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過去
一人で練習をしたい
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「どうすか?オレ、松田さんの練習メニューについていけるようになりましたよ」
短期間で松田の練習メニューを難なくこなせるようになった。
「ほぅ…少しはやるようになったな」
「はい!ですから、松田さんの技術を是非教えて下さい!」
「フッ、ハハハハハッ」
松田は笑った。
「何がおかしいんすか?」
「オレが教える事なんて何もねぇよ」
「な…何でですか?言ったじゃないですか!オレの練習メニューをこなせるようになったら教えてやるって!」
松田は大声で笑うと、古くなったグラブを差し出した。
「…?これは?」
「オレのグラブだ。オメーにくれてやらぁ」
そのグラブはショートやセカンドが使用する比較的小さめなサイズだった。
「これは?」
「このグラブで練習するといい。これだと手のひらと同じような感覚でボールをキャッチする。オメーは内野なんて守らないと思うが、このグラブでボールを捕る事に慣れろ」
外野手のグラブはやや大きい。
しかし、松田はこの小さなグラブでボールをキャッチする事によって守備を向上させた。
「あの、グラブだけいただいても…肝心の技術面は」
「あれだけの練習をしてきたって事は、もうオメーには教える事なんて無いんだよ」
松田の練習メニューは守備に必要な捕球、ポジショニング、送球等の動きを取り入れたものだった。
「後は試合に出て経験を積むだけだ。オレが教えるのはそれだけだ」
「あ、ありがとうございました!」
畑中は守備要員で起用される事が多かった。
これで守備が上達すれば、スタメンで起用される事も多くなってくるはず。
「おっと、一つ大事な事を忘れてた」
「えっ、何ですかそれは?」
「明日の試合が終わったら、オレに付き合え」
そう言うと、松田は練習場を去った。
「明日の試合後って…今じゃないのかよ」
畑中は不満気な顔で練習場を後にした。
翌日の試合でリードしていた8回、守備固めで逃げ切ろうとする作戦で、レフトを守っていた助っ人外国人選手に変わって畑中が守備についた。
松田とのハードな練習の成果で難無くボールを捌き、試合はスカイウォーカーズが勝利した。
試合後、畑中は松田に言われた通り室内練習場で待っていた。
そこに私服姿の松田が現れた。
「えっ?練習するんじゃないすか?」
「おぅ、練習だ!行くぞ」
コッチに来いと手招きされ、松田の後を付いて行った。
球場を離れて、吉祥寺のネオン街を歩く。
一体何処へ行くというのか。
「おぅ、ここだ」
松田が顎をクイッと上げると、その先にはバーの看板が。
「…あの、ここで何するんですか?」
「黙ってついてこい」
松田はバーのドアを開けた。
「あの、ここは…」
「オレの行きつけの店だ」
店内はジャズが流れ、木目調のモダンな内装でシックな雰囲気だ。
バーマンがシェイカーを振る音が響く。
「あの…松田さん、ここで何を」
「何って、決まってるだろ!飲むんだよ」
さも当然のような顔で言う。
「教えるって、酒の事ですか?」
「おぅ、オレの教えを乞うならコッチの方も教えないとなぁ」
ニヤリと笑みを浮かべ、シングルモルトを注文した。
バーでは松田はシングルモルトを傾け、時折静かに今までの経験を畑中に話した。
「まぁ、大した話でもないんだが…こんな感じでオレは便利屋としてベンチにいるわけだ」
「松田さんはレギュラーになってもおかしくないのに、何でユーティリティープレイヤーでいるのか…」
松田は顔を上げて天井を見ている。
「いいんだ、オレは…オレは守備でメシを食っていこうと決めたんだ」
決してバッティングが劣っているわけではない。
ただ守備に関しては、チームの誰よりも上手くこなし、複数のポジションを守れる。
それなら便利屋としてもいい、チームに貢献出来るなら…と。
「オメーも、野手一本でメシを食っていこうと決めたんだろ?」
「はい」
「オメーはオレと違って、走攻守三拍子そろってる。
もうすぐレギュラーとして試合に出るだろう。
いいか、バッティングを上達させようと思うなら、まずは守備を極めろ!
