52 / 70
第五十二話
しおりを挟む「昨日の江戸城内にある静勝軒はほとんど焼け落ちたが、基礎の柱付近だけは焼け残っていた。
焼け残った柱の三階付近にぶらさがって発見された死体は黒焦げに近い状態だが、医師によると男性だということだ。
死因が背中から心臓付近に刺された小刀ということがわかった。
火災による死亡ではないということだ。
また、焼け残った着物と持ち物については、大野修理殿のものだということがわかった」
家康が宗古にそう説明した。
「淀君や大野春氏様にはもう連絡がいったのですか」
「すでに報告している」
「誰が殺したかですよね」
「そうだ。忍びの月だとは思うが。警戒を厳重にする必要がある」
「先ほどの王子稲荷神社でも、忍びの月の手裏剣が飛んできて、間一髪でした」
「だいじょうぶだったのか。大事な未来の人だからな」
「家康様の兵のおかげでなんとか」
「しばらくは外に出るときには勝吉と兵をつけることにする」
勝吉が部屋に入ってきた。
「家康殿、淀君がお呼びです」
「わかった」
「家康殿、おひとりでといわれました」
「わかった。淀君のところに行ってくる。ここで待っていてくれ」
部屋に残った勝吉に宗古は、昨夜の静勝軒の死体の状況を聞いている。
「御城将棋が終わって勝吉さんが能楽を演じていた時にはまだ大野修理氏は家康様の部屋で能を見ていましたよね。
そして私たちが茶阿局と話して、そのあと家康様と話をしていた時に静勝軒の火事があることを聞いたから、戌の刻あたりに事件が発生したと思います」
「犯人は、忍びの月に違いない。あの火災のときに静勝軒にいたからな」
「戌の刻で静勝軒に出入りした人物はわかりますか。
何故大野修理氏は静勝軒に行ったのか、自分で何かを探すために行ったのか、誰かに誘い出されたのかわかれば犯人もわかるかもしれません」
勝吉は家康の家来を呼んで状況を聞いた。
「静勝軒は一階の入口は一つにしてあとの出入り口は閉じていた。従って出入りできるところは一階に一つしかなく、戌の刻の前から家来が一人入口を見張っていたそうだ。
確かに、戌の刻になったばかりの時間に大野修理殿が静勝軒に来たそうだ。
淀君の指示だといわれたので家来はそのまま通したそうだ。そして三階に行くと言っていたようだ。
そのあと、囲碁打ちの算砂殿が来て珍しい囲碁盤があると聞いたので見せてほしいとやってきたらしい。
また戌の刻よりずっと前の時間に小那姫殿と茶阿局殿が別々に来たらしい。
小那姫は淀君からの依頼だと言っていたらしい。
茶阿局殿は普段から良く出入りされている」
それ以外に人の出入りは居ない。
ただ見張りが一人しかいなかったから忍びの者が裏手から密かに登ったらわからない。
静勝軒には月の小面の写し以外はそんなに金銀等の貴重品を置いていなかった。昔の時代の骨とう品や着物・打掛の倉庫代わりにしていた。
普段は中に人はいない」
「静勝軒は太田道灌の時代では江戸城の本丸だったといわれた所でしたから過去の色々な品物があったのでしょうね」
「茶阿局殿なら、静勝軒にどんなものを置いていたか詳しいに違いない」
家康が戻ってきた。
「淀君に提案されたのだが、悲しいことだが大野修理殿の死体は無かったことにしたいと。
今太閤殿下は国家のために集中しておられる。
そんな時に太閤殿下を心配させたくない。
大野の家は複雑で、修理は春氏と異母兄弟だということらしい。
春氏の母は、今淀君を伏見で世話をしている大蔵卿だ。修理は別の女が母との事。春氏と修理の父はもう戦死している。
最も仰天した淀君の提案は、春氏を伏見に連れて帰り大野修理として育てる、ということだった。春氏の兄弟は修理以外に二人いるそうだがすべて大蔵卿の子供であり問題は無いとの事」
「何か淀君にやましいことがあるのですかね」
宗古が家康に問いかけた。
「わからぬ。まあ淀君からの提案というか一方的な指示だった。
私も死んだ大野修理には申し訳ないがあまり好きな男では無かった。その点春氏は良く知っておりこれから何かとやりやすくなる。淀君に提案を反故にする理由も無いから、承諾しておいた」
宗古と家康は二人の間で分かったような顔をしていた。
「犯人不詳、死体も無かったことになる殺人事件ね」
宗古は振り返って吉川に声をかけ、そのあと小声で囁いた。
「私も大野修理氏には脅されたし、いけ好かない男だったけれど、実行犯人はあの人だと思う。
でも黒幕は違うのよね。黒幕はこれですべての秘密を葬られることができたのだから」
吉川も黒幕は何となく思い浮かんだが、実行犯人はわからなかった。
宗古は家康と以心伝心にようだった。
「家康様、私たちは江戸で調べたいことは終わりました。
そろそろ父と許嫁と伏見に戻ります。
実行犯人をこのままにするのは良くないと思いますので、再び家康様に呼んでいただきたい人がいます」
