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開幕

正捕手交代

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保坂とマクダウェルは一歩も譲らない。

アウトコースを主張する保坂とインコースを主張するマクダウェル。

「おい、いい加減にしろよ!」


「コイツがオレのサイン通りに投げれば済むことなんですよ!」


「No! It's an in-course!(ノー!インコースだ!)」


これでは堂々巡りで先に進まない。


「早く決めるんだ!じゃないと、遅延行為で退場になるぞ!」


「ですから、アウトコースへ…」

「No!inside pitch!(インコース!)」


「ダメだ、こりゃ」


平行線のままだ。


すると、櫻井がベンチから出て選手の交代を告げた。



「ウソっ、もう交代なの?」


「当然でしょう!キャッチャーのリードに従わないピッチャーなんか、交代にきまってるでしょ!」


【スカイウォーカーズ選手の交代をお知らせします…キャッチャー保坂に代わって滝沢。6番キャッチャー滝沢。背番号9】


「なに~っ!!」


何と、交代するのはマクダウェルではなく、キャッチャーの保坂だった。


「な、何で保坂くんを…」


結城も驚くばかりだ。


滝沢は急いでプロテクターを付け、マウンドに向かった。


保坂は呆然と立ち尽くすのみ。


「…」


「保坂くん…監督には考えがあるんだろう。
ここは大人しく下がるしかない…」


「…じゃねぇぞ」


「エッ?」


「冗談じゃねぇ、何でオレが交代なんだっ!!」


怒りにまかせてマスクを思いっきり叩きつけた。


マスクは高くバウンドして、フレームの部分が変形した。


「しょうがねぇな…もう交代を告げたんだ、お前はベンチへ戻れ」


財前がポンと肩に手を置いた瞬間、保坂は物凄い勢いでベンチに突進した。


「おい、アイツ監督ぶん殴るんじゃねぇのか!」


「それはマズい!皆、保坂くんを止めよう!」


財前を含めた内野陣が後を追う。


「おい、アツシ!バカなマネは止めろ!」


「保坂くん、落ち着くんだ!」


保坂は櫻井に詰め寄る。


「ざけんなよ、おい…何でオレが交代なんだっ!交代するのはアイツだろうが!」

ガタイの良い保坂が凄むと迫力がある。


しかし櫻井は表情を変えない。


「交代するのはキミだ」


毅然と言い放つ。


「何でオレなんだよ!オレが何したっていうんだ、えぇ!監督だからって、テキトーな事してんじゃねぇぞ、コラァ!」


今にも殴りかからんばかりの勢いだ。


「保坂くん、よすんだ!」


結城が後ろから羽交い締めにする。


「理由を言えよ!何でオレが交代しなきゃなんないんだ!ふざけんじゃねぇぞ、おいっ!」


すると櫻井は保坂の左手首を掴んだ。


「グッ…」


保坂の顔が歪む。


「理由か…それはキミが一番よく知ってるんじゃないのかな?」


「んだと…」


「フッ」


櫻井は掴んだ手に力を込めた。


ギリギリギリギリ…


「グァァっ!」


保坂が声を上げ、顔をしかめる。


「ボクの目は節穴じゃないんだよ…」


櫻井の目が鋭く変わる。


「ど、どういう事ですか?」


結城には何の事かサッパリ分からない。


「保坂くん…ケガをおして試合に出るのはいいが、キミの持ち味でもあるフレーミングが出来なきゃ、交代しかないだろう、違うか!」


【ケガ?】


保坂は負傷していた。


「彼は(マクダウェル)キミが負傷しているのを見抜いてインコースに投げようとしてるんだ」


「まさか…」


保坂は一週間前、千葉ヤンキースとのオープン戦で左手首にデッドボールを受けた。


「大した事ない」と言ったものの、手首は腫れ上がり、保坂が得意とするフレーミングが出来ない状態だった。


マクダウェルが稲葉の打席でアウトコースに外れるスライダーを投げたのは、手首の状態を確認する為だった。

左バッターのアウトコースへ投げる球をフレーミングするには、手首を内側に返すのが必要とされる。


手首を負傷してはフレーミングどころか、キャッチングにも支障をきたす。


試合前、マクダウェルは櫻井にその事を話した。


「Boss.. Hosaka has an injury to his left wrist injury.
He cannot even catch a ball satisfactorily.(ボス…保坂は左手首を負傷している。あれではキャッチングすら満足に出来ない状態だ)」


「I see. He was injured after all.(そうか…やっぱりケガをしていたのか)」


櫻井は現役時代、チームメイトだったウェイン・トーマスJr.から英語を教わっていたお陰で日常会話程度なら話す事が出来る。


「It's impossible to play in such a situation.(あんな状態で試合に出るのはムリだ)」


「I know... Let's change him in the middle.(分かってる…途中で交代させよう)」


櫻井は最初から保坂を交代させるつもりだった。




「保坂くん…こんな状態で試合に出るのはムリだ。
このまま試合に出続けたら、手首が使い物にならなくなるぞ」


「それがどうしたっていうんすか…野球選手にケガは付きものでしょう!」


「プロはそんな甘いもんじゃないっ!!」


櫻井が一喝した。


「キミの一番のウリであるフレーミングが出来ないようじゃ、試合で使う事は出来ない!」


「…」


保坂は何も言えなかった。


「登録抹消はしないが、しばらくの間代打で出てもらう、いいな?」


櫻井の温情で登録抹消は免れた。


「保坂くん…こんな状態じゃ守備につくのはムリだ。ここは監督の言う通りにしよう」


結城が説得する。


「…はい」


保坂は力なく頷いた。



「さァ、ツーアウトだ!保坂くんの為にもここで抑えて反撃しよう!」


手を叩き、選手を鼓舞した。


【ハイっ!】


元気よく飛び出し、守備についた。



長い中断だったが、試合再開となった。
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