上 下
2 / 60

第二話

しおりを挟む
吉川は非番モードから一気に刑事のモードに切り替わった。
「兵庫県警の吉川です。
本部に連絡しますので現場は触れないようお願いします」
外からは消防車のサイレンの音に続いて救急車とパトカーの音も聞こえてくる。

吉川は現場保全をしていると、34階には消防士に続いて警官や鑑識が到着した。
吉川の後ろからツインテールで瞳の大きな三島が目を輝かせていた。
「焼死体ね。ベッドに将棋の駒と林田さんの扇子もある。
将棋の駒は桂馬よ。
犯人を示すダイイングメッセージかもしれないわ」

「部外者は近づかないように」
そこから離れようとしない見習い女流棋士の三島の手を取って、吉川は34階からホテルの1階ロビーまで手を引いて避難誘導した。
一階ホテルロビーでフロント責任者が吉川のもとにやってきた。
「吉川様、いつもお世話になっております」
「この女性は上の階の火災に巻きこまれそうになったのでここまで避難誘導してきたのです」
「私どもの責任でございますので後は対応させていただきます」
ツインテールの瞳の大きな見習い美少女は割り込んできた。
「へえ。一介の刑事にしては、一流ホテルの責任者と知り合いなの」
フロント責任者が吉川の顔を窺いながら、三島に言った。
「吉川様は山口でも戦国時代の大名から続きます由緒ある名家の御曹司様でございまして、私どものホテルも西日本で大変お世話に」
途中で吉川はフロント責任者の言葉を遮ると、三島に向って言った。
「君の連絡先をそこに記入してもらえるかな。明日色々と関係者に聞かないといけないので」

ホテルのフロント責任者が吉川にお辞儀をした。
「大変失礼しました。吉川様、あとはわたくしどもにお任せください。
吉川様のお知合い様でございますので、責任を持ってご案内をさせていただきます。ご安心いただければと思います」

「いや。知り合いでは。
痛い」
吉川の靴先をホテルのフロント責任者にわからないように三島は踏んづけて言った。
「ホテルの方、吉川の知り合いです。よろしく」

一階ロビーで、フロントから離れると兵庫県警の同僚の若い刑事が話しかけてきた。
「吉川さん。将棋の関係者から聞いたのですが、赤龍戦で対局して優勝者した林田女流棋士がどこにも見当たらないらしいです。
オーハシポートホテルから消失したかのようだと」

横からツインテールの瞳の大きい女性がまた目を輝かせて割り込んできた。
「ホテル不可能消失事件ね。きっとホテルのあらゆる出入り口には林田初段の姿は無いはずよ。そうでないと不可能消失事件にならないし。
林田さん以外に消えた人物はいないの。

桂馬の駒が落ちていたあの黒焦げ殺人死体と関係があるかもよ。
桂馬のダイイングメッセージの意味を考えないと。
桂馬が重要なのよ。きっと」
吉川は、三島に諭すように言った。
「まだ、事件と決まったわけではない。
話は明日ゆっくり聞くから捜査の邪魔しないこと」

桂馬と言われて、吉川は今朝のことを思い出した。
対局が楽しみで今朝は予定より早くホテルのロビーに来ていた。
貸し切りの最上階の35階対局室やその下の控室には、本日は関係者以外入ることができない。
小声の主である豊満な体の塚本社長が同じように朝早くからロビーにいたのを記憶している。
確か朝早く、ホテルのエレベータの前で塚本社長が、服装がだらしなさそうな男に声をかけられていたことを思い出した。
男は右手に将棋の駒の桂馬を持っていたので将棋の関係者かなと思ったが、あの35階のフロア近くにはその男の姿は無かったはず。

「じゃ。明日兵庫県警ね」
ツインテールをなびかせて少し大人びた表情の美少女は吉川の元を去って行き、フロント責任者に何か話をしているようだった。
どこかで会ったことがあったかな。あのツインテールと。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

警狼ゲーム

如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。 警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

気の言
ミステリー
いたって平凡な男子高校生の玉宮香六(たまみや かむい)はひょんなことから、中学からの腐れ縁である姫石華(ひめいし はな)と入れ替わってしまった。このまま元に戻らずにラブコメみたいな生活を送っていくのかと不安をいだきはじめた時に、二人を元に戻すための解決の糸口が見つかる。だが、このことがきっかけで事態は急展開を迎えてしまう。 現実に入れ替わりが起きたことを想定した、恋愛要素あり、謎ありの空想科学小説です。 この作品はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

天井裏の囁き姫

葉羽
ミステリー
東京の名門私立高校「帝都学園」で、天井裏の囁き姫という都市伝説が囁かれていた。ある放課後、幼なじみの望月彩由美が音楽室で不気味な声を聞き、神藤葉羽に相談する。その直後、音楽教師・五十嵐咲子が天井裏で死亡。警察は事故死と判断するが、葉羽は違和感を覚える。

処理中です...