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第2章 力を嫌う少女
とある酒場での珍事件
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それからしばらくして。
実たちは、街のとある酒場に来ていた。
店内には暗めの照明が落とされており、居心地のよい落ち着いた雰囲気が醸し出されている。
いわゆる、大人向けのバーといったところだ。
しかし、普段なら静かな店内が、今日はとてもざわめいていた。
「なあ……オレ、帰っていいか?」
「帰れるんならどうぞ。」
おずおずと訊ねた尚希に、実はそっけなく答える。
そんな実の隣から、拓也は憐れみに満ちた表情で尚希を見ていた。
エーリリテに恋人ができたらしいという情報は、この辺り一帯に光の速さで広まっていた。
どうやら、イリヤが半泣きで言いふらしたらしい。
実が人形たちとの戦いを早く終わらせたのは、拓也と尚希をエーリリテの仕事場であるこの酒場に連れてくるためだった。
だがまさか、そのせいでこんな展開になるとは……
見たことのない顔。
エーリリテと同年代であろう容姿。
それに加えて実と共にいるという符号の一致で、尚希がエーリリテの恋人であることはすぐに見破られた。
酒場の人間の好奇心丸出しの視線で状況を悟った尚希は、くるりと店に背を向けて脱走を試みた。
だが、甘かった。
その反応を面白がった人々にあっという間に囲まれ、店の奥へと引きずり込まれて今。
尚希は、現在進行形で質問の嵐にさらされていた。
尚希の隣に座る大男が、げらげらと笑いながら尚希の肩に手を回す。
「だーめだ。今日は朝まで帰さん。まだなーんにも答えてねえじゃねぇか。なっ、みんな!」
男の呼びかけに、酒場の全員が賛同の意を返す。
そう広くない酒場だ。
もはや店内にいる全ての客が、尚希の周りに集結しているといっても過言ではない状態だった。
大男が尚希に酒を勧めてくるが、尚希はそれをやんわりと押し返す。
「すみません。オレ、あまり酒は強くないので……」
流されまいと精一杯の抵抗だったのだが、大男は大きく目を見開いた後、にやりと唇を吊り上げる。
「何!? おい、もっと酒を持ってこい。とっとと酔い潰して、吐かせちまおうぜ。」
「やめてください!」
完全に逆効果だ。
盛り上がる周りと焦る尚希。
賑やかなテーブル席からやや離れたカウンター席で、実と拓也はその様子を遠巻きに眺めていた。
眺めるとはいっても人だかりに紛れているせいで、尚希本人の姿は見えないのだが。
「可哀想に……」
痛々しそうな同情の目で呟く拓也を横に、実は至って冷静な様子で氷水を一口飲む。
「まあ、仕方ないよね。尚希さんは逃げようとしてるけど、それが逆に周りを煽ってるから。下手に助けようとしたら、俺たちまで巻き添えだよ。」
「………」
実のにべもない言いように、拓也は返す言葉もなく押し黙る。
「おい、実!!」
大男が大声をあげる。
実は返事はせずに、目だけをそちらに向けた。
「よくやった! 今日はこれで、退屈しないで済む。」
「いや、たまたまなんだけど……」
狙ってのことではないと強調したつもりだったが、大男は実の答えなど聞いてはいなかった。
「みんな! 今日はこいつを肴に、とことん盛り上がるぞ!!」
酒場の盛り上がりは最高潮だ。
その時。
「うるさい!」
マイクを通して、凛とした声が店内に響き渡った。
喧噪が嘘のように静まり、店内にいる全員の視線が奥のステージの上に注がれる。
ステージの上では、エーリリテが不機嫌と不愉快の両方を窺わせるような、威圧感たっぷりの表情で腕を組んでいる。
ステージの裾では、店員らしき何人かが困り果てた様子で店内の様子を見つめていた。
「店の雰囲気を壊さないでくれない? 騒ぐんなら、よそへ行って。」
ともすれば反感を買いかねない物言いだったが、明らかに非は客たちにある。
水を打ったように静まる店内の中、ただ一人その空気をぶち壊す人間がいた。
「おう、嬢ちゃん! ようやくもう一人の主役が来たなあ!」
大男が懲りない様子でグラスを高々と掲げる。
そういえば、酒場が騒がしくなった大きな原因はこの男だったか。
その大男を見やり、エーリリテは大きく息を吐き出した。
「……って、コーレンおじさん。あなたがいるだけで、もう店の雰囲気ぶち壊しよ。なんで今日はいつものところじゃなくて、ここに―――」
エーリリテは言葉の途中で瞠目する。
無理もない。
コーレンという大男の隣では、まるで首を絞められるようにして、がっちりと捕まっている尚希の姿があったのだから。
「キ、キース!?」
エーリリテはものすごく動揺しているようだったが、すぐさまその顔が別の感情に彩られる。
