世界の十字路

時雨青葉

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第2章 力を嫌う少女

彼を黙らせる言葉

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 いつの間にかグランから離れていた実は、銅像の台に寄りかかってグランを見つめていた。


「………」


 拓也は実へ無意識に視線を向け、思わず息を飲んだ。
 意識とは関係なく、心臓がどくんと大きく鳴ってしまう。


 銅像の陰になっているので、実の表情はよく見えない。
 しかし、その表情が明らかに温度を低くしているのが、雰囲気と香りから察せられた。


 薄茶色の瞳はあまりにも静かで、全神経が恐怖に震える。
 静かながらも刺すような実の視線で、グランの言葉が実の怒りに触れてしまったのだと直感した。


 同時に、実が魔封じの腕輪をしていることにほっとした。
 ただでさえ寒気のする今の実の雰囲気に魔力が加わったら、もしかしたら腰を抜かしていたかもしれない。


 なんとか平然を装う拓也。
 対するグランは怒りで感情が高ぶっている状況なので、実の変化に気付くことなく、平気で実を睨みつけている。


 あの怒りオーラに気付かないとは、幸せ者だ。


 なかば驚嘆の意を覚える拓也を後目しりめに、グランは実に苛烈な感情を伴った視線を向けている。


「なんだって?」


 そう言うグランの鋭い敵意にさらされても、実は一切揺らがない。


「力だけが全てとは、よく言ったもんだ。……まあ、今のあんたには何を言ったって無駄だろうけど。」


 そしてその顔に嘲笑を浮かべ、実は謎めいた言葉をかけた。


「あんたが嫌っている周りを、よく見ることだね。見失ってるよ、あんたは何かを。」
「この…っ」


 カッとなったグランが、実の方へ歩を進めた。
 この後の展開が即座に読み取れた拓也は、とっさにグランの前に回り込む。


「お前っ……そこをどけ!」


 怒り心頭といったグランは我慢の限界なのか、目の前の拓也に向かってその拳を振り上げた。
 しかし。


「動くな!」
「ぐっ…」


 拓也の一言で、あんなに勢いづいていたグランの腕が止まる。


 しかしそれはグランの意志ではなく、拓也の魔法がグランの体の自由を奪ったが故のもの。
 その証拠に、グランは驚愕と悔しさの両方が見て取れる険しい表情で、拳を小刻みに震わせていた。


「てめえ、よくも…っ」


 あえぐように言うグラン。


「そういえば、おれの魔力はお前よりも劣るって言ってたっけ?」


 余裕をたたえてグランを見据える拓也は、その碧い瞳の中に鋭い光を宿す。
 途端に拓也の体からあふれ出した魔力に、グランがぐっと息をつまらせた。


「悪いけど、魔力でお前に負けるつもりはない。一応これでも、〝知恵の園〟で育ってきたんだ。それくらいの自信は持っておかないとな。」


「なっ…!?」


 グランが大きく目をみはる。


 魔法にこだわる人間なら、その名前を聞いただけで、拓也がどんな人間なのかを察することができるはずだ。


 〝知恵の園〟で育ったということは、生まれ持った魔力の強さを保証されているに等しい。
 そして〝知恵の園〟の人間の技量が一般のそれを大きく上回ることは、世界的にも有名だ。


 初めから、グランが拓也に敵うわけがないのである。


 それが分からないほど、グランは馬鹿ではないようだ。
 彼は悔しそうに顔を歪めながらも、それ以上は何も言わずに黙り込んだ。


「よっ、ナイス脅し~。でもまさか、自分の正体をばらすとは思わなかったよ。」


 笑いながら、実が茶化してくる。
 そんな実から怒りが消えたことに安堵しつつ、拓也は大きく溜め息をついた。


「お前なぁ……誰のせいでこうなったんだよ、誰のせいで。」


 力を重んじるグランを黙らせるには、その力で超越しなければならない。
 それを端的に分からせるには、〝知恵の園〟の名前が大きな効力を発揮するのだ。


「まあまあ、そこは気にせずに。」


 悪びれもなく言ってのける実。
 と、そんな実の耳に。


「そうよ。力なんて……」


 空気に消え入るような、小さい声が流れてきた。


 実はちらりとそちらを見る。


 シェイラだった。
 たまたま実の近くにいたシェイラの口から、普段より一つも二つも低い声が発せられる。


「力なんて……大嫌い。」


 恨み、憎しみ、怒りのこもった声。
 実以外に、気付いている人間はいない。


 怨恨に彩られた表情で地面を睨むシェイラを、底冷えするほどに冷たい実の瞳が、黙って見下ろしていた。

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