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第4章 桜をまとう少女
桜に守られた場所
しおりを挟むザアアアアアッ
「!?」
次元の狭間から放り投げられた後、なんとか平衡感覚を失わずに地面に着地した実の耳に、何かが勢いよく降ってくるような音が流れ込んできた。
落ち葉が一斉に落ちるような音に似ていたが、それとはまた違う。
落ち葉のように互いの葉がこすれ合うような乾燥した音ではなくて、もっと柔らかくて静かな音だ。
「………」
実は頭上を見上げることができなかった。
視線が地面に縫い止められ、自分の意志では思うように動かなかったのだ。
―――桜の絨毯。
地に片膝をついている視界は、その一面が淡い桃色に彩られていた。
よくよく見れば、桃色の絨毯を形成しているのが小さな花びらだと分かる。
「これは…っ」
後ろで尚希が、驚愕を滲ませた声で呻く。
拓也に至っては、絶句しているのが雰囲気で分かった。
実は躊躇って、迷って―――それでも、緩慢な動作で視線を上へと上げた。
地面に広がる桜の絨毯から覚悟はしていたが、そこに広がる風景を見て、やはり絞り出せる言葉は何もなかった。
自分たちは、桜の森の中にいた。
辺り一面には先が見えなくなるまで桜の木々が立ち並び、各々の枝をめいいっぱいに伸ばしている。
満開の花を大量につけた桜の木々は、まるで吹雪のように花びらを散らしていた。
そのあまりに多い量の花びらの雨は、こちらの視界を遮るのに十分すぎる効果を発揮している。
しかし、これだけの花びらを降らせておきながら、木々から花が消える気配は皆無。
(何なんだよ……これ……)
心が、かすれた声で呟く。
もし本当にここに桜理がいるとしたら、なんと皮肉なことだろう。
自分はこの花を嫌って、この花にここまで追い詰められていたというのに、桜理は自分が嫌うこの花に囲まれて過ごしていたというのか。
(桜…)
これまでの記憶がよみがえる。
夜にカーテンを開く度に、窓の外にはこの花びらが舞っていた。
そして、レティルの言葉。
(まさか、本当に呼んでるの…?)
もう、何も考えられなかった。
大量の桜を目の前に、茫然とし始める意識。
感情や五感が鈍麻していく中、どこからか微かな水の音が聞こえた。
無意識に、視線が音の源を探す。
しかし、ここからではその音の根源を見つけることができなかった。
実はふらりと立ち上がると、ゆっくりと歩き出す。
意思のない、虚ろな目をして。
危なっかしい、ふらふらとした歩調で。
それでも何かに導かれるように、迷わず、まっすぐに。
まるで夢遊病のような実の様子に困惑しながらも、拓也たちはその後を追った。
しばらく歩いていると、乱立していた桜の木々が徐々に規則性を持って並んできた。
人の手が加わっている証拠だ。
水の音も、だんだんと近づいてくる。
それからほどなくして、今度は一本の道に出た。
人が数人並んで歩けるかくらいの細い道だ。
そして、一直線に伸びる一本道の向こうに、遠目からでも分かる大きな建物が見えた。
実はそこを目指して歩く。
歩けば歩くほど、建物が近づいていく。
建物が近づくほどに、鼓動が早くなっていく。
息が止まりそうだ。
落ち着いて呼吸をしても、呼吸をしているような気が全くしない。
歩を刻む足が、泥の中を歩くように重い。
緊張のあまり、冷や汗が背中を伝う。
どうしようもなく怖い。
ここまで来て、体が恐怖に萎えそうになった。
きっと、あそこに桜理がいるのに……
桜理の居場所が見えた途端に湧き出したこの恐怖が何を訴えているのか、今の精神状況では全く分からなかった。
「………」
静かに、足を止める。
目の前には、大きく開けた空間があった。
敷地内への侵入者を阻む塀もなければ、来訪者を拒む門もない。
ここまでの道のりで誰ともすれ違わなかったことから察するに、滅多に人が来ない場所なのだろう。
敷地の中に足を踏み入れると、少し進んだところに噴水があった。
水の音の原因はこれだったらしい。
涼やかな水の音を奏でる噴水の奥には、真っ白な建物が。
外装を始め、ここから見えるカーテンの色も白で統一されている。
白以外の色が全く見えない建物だったが、細かく観察すれば、扉や柱には細やかな彫刻が施されているのが分かった。
そんな白い建物の後ろには、他を大きく凌ぐ大きさの桜の木がある。
ここからではその大きさを測り知ることはできないが、建物の高さをゆうに越えてその存在を主張する桜の大木は、圧倒的な威圧感を与えるには十分なものだった。
無機質な造りで静かに佇む建物やその後ろの桜の大木が荘厳さを感じさせ、ここが神聖な場所であると強く訴えかけてくるよう。
ここは、桜に守られた場所だと。
どうしようもなくそう思った。
思わず立ちすくんでしまった実の背後に、音もなく気配が近寄ったのはその時のことだ。
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