キッと怒りの形相で―――食ってかかる相手は、一人だけだった。
実たちは、街のとある酒場に来ていた。
店内には暗めの照明が落とされており、居心地のよい落ち着いた雰囲気が醸し出されている。
いわゆる、大人向けのバーといったところだ。
しかし、普段なら静かな店内が、今日はとてもざわめいていた。
「なあ……オレ、帰っていいか?」
「帰れるんならどうぞ。」
おずおずと訊ねた尚希に、実はそっけなく答える。
そんな実の隣から、拓也は憐れみに満ちた表情で尚希を見ていた。
エーリリテに恋人ができたらしいという情報は、この辺り一帯に光の速さで広まっていた。
どうやら、イリヤが半泣きで言いふらしたらしい。
実が人形たちとの戦いを早く終わらせたのは、拓也と尚希をエーリリテの仕事場であるこの酒場に連れてくるためだった。
だがまさか、そのせいでこんな展開になるとは……
見たことのない顔。
エーリリテと同年代であろう容姿。
それに加えて実と共にいるという符号の一致で、尚希がエーリリテの恋人であることはすぐに見破られた。
酒場の人間の好奇心丸出しの視線で状況を悟った尚希は、くるりと店に背を向けて脱走を試みた。
だが、甘かった。
その反応を面白がった人々にあっという間に囲まれ、店の奥へと引きずり込まれて今。
尚希は、現在進行形で質問の嵐にさらされていた。
尚希の隣に座る大男が、げらげらと笑いながら尚希の肩に手を回す。
「だーめだ。今日は朝まで帰さん。まだなーんにも答えてねえじゃねぇか。なっ、みんな!」
男の呼びかけに、酒場の全員が賛同の意を返す。
そう広くない酒場だ。
もはや店内にいる全ての客が、尚希の周りに集結しているといっても過言ではない状態だった。
大男が尚希に酒を勧めてくるが、尚希はそれをやんわりと押し返す。
「すみません。オレ、あまり酒は強くないので……」
流されまいと精一杯の抵抗だったのだが、大男は大きく目を見開いた後、にやりと唇を吊り上げる。
「何!? おい、もっと酒を持ってこい。とっとと酔い潰して、吐かせちまおうぜ。」
「やめてください!」
完全に逆効果だ。
盛り上がる周りと焦る尚希。
賑やかなテーブル席からやや離れたカウンター席で、実と拓也はその様子を遠巻きに眺めていた。
眺めるとはいっても人だかりに紛れているせいで、尚希本人の姿は見えないのだが。
「可哀想に……」
痛々しそうな同情の目で呟く拓也を横に、実は至って冷静な様子で氷水を一口飲む。
「まあ、仕方ないよね。尚希さんは逃げようとしてるけど、それが逆に周りを煽ってるから。下手に助けようとしたら、俺たちまで巻き添えだよ。」
「………」
実のにべもない言いように、拓也は返す言葉もなく押し黙る。
「おい、実!!」
大男が大声をあげる。
実は返事はせずに、目だけをそちらに向けた。
「よくやった! 今日はこれで、退屈しないで済む。」
「いや、たまたまなんだけど……」
狙ってのことではないと強調したつもりだったが、大男は実の答えなど聞いてはいなかった。
「みんな! 今日はこいつを肴に、とことん盛り上がるぞ!!」
酒場の盛り上がりは最高潮だ。
その時。
「うるさい!」
マイクを通して、凛とした声が店内に響き渡った。
喧噪が嘘のように静まり、店内にいる全員の視線が奥のステージの上に注がれる。
ステージの上では、エーリリテが不機嫌と不愉快の両方を窺わせるような、威圧感たっぷりの表情で腕を組んでいる。
ステージの裾では、店員らしき何人かが困り果てた様子で店内の様子を見つめていた。
「店の雰囲気を壊さないでくれない? 騒ぐんなら、よそへ行って。」
ともすれば反感を買いかねない物言いだったが、明らかに非は客たちにある。
水を打ったように静まる店内の中、ただ一人その空気をぶち壊す人間がいた。
「おう、嬢ちゃん! ようやくもう一人の主役が来たなあ!」
大男が懲りない様子でグラスを高々と掲げる。
そういえば、酒場が騒がしくなった大きな原因はこの男だったか。
その大男を見やり、エーリリテは大きく息を吐き出した。
「……って、コーレンおじさん。あなたがいるだけで、もう店の雰囲気ぶち壊しよ。なんで今日はいつものところじゃなくて、ここに―――」
エーリリテは言葉の途中で瞠目する。
無理もない。
コーレンという大男の隣では、まるで首を絞められるようにして、がっちりと捕まっている尚希の姿があったのだから。
「キ、キース!?」
エーリリテはものすごく動揺しているようだったが、すぐさまその顔が別の感情に彩られる。
キッと怒りの形相で―――食ってかかる相手は、一人だけだった。
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