そうすれば、バッティングも付随して良くなる。
そんなもんだ、野球ってのは」
確実にそうだとは限らないが、守備と打つリズムのどちらかが狂うと、もう一つも狂ってしまう。
松田は守備を疎かにするヤツはバッティングも上達しないという考えだ。
畑中はその後も松田に付いて色々な酒場を回った。
「まぁ、そんな感じでオレはあの人の様に一人で練習するのが当たり前になったってワケだ」
あれから10数年、畑中もベテランと呼ばれる年齢になり、結城や唐澤のような若い選手を指導する立場になった。
「その、松田という選手はその後どうなったんですか?」
唐澤が尋ねた。
「んー…オレが活躍したお陰で、二軍行きになってな」
畑中の台頭で、松田はユーティリティープレイヤーとしての座を降ろされた。
チームの若返りという方針で、構想から外れたのだ。
「まさか、オレがあの人を蹴落とすとはなぁ…これも野球選手の宿命なんだけども」
ふと、寂しげな表情を浮かべた。
「その後はどうなったのですか?」
「その年限りで引退したよ」
「そうだったんですか…」
ウーン、と結城は腕を組んだ。
「今は球場の近くで炉端焼きをやってるよ。たまに顔を出すけどな」
「えー!だったら今日は、その店に行けば良かったんじゃないですか?」
「イヤだよ!行ったら行ったで、あれこれと昔の話をオマエらに聞かせるんだぜ!行きたくないっつーの!」
聞かれたくない話の一つや二つ…いや、畑中ならもっとありそうだ。
「畑中さんは人前で練習するのがイヤなワケではなく、ただ単に一人で練習したいって言う事ですね?」
「んー、まぁそんなとこだ」
練習嫌いではなく、一人で黙々と練習に没頭したい。
それを聞いて、唐澤は畑中という人物を少しだけ理解出来た。
短期間で松田の練習メニューを難なくこなせるようになった。
「ほぅ…少しはやるようになったな」
「はい!ですから、松田さんの技術を是非教えて下さい!」
「フッ、ハハハハハッ」
松田は笑った。
「何がおかしいんすか?」
「オレが教える事なんて何もねぇよ」
「な…何でですか?言ったじゃないですか!オレの練習メニューをこなせるようになったら教えてやるって!」
松田は大声で笑うと、古くなったグラブを差し出した。
「…?これは?」
「オレのグラブだ。オメーにくれてやらぁ」
そのグラブはショートやセカンドが使用する比較的小さめなサイズだった。
「これは?」
「このグラブで練習するといい。これだと手のひらと同じような感覚でボールをキャッチする。オメーは内野なんて守らないと思うが、このグラブでボールを捕る事に慣れろ」
外野手のグラブはやや大きい。
しかし、松田はこの小さなグラブでボールをキャッチする事によって守備を向上させた。
「あの、グラブだけいただいても…肝心の技術面は」
「あれだけの練習をしてきたって事は、もうオメーには教える事なんて無いんだよ」
松田の練習メニューは守備に必要な捕球、ポジショニング、送球等の動きを取り入れたものだった。
「後は試合に出て経験を積むだけだ。オレが教えるのはそれだけだ」
「あ、ありがとうございました!」
畑中は守備要員で起用される事が多かった。
これで守備が上達すれば、スタメンで起用される事も多くなってくるはず。
「おっと、一つ大事な事を忘れてた」
「えっ、何ですかそれは?」
「明日の試合が終わったら、オレに付き合え」
そう言うと、松田は練習場を去った。
「明日の試合後って…今じゃないのかよ」
畑中は不満気な顔で練習場を後にした。
翌日の試合でリードしていた8回、守備固めで逃げ切ろうとする作戦で、レフトを守っていた助っ人外国人選手に変わって畑中が守備についた。
松田とのハードな練習の成果で難無くボールを捌き、試合はスカイウォーカーズが勝利した。