「わかった。伏見に帰る船を用意しよう。
それから、誰を呼べばいい?」
「それから、月の小面についてお願いがあります」
「わかった。未来の人の言う通りにしてみようと思う。
そちらの謎は解けたのか」
「まだわからないことがありますが、あの言葉のとおりやってみようと思います」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
冤罪で捕まった俺が成り上がるまで
ダチョ太郎
ファンタジー
スラム街の浮浪児アヴェルは貧民街で少女に道案内を頼まれた。
少女が着る服は豪華で話し方にも気品を感じさせた。
関わるとろくなことがないと考えたアヴェルは無視して立ち去ろうとするも少女が危害を加えられそうになると助けてしまう。
そしてその後少女を迎えに来たもの達に誘拐犯扱いされてしまうのだった。
赤い龍の神器で、アポフィスの悪魔を封印せよ
lavie800
ファンタジー
船の中で女流棋戦を見学していたハヤトは波に飲み込まれて遭難し、中世の王族であるローレンツ家の次男のリチャードとして生まれ変わる。また同じ船に乗っていた女流棋士の万理奈もハヤトと同じ世界に転生し王妃候補のマリナとして生まれ変わることになる。
一方、数百年前にローレンツ家の祖先に凍結封印された悪魔の女神のアポフィスが、皆既日食の日に邪悪な気のエネルギーを紫色に光る彗星から得て蘇り、人類を支配下に置き、蛇族の暗黒世界を構築しようと企んでいた。
ローレンツ家の周りでは不審で邪悪な気配に包まれようとしていた。
リチャードの親であるローレンツ一世は、邪悪な時代への始まりと祖先について記載された古文書を見つける。
ローレンツ1世は、後継ぎである長男に古文書を見せるが、長男はアポフィスの手がかりを探索する途中で忽然と姿を消す。
しかし、古文書には、邪悪な存在に立ち向かうには、赤い龍の紋様を纏った太陽の女神の末裔を見つけ出し、ローレンツ家の祖先がかつて邪悪な存在を封印した際に必要だった3つの神器を探し出さなければならないと書かれてあった。
3つの神器とは、赤い龍の紋章が刻印されたムラマサの剣、赤い太陽光が輝く奇跡のペンダント、凄まじい温度変化を引き起こす赤い月がある龍の駒に囲まれたティアラの3つである。リチャードとマリナは突然ローレンツ王から追放される。リチャードとマリナは同じ城から追放された仲間と共に、3つの神器を探し求める旅が始まった。
そして苦難の後、3つの神器を手にしたリチャードとマリアは神器のパワーを引き出す方法がわからないまま邪悪な悪魔と戦うが、苦戦を強いられる。
3つの神器のパワーを引き出すには、どうしたらいいのか、
リチャードは転生前の時代から持ってきた将棋の駒にヒントがあると思い出す。
二人は邪悪な存在の封印に成功するのか。
主要登場人物
王飛 万理奈(マリナ):美少女女流棋士 ※( )は転生後
ハヤト(リチャード・ローレンツ):将棋とフェンシングが趣味の男 ※( )は転生後
アポフィス:邪悪な女神で悪魔の化身
ブームスラン:アポフィスの家来
ローレンツ王:リチャードの親でアーカート地方の王
メイ:リチャードの兄で第一王子
イザベラ:女占い師
ルシア:ローレンツ家のメイド長(侍女)
アリス:ローレンツ家のメイド見習い
トマス:リチャードの侍従、ルシアの従弟
アーム:従卒長
ベクター:ローレンツ家と対立している豪族
アリシア:ベクターの愛人
滝 宗因(タキ):男性棋士 ※は転生後
エミリ:修道女、アームの従妹
【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~
椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。
しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。
タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。
数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。
すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう!
手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。
そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。
無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。
和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる