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来季へ向けて

ラストゲーム 5

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異様な歓声に包まれた名古屋99ドーム。

先程から【あと一人】コールで沸き返る。


9回表、ツーアウトランナー一塁二塁という最後のチャンスで、次のバッターは三冠王の財前。


【3番センター財前】


「おい、財前!」


「ん?」


榊が財前の下へ。


「財前…今年はお前のお陰でここまで来れたんだ。
結果はともかく、思いっきりバットを振るんだ!」


ワハハハハ、と笑いながら肩をポンと叩いた。


「アンタはここで終わりじゃねえよ…チャンピオンズカップまでユニフォームを着なきゃならないんだから」


右手を挙げ、打席に向かった。


「これで負けても悔い無し…か」


穏やかな表情でベンチに戻った。


マウンド上では、内野陣、ピッチングコーチが集まり、グラブに手を当てて話をしている。


すると、一塁側ベンチからヤマオカ監督が出てきてピッチャーの交代を告げた。


「何だ、交代か?」


財前は首を傾げる。


抑えの切り札を交代して、誰を投げさせるのか。


【99ers、選手の交代をお知らせします。ピッチャー霧島に代わりまして、吉川。センターの吉川がピッチャーになり、センターには8番清水。背番号53】


その瞬間、歓声が大いに沸いた。


それもそのハズ、センターを守る吉川がリリーフとは、誰もが予想だにしない出来事だ。


吉川が小走りでマウンドに向かう。


一塁側ベンチからは、清水がグラブを持ってセンターの守備につく。


「やってくれるじゃねぇか、吉川…」


この対決は財前にとっても、願ってもないチャンスだ。


少年時代、吉川には散々苦汁を飲まされた。


ここでリベンジしてやろうと、財前の闘志は燃え上がる。

マウンド上の吉川は投球練習を始めた。


ノーワインドアップからややスリークォーター気味に投げる球は回転が高く、キレがある。


小学校、中学校と吉川の投球を見てきた財前は、一瞬にしてタイムスリップした。


「ほぉ、あの時と全く同じフォームで投げてやがる」


投球練習が終わり、財前が再び右打席に入った。



「プレイ!」


プレイが再開した。


腰を屈め、外崎のサインを見る。


ロジンバッグを手にし、セットポジションの体勢に。


「オイオイ、随分と決まってるじゃないか」


「元々吉川くんはピッチャーですから」


「エッ、そうなの?」


「知らなかったんですか?ドラフト5位でキングダムに入団した時はピッチャーだったんですよ」


いつまで経っても、選手を覚えられない榊であった。


「キングダムにドラフト5位じゃ、よっぽどの事が無い限り上にはお呼びが掛からないしな」


「えぇ…ですから、吉川くんはピッチャーを諦めて野手に転向したんです」



吉川が一塁へ牽制。


石川は塁に戻る。


「セーフ!」


「今の牽制球速くなかったか?」


「影で練習してたんでしょうね」


リードが大きかったらアウトになってた程の牽制球の上手さだ。


再びセットポジションの体勢に入る。


クイックモーションから初球を投げた。


「…っ!」


財前はバットを止めた。


「ストライク!」


オーロラビジョンには148km/hと表示された。


投球練習の時よりも速いストレートに、場内は大喜びする。


(速ぇだけじゃねぇ…あのヤロー、腕の振りが出遅れるせいで、球の出所が全く見えねえ)


左腕が弓の様にしなり、リリースポイントが出遅れるせいで、ボールが見えない。


148km/hだが、打席では150以上の体感速度に感じる。


(この一打席だけで見極めるってのは難しいな…)


財前は待球戦法をとった。


出来るだけ球数を投げさせ、軌道を見極める為だ。


再びセットポジションからのクイックモーションで2球目を投げた。


(…ヤベッ、全然見えねえ!)


ボールが来た、と思ったら既にミットに収まっていた。


「ストライクツー!」


インコース低めへクロスファイアボールが決まった。


「152km/hだってよ!」


榊が声を上げる。


「監督の現役時代と同じぐらいの速さですね」


「いや、オレの時よりも速いぞ…ヤマオカのとっつぁん、こんな最終兵器を隠してたのかよ」


一塁側ベンチを見ると、ヤマオカ監督がこちらを見てニヤッと笑った。


「余裕の表情してやがる…」

そういう榊も、この勝負を楽しんで見ている。


あと一人コールが、あと一球コールに変わった。


ツーストライクと追い込まれた財前、ツーストライクと追い込んだ吉川。


緊迫する空気の中、吉川が3球目を投げた。


遊び球無し、三球勝負に出た。


「クソっ…」


財前は辛うじてバットに当てた。


「ファール!」


打球は一塁線に切れた。


(当てたのはいいが…どうやって攻略する?いや、待てよ…そもそもアイツ、変化球投げれるのか?)


財前に疑問が生じる。


中学時代を思い出す。


確かカーブの投げ方を教えたのは財前だ。


吉川は「分かった」とは言ったが、実際にカーブを投げたのを見ていない。


(もしかしたら、アイツ変化球投げられないんじゃないか?)



「フゥ~っ…」


大きく息を吐いてバットを構えた。


(どんな投げ方しようが、投げる球はストレートのみ!)


財前の肚は決まった。


あと一球コールが鳴り響く名古屋99ドーム。


一塁側99ersベンチでは、今か今かと選手やコーチが飛び出さんばかりの様子だ。


再度ロジンバッグを手にし、外崎のサインを屈めて見る。


セットポジションの体勢に入った。


(これで決める!)


(この球を打つ!)


2人は次の球が勝負だと読んだ。


吉川が4球目を投げた。

(打つ!)


しかし、投げたのは縦に割れる左腕特有のカーブだった。

「…っ、カーブ?」


タイミングを狂わされ、財前はバットを止める事が出来ない。

スローモーションの様に、ボールは縦に弧を描き、外崎の構えたミットに入った。


「ストライクアウト!」



次の瞬間、ドワーっという歓声が沸き起こり、99ersの野手全員がマウンドに向かう。

ベンチからも控えの選手やコーチが喜びを爆発させながらグラウンドに出た。


この瞬間、99ersのリーグ制覇が決まった。


マウンド上では、ヤマオカ監督が10回宙に舞った。


【バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!】


対照的に、スカイウォーカーズベンチではガックリと肩を落とす選手、ベンチに座り込んで顔を覆う選手と、悔しさを露にした。


三振を喫した財前は、打席で呆然としていた。


「ざ、財前さん…」


唐澤が声を掛けるが、財前の耳には届いてない。



こうしてペナントレースは大接戦の末、99ersの優勝で幕を閉じた。


アポロリーグでは、一足先に北九州ドジャースが21年振りに優勝を遂げ、来月から始まるチャンピオンズカップで対決する。


「ん~…いい勝負だった!負けたけど、悔いは無い」


退任を発表した榊の表情は晴れやかだった。
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