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去就
お誘い
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広いリビングで電気もつけず、ソファーで横になっている。
ただいたずらに時間が過ぎていく。
抜け殻という表現がピッタリだ。
「あの球はオレが教えたカーブじゃねぇか…」
頭に浮かぶのは最終戦の最後の打席。
あの打席、財前は追い詰められていた。
マウンド上には宿命のライバルでもある吉川。
ストレートしか無いとヤマを張ってみたが、吉川は裏をかいてカーブを投げた。
中学時代、吉川は財前にカーブの投げ方を教わった。
【カーブはこうやって投げるんだよ】
まさか、自分が教えたカーブで三振を喫するとは思ってもなかった。
「あのヤロー…あんなカーブ投げやがって…」
スカイウォーカーズは99ersに敗れ優勝を逃した。
三冠王という、打者にとって最高の栄誉を手にしたが、財前にとっては三冠王なんかどうでもよく、真の目標は日本一になる事だった。
小学生の頃から数えて三度吉川に敗れた。
敗けたけど、不思議と悔しいという感情は湧かなかった。
ただ、あそこでカーブを投げた事に驚愕した。
「…何か、腹減ったな」
最終戦から二日経つ。
まともに飯も食べてない。
「何か作るのも面倒臭ぇ…」
寝返りをうつのさえ面倒臭い状況。
鬱々とした気持ちで過ごしている。
【ピコーン♪】
スマホの着信音が鳴った。
「ん、誰だ?」
ソファーから手を伸ばし、テーブルに置いてあるスマホを取った。
結城からのLINEだ。
【お疲れ様です。もしよかったら、一杯付き合ってもらえませんか?】
「飲みに行こうってか…」
断ろうかと思ったが、このままダラダラと時間が過ぎるのも良くないと思い、結城の誘いに乗った。
「まぁ、いいか…腹減ったし」
財前は身支度を整えた。
結城が指定した場所は、吉祥寺の繁華街から離れた細い路地にある炉端焼きの店だった。
こじんまりとした店で、暖簾が煤けて妙に趣のある店構えだ。
ガラガラっと引き戸を引くと、「いらっしゃい!」という威勢のいい声が店内に響く。
「あ、財前さん!お待ちしてました」
カウンターに座っていた結城が手を挙げた。
結城の横にはコーチの中田と畑中が座っている。
「何だ、この珍しい組み合わせは…」
店内は10人も入れば満席になりそうな狭い店だが、カウンターには新鮮な魚介類や野菜がところ狭しに並ぶ。
「おぅ、財前!こっち来い」
中田が手招きをする。
わけも分からず、財前は結城の隣に座った。
「財前さん、わざわざ来てくださってありがとうございます」
「こういう店によく来るのか?」
「えぇ、まぁ…たまにはこういう店もいいじゃないですか」
「お前、こういう店は初めてか?」
ウーロン茶を飲んでいる中田が訊ねた。
「そりゃ、まぁ…アメリカにはこういう店は無いし」
「じゃあ、今日が炉端焼きデビューだな!」
畑中は日本酒を飲んでいた。
「財前さん、何飲みますか?」
「…ん~、そんなに飲みたいとは思わないんだが…お前は何飲んでるの?」
「ボクはレモンサワーです」
「レモンサワーか…じゃあ、オレは…先ずはビールかな」
「すいません、ビールお願いします!」
結城が注文する。
「あいよ!」
カウンターの向こうには、囲炉裏で店主が焼き鳥を焼いていて、煙まで美味そうに思える。
「オレぁ、ずっとアメリカにいたせいか、こういう赤ちょうちんみたいな店に一度は行ってみたいなぁと思ってたんだが…中々良い所じゃん!」
財前の表情が少し明るくなった。
「はい、ビールおまちどう!」
店員がジョッキを持ってきた。
「じゃあ、もう一度乾杯しましょう」
「乾杯って、何に?」
「ん~…まぁ、いいじゃねぇか!とにかくカンパーイ!」
畑中の音頭で乾杯した。
財前はジョッキの半分を一気に飲み干す。
「くは~っ!!久しぶりのビールは美味いねぇ」
「財前さん、この店はああやって囲炉裏で焼いた物を、あの長いしゃもじに乗せてお客さんに渡すんです」
店主は焼き鳥を1mはゆうに超える長いしゃもじ、通称掘返べら(ほりかえしべら)を伸ばしてカウンターの客に提供していた。
「何だ、ありゃ?バットより長いじゃん!」
「これが炉端焼きってヤツよ」
中田はホッケを美味そうに食う。
「何食ってんの?」
「これか?これはホッケだよ」
空腹の財前はホッケが物凄く美味そうに見えた。
「じゃあ、オレもそれもらうわ!」
「すいません、ホッケお願いします」
「あいよ~っ!」
店主が目の前の鮮魚を取ると、囲炉裏で焼き始めた。
「炭火で焼いてるのか」
「えぇ、炭火だと中からジックリ焼けて、外がパリパリ、中がフックラした食感が楽しめますよ」
「何だよ、チサト!お前、食レポ出来るんじゃないのか?」
畑中がからかう。
「食レポですか…あぁ、もしかして出来るかもしれませんね」
「これで引退後の仕事は確保出来たな」
「止めてくださいよ、中田さん!引退して食レポなんて!…でも、それもアリですよね?」
「ギャハハハハハ!その前に嫁もらえ!」
「そーだ、そーだ!お前は早く結婚しろ!」
「いや~、それはまだ…」
結城はしどろもどろになってる。