試合後、畑中は松田に言われた通り室内練習場で待っていた。
そこに私服姿の松田が現れた。
「えっ?練習するんじゃないすか?」
「おぅ、練習だ!行くぞ」
コッチに来いと手招きされ、松田の後を付いて行った。
球場を離れて、吉祥寺のネオン街を歩く。
一体何処へ行くというのか。
「おぅ、ここだ」
松田が顎をクイッと上げると、その先にはバーの看板が。
「…あの、ここで何するんですか?」
「黙ってついてこい」
松田はバーのドアを開けた。
「あの、ここは…」
「オレの行きつけの店だ」
店内はジャズが流れ、木目調のモダンな内装でシックな雰囲気だ。
バーマンがシェイカーを振る音が響く。
「あの…松田さん、ここで何を」
「何って、決まってるだろ!飲むんだよ」
さも当然のような顔で言う。
「教えるって、酒の事ですか?」
「おぅ、オレの教えを乞うならコッチの方も教えないとなぁ」
ニヤリと笑みを浮かべ、シングルモルトを注文した。
バーでは松田はシングルモルトを傾け、時折静かに今までの経験を畑中に話した。
「まぁ、大した話でもないんだが…こんな感じでオレは便利屋としてベンチにいるわけだ」
「松田さんはレギュラーになってもおかしくないのに、何でユーティリティープレイヤーでいるのか…」
松田は顔を上げて天井を見ている。
「いいんだ、オレは…オレは守備でメシを食っていこうと決めたんだ」
決してバッティングが劣っているわけではない。
ただ守備に関しては、チームの誰よりも上手くこなし、複数のポジションを守れる。
それなら便利屋としてもいい、チームに貢献出来るなら…と。
「オメーも、野手一本でメシを食っていこうと決めたんだろ?」
「はい」
「オメーはオレと違って、走攻守三拍子そろってる。
もうすぐレギュラーとして試合に出るだろう。
いいか、バッティングを上達させようと思うなら、まずは守備を極めろ!
そうすれば、バッティングも付随して良くなる。
そんなもんだ、野球ってのは」
確実にそうだとは限らないが、守備と打つリズムのどちらかが狂うと、もう一つも狂ってしまう。
松田は守備を疎かにするヤツはバッティングも上達しないという考えだ。
畑中はその後も松田に付いて色々な酒場を回った。
「まぁ、そんな感じでオレはあの人の様に一人で練習するのが当たり前になったってワケだ」
あれから10数年、畑中もベテランと呼ばれる年齢になり、結城や唐澤のような若い選手を指導する立場になった。
「その、松田という選手はその後どうなったんですか?」
唐澤が尋ねた。
「んー…オレが活躍したお陰で、二軍行きになってな」
畑中の台頭で、松田はユーティリティープレイヤーとしての座を降ろされた。
チームの若返りという方針で、構想から外れたのだ。
「まさか、オレがあの人を蹴落とすとはなぁ…これも野球選手の宿命なんだけども」
ふと、寂しげな表情を浮かべた。
「その後はどうなったのですか?」
「その年限りで引退したよ」
「そうだったんですか…」
ウーン、と結城は腕を組んだ。
「今は球場の近くで炉端焼きをやってるよ。たまに顔を出すけどな」
「えー!だったら今日は、その店に行けば良かったんじゃないですか?」
「イヤだよ!行ったら行ったで、あれこれと昔の話をオマエらに聞かせるんだぜ!行きたくないっつーの!」
聞かれたくない話の一つや二つ…いや、畑中ならもっとありそうだ。
「畑中さんは人前で練習するのがイヤなワケではなく、ただ単に一人で練習したいって言う事ですね?」
「んー、まぁそんなとこだ」
練習嫌いではなく、一人で黙々と練習に没頭したい。
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