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第八話

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吉川と男装の宗古が浜松城で堀尾吉晴とその娘と会った。
「大変な道中であったと聞いた。娘の小那姫である」
吉晴の横にいる娘は弓形の眉毛に切れ長の眼に長いまつげで、どこかで見たような悪役令嬢みたいだった。
「小那である。洗礼名はラミア。商人に話すことなど無い。不本意ながら父上の命には従う」
挨拶のあと早速調査をしたいと宗古が言ったので、城内の金蔵に連れていかれた。

男装の宗古は、さらしをきつく巻いて男らしく凛々しい姿である。
「ここが月の小面を家康様から預かって保管していた城内の金蔵ですね。確かに和錠で頑丈に扉が施錠できますね」
扉を開けると中には桐の木箱があった。横から輪の取っ手を引いて開ける桐箱で開けるほうを前にして置いてあった。金蔵は城内の宝物を保管する倉庫だが、今は木箱のほかには何も無かった。
蔵の中は窓も出口も無く薄暗く黒色の壁で覆われており、湿度管理のためか扉の上のほうに手入れが行き届いた換気孔のような小穴が複数開いていた。人の出入りや小面が出入りできる大きさの穴ではないが、覗いて蔵の中は見ることが出来そうだ。
宗古は、木箱を空けたり閉めたりしていた。それから持ち上げて、箱をガタガタと揺らしていた。箱をひっくり返すと底には石山安兵衛作と記載があった。
宗古は箱を持ったまま質問した。
「月の小面を預かった夜に普段は城中に居なかった人を教えてください」
小那は黙っている。吉晴が話した。
「家康殿、能楽師の来電殿、碁打ちの算砂殿と娘の月殿だったと思う。月の小面の紛失を知っていたのはそれ以外には私と小那だけだったと思う」
「家康殿は別として能楽師の来電殿はどんな方でしたか」
小那が俯きながら口をきいた。
「一人芝居で能と狂言を融合した人気の来電様が浜松で興行していたので見に行った。興行を見たあと家康様の接待に呼んではどうかと考え、打ち合わせを何度か重ねて城に招待することにした」
吉晴が補足した。
「最近人気がある能楽師らしい。噂では伏見城にも出入りしていると聞く」
宗古はうんうんと頷いている。
「算砂殿と娘さんは何故おられたのですか」
吉晴が言った。
「算砂殿は駿府城や浜松城で武将相手に囲碁将棋の指南をされておる。娘の名前は月と言っていた。小那が後でこっそり聞くと娘は歩き巫女をしていると言っていた」
「月の小面の保管はどのようにしたのですか。桐の木箱は今日見たのと同じ置き方ですか」
吉晴が答えた。
「家康殿が月の小面を皆に渡して触らせてくれたのだ。あの日の夜は大きな満月だったからよく覚えている。順番に月の小面を触っていって、最後に娘の小那が木箱の中に月の小面をいれて、今日と同じように金蔵の床に置いた。金蔵は堅ろうな錠をかけて家康殿に鍵を預かっていただいた。
家康殿は月の小面を触って天下泰平の花を咲かせたいと呟かれ、算砂様の娘さんの月さんも私にあやかとか、かかしとか何か言っていたな」
吉晴が続けた。
「小那が月の小面を木箱に入れ金蔵に置いて錠前を閉めるまで、家康殿、能楽師の来電殿、算砂殿と月殿、それに私が見守った」
宗古は金蔵を入念に全方位の壁と扉を見ると吉晴に尋ねた。
「翌朝はどうだったのですか」
「翌朝も同じ者たちが立ち会って、家康殿が金蔵の鍵を開け小那が木箱を開けると中は空だった。
私も驚いたし顔も青くなった。小奈も本当に驚いていた。
すぐに家来を呼んで城内を封鎖し階下を徹底的に探した」
「前夜、皆さんはどうされていましたか」
「前夜に蔵で木箱に立ち会った人は蔵の下の階に寝床を用意し、一人女中を部屋の外に待機させた。徳川様と私と小那は別室を用意したがそこは私と徳川様の家来が一晩中部屋の外で待機していたと思う」

小那が言った。
「家康様には、月という歩き巫女が怪しい術で盗んだに違いない、父上は何の咎も受けないようにしてほしいと進言した」
「それぞれ一人ずつの寝床でしたか」
「算砂殿と月殿は同じ部屋で、能楽師香の来電殿は一人の部屋を用意したと女中から聞いている」
宗古は木箱を見ながら「女中にあとで話を聞きたい」
「手配しよう。
それから貴殿二人は今宵一部屋の寝床と食事を用意している。
今宵は別の用があるので私は失礼させてもらう。
明日朝会おう。
今宵何かあれば女中に申し付けてくれ」

宗古がごくりとつばを飲み込む音がした。
吉川は、二人で一部屋の寝床と聞いて固まった。
「ありがとうございます」
宗古は顔を赤らめながらお辞儀をした。

吉晴は金蔵から去る前に札を宗古に渡した。
札には『この者は城主吉晴の命を受け、取り調べるものである。堀尾吉晴』と書いてあった。

無口な小那姫が吉川の眼を見て口を開いた。
「そちは女子なのか」
吉川は、喉仏を隠して俯いた。
宗古が代わりに答えた。
「内密にお願いします。私の許嫁です」
小那姫の眼が一瞬光ったように見えた。
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