(へぇ、グラウンドを出ればこんな笑顔で酒を飲むのか…それにしても、この店の雰囲気は良いな)
財前は炉端焼きを満喫した。
ただいたずらに時間が過ぎていく。
抜け殻という表現がピッタリだ。
「あの球はオレが教えたカーブじゃねぇか…」
頭に浮かぶのは最終戦の最後の打席。
あの打席、財前は追い詰められていた。
マウンド上には宿命のライバルでもある吉川。
ストレートしか無いとヤマを張ってみたが、吉川は裏をかいてカーブを投げた。
中学時代、吉川は財前にカーブの投げ方を教わった。
【カーブはこうやって投げるんだよ】
まさか、自分が教えたカーブで三振を喫するとは思ってもなかった。
「あのヤロー…あんなカーブ投げやがって…」
スカイウォーカーズは99ersに敗れ優勝を逃した。
三冠王という、打者にとって最高の栄誉を手にしたが、財前にとっては三冠王なんかどうでもよく、真の目標は日本一になる事だった。
小学生の頃から数えて三度吉川に敗れた。
敗けたけど、不思議と悔しいという感情は湧かなかった。
ただ、あそこでカーブを投げた事に驚愕した。
「…何か、腹減ったな」
最終戦から二日経つ。
まともに飯も食べてない。
「何か作るのも面倒臭ぇ…」
寝返りをうつのさえ面倒臭い状況。
鬱々とした気持ちで過ごしている。
【ピコーン♪】
スマホの着信音が鳴った。
「ん、誰だ?」
ソファーから手を伸ばし、テーブルに置いてあるスマホを取った。
結城からのLINEだ。
【お疲れ様です。もしよかったら、一杯付き合ってもらえませんか?】
「飲みに行こうってか…」
断ろうかと思ったが、このままダラダラと時間が過ぎるのも良くないと思い、結城の誘いに乗った。
「まぁ、いいか…腹減ったし」
財前は身支度を整えた。
結城が指定した場所は、吉祥寺の繁華街から離れた細い路地にある炉端焼きの店だった。
こじんまりとした店で、暖簾が煤けて妙に趣のある店構えだ。
ガラガラっと引き戸を引くと、「いらっしゃい!」という威勢のいい声が店内に響く。
「あ、財前さん!お待ちしてました」
カウンターに座っていた結城が手を挙げた。
結城の横にはコーチの中田と畑中が座っている。
「何だ、この珍しい組み合わせは…」
店内は10人も入れば満席になりそうな狭い店だが、カウンターには新鮮な魚介類や野菜がところ狭しに並ぶ。
「おぅ、財前!こっち来い」
中田が手招きをする。
わけも分からず、財前は結城の隣に座った。
「財前さん、わざわざ来てくださってありがとうございます」
「こういう店によく来るのか?」
「えぇ、まぁ…たまにはこういう店もいいじゃないですか」
「お前、こういう店は初めてか?」
ウーロン茶を飲んでいる中田が訊ねた。
「そりゃ、まぁ…アメリカにはこういう店は無いし」
「じゃあ、今日が炉端焼きデビューだな!」
畑中は日本酒を飲んでいた。
「財前さん、何飲みますか?」
「…ん~、そんなに飲みたいとは思わないんだが…お前は何飲んでるの?」
「ボクはレモンサワーです」
「レモンサワーか…じゃあ、オレは…先ずはビールかな」
「すいません、ビールお願いします!」
結城が注文する。
「あいよ!」
カウンターの向こうには、囲炉裏で店主が焼き鳥を焼いていて、煙まで美味そうに思える。
「オレぁ、ずっとアメリカにいたせいか、こういう赤ちょうちんみたいな店に一度は行ってみたいなぁと思ってたんだが…中々良い所じゃん!」
財前の表情が少し明るくなった。
「はい、ビールおまちどう!」
店員がジョッキを持ってきた。
「じゃあ、もう一度乾杯しましょう」
「乾杯って、何に?」
「ん~…まぁ、いいじゃねぇか!とにかくカンパーイ!」
畑中の音頭で乾杯した。
財前はジョッキの半分を一気に飲み干す。
「くは~っ!!久しぶりのビールは美味いねぇ」
「財前さん、この店はああやって囲炉裏で焼いた物を、あの長いしゃもじに乗せてお客さんに渡すんです」
店主は焼き鳥を1mはゆうに超える長いしゃもじ、通称掘返べら(ほりかえしべら)を伸ばしてカウンターの客に提供していた。
「何だ、ありゃ?バットより長いじゃん!」
「これが炉端焼きってヤツよ」
中田はホッケを美味そうに食う。
「何食ってんの?」
「これか?これはホッケだよ」
空腹の財前はホッケが物凄く美味そうに見えた。
「じゃあ、オレもそれもらうわ!」
「すいません、ホッケお願いします」
「あいよ~っ!」
店主が目の前の鮮魚を取ると、囲炉裏で焼き始めた。
「炭火で焼いてるのか」
「えぇ、炭火だと中からジックリ焼けて、外がパリパリ、中がフックラした食感が楽しめますよ」
「何だよ、チサト!お前、食レポ出来るんじゃないのか?」
畑中がからかう。
「食レポですか…あぁ、もしかして出来るかもしれませんね」
「これで引退後の仕事は確保出来たな」
「止めてくださいよ、中田さん!引退して食レポなんて!…でも、それもアリですよね?」
「ギャハハハハハ!その前に嫁もらえ!」
「そーだ、そーだ!お前は早く結婚しろ!」
「いや~、それはまだ…」
結城はしどろもどろになってる。
(へぇ、グラウンドを出ればこんな笑顔で酒を飲むのか…それにしても、この店の雰囲気は良いな)
財前は炉端焼きを満喫した。
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