

「でしょう?ましてや業種が違うから競う必要もないんですよ。もしかしたら、他のキャバクラとの相乗効果で繁華街に訪れる人も多くなり、そこでお金を落としてくれれば儲けもんですよ」

こんな考えを持っていたのか。
沢渡は達也のアイデアに乗ってみようかと思った。

「ですが、どうやって人を集めますか?ましてや店内の改装もしなければならない」

「まぁ、最初は改装費だとか、ソープ嬢になるぐらいの女は借金抱えてるのが多いから、それなりの額はかかります。
ですが、先行投資だと思えばそれも何とかなるでしょう」

沢渡は達也に、ソープ嬢に知り合いがいるのだろうか?
そんな事を聞いてみた。

「しかし、社長にはそっちの方面での知り合いはいるんですか?」

この質問を待ってましたとばかりに達也は即答した。

「鴨志田を使います」

「えっ?だって彼女は社長の秘書じゃあ…」

「問題ありません。
鴨志田は経営コンサルタントとして優秀だからこそ、ここに連れてきたんです。彼女がソープの経営に携われば何とかなるはずです」

果たして、鴨志田がソープランドの経営なんか引き受けるのだろうか?


「まぁ、沢渡さん。
ここは僕に任せてもらえませんか?きっといい店になりますよ。
大丈夫です。仮にもし、ソープが失敗したとしても、全ての責任は鴨志田にとってもらいます」

「そ…そんな事を彼女が納得するのでしょうか?それに社長の秘書はその間誰が?」

「必要ないですよ、秘書なんて。
鴨志田はあくまでも秘書という【名目】でこの会社に引っ張ってきましたが、あくまでも鴨志田に風俗店を任せる為までの期間は秘書になってもらってるだけです」

「いや、しかし…いいんですかね、それで…まぁ経営のプロだから、それなりの勝算はあると踏んでこの話をしてるんでしょうから…」


経営のプロとは言え、風俗店を経営するなんて出来るのだろうか。

「あれ、そう言えば今日は彼女は出勤してましたか?今朝から姿を見てませんが」

「それはですね、僕が今日は特に用事が無いし、疲れてるだろうから、たまには休めと言って休んでもらったんです。ここで僕と貴方が鴨志田を抜いてこういう話をする。どういう意味か分かりますよね?」

という事は、鴨志田をこの会社から追い出すつもりなのだろうか?
達也の意図が全く読めない。

「もしかして社長、彼女はこの話に加わる必要が無いという事ですか?」

「そうです。確かに優秀な秘書で経営にも長けている。
ですが、ちょっと僕の見込み違いだったところもありました。
まぁ、それは僕に見る目が無かった事なのでしょうが」

ソープの経営が上手くいけば会社に利益をもたらす。
しかし、赤字になった場合は鴨志田を切る。
これじゃ、あまりにも彼女が気の毒だ。

「安心して下さい、僕は何があっても沢渡さんを切るなんて事はしませんから、ハハッ」

オレも失敗したら切られるのだろうか…沢渡は自分の身を案じた。

だが、約束の五千万を受け取った以上、達也に従わなければならない。

もし、仮にあの金を受け取らずに達也を社長として認めない、と言う断固たる姿勢をとれば、鴨志田とのホテルでの痴態を周囲に晒されるかも知れない。

どっちに転んでも、沢渡は達也の言いなりになるしかなかったのだ。

「沢渡さん、どうかしましたか?」

「えっ、いや何も…」

オレはこの男のワナにハマったのだろうか?
鴨志田を都合良く使って、用無しになればポイ捨てという事か…沢渡に後悔の念が押し寄せた。
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