世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
56 / 183
第6章 帰郷

おれにはできない

しおりを挟む

〝ここで、俺を殺す?〟


 その問いかけに、拓也と梨央は目を剥いた。


 実が言っていることはこの世界の絶対法則であり、ある種の摂理だ。
 誰もがこの慣習を守ってきたし、それを守ることは間接的に、自分の身を守ることにも繋がる。


 〝鍵〟を見のがすことは、下手すれば世界を危険にさらす行為。
 万が一にも封印が解けて、目覚めた王の殺戮が再開したら、たまったもんじゃない。


 世界全体と、一人の人間。
 それを天秤にかければ、どちらに傾くかは明らかだ。


 拓也は躊躇ためらいながらも、手に魔力を込めた。
 手をもやのようなものが包み、次第に凝縮してある形を取り始める。


 黒く不気味に光る金属。
 それは銃だ。


 実が感心して口笛を一つ吹く。


「さすが。もう地球の武器を具現化できるんだ。うん、武器の選択は間違ってない。確実に殺すなら、攻撃は物理的かつ効果的じゃないと。」


「ちょっと! 村田、本気なの!?」


 非難めいた梨央の声を、拓也は聞き入れなかった。
 手にした銃を、実の頭めがけてまっすぐに構える。


「だめ!!」


 梨央が実の前に躍り出た。
 しかし、身をていして実をかばおうとした梨央の背を、他でもない実が力強く押した。


「きゃっ…」


 バランスを崩して倒れる梨央。
 それと同時に―――


 パァンッ


 乾いた音が、森の中に響いた。
 梨央が凍った表情で、その光景を凝視する。




「……これは、どういうこと?」




 硝煙をあげる銃を手にして深くうつむいている拓也に、実は訊ねた。


 拓也が撃った弾は実に当たらず、背後の木に命中していた。
 あと数ミリずれていたら、間違いなく実の頭を撃ち抜いていたはずだ。


「わざとでしょ? 外したの。」


 実は断言する。
 すると。


「………悪いな、実。」


 うつむいたまま、拓也が言った。
 拓也はゆっくりと顔を上げ、銃を地面に捨てる。


「おれにはできない。世界のためにお前を殺すなんて、できないよ。そう簡単に割り切れるもんじゃないし、おれもそこまでこの世界には執着してないんだ。〝鍵〟の封印が解けて世界が滅ぶなら、それはそれで運命なんだろう。だから、おれは実を殺さない。」


 そう語った拓也の瞳に、深い懊悩おうのうがたたえられた。


「……悪いな。きっとおれは、自分が可愛いんだ。お前に世界の運命を握る重責と、この世界の人間全員の命を背負わせることになるのに、この世界が滅ぶならそれもいいなんて思ってる。その重荷から解放してやれないのは、謝るしかない。ごめん。」


 最後は呟きのようになってしまった拓也の言葉に、実は無表情で耳を傾けていた。


 実はただ、拓也を見つめるだけ。
 まるで、何かを見定めるようにじっと。
 そして。


「―――いいんじゃないかな。それはそれで。拓也が後悔しない選択なら。」


 ふと、表情をなごませた。


「び、びっくりしたぁー…」


 腰を浮かしていた梨央が、へなへなと座り込む。


「普通、はったりであそこまでやるもん?」
「途中までは本気だったよ。」


 ざっとまた表情を凍らせる梨央に、拓也は苦笑する。


「〝鍵〟として生まれることは、生まれながらにして世界を掌握させられているようなもんだ。自分の意志一つで、たくさんの人間を殺すことになるかもしれない。単に封印のことなんて忘れて過ごせれば、封印が解けることもなく、〝鍵〟も天寿を全うできるのかもしれないけど、ものの弾みってもんがあるだろ? 封印を解く気はなかった。だけど人間だから時にはムカついて、破壊的衝動に駆られることもある。その一時の衝動で、封印が解けたら? そうやって、自分の感情にビクビクしながら生きていかなきゃいけないかもしれないんだ。それは相当つらいと、おれは思う。」


「………」


「封印のことばかりに気を使って、自分の感情に素直になれないなんて、苦しいだけだろう。この考えを実に押しつけるのは間違ってるけど、少なくともおれは嫌だな。いっそ、殺された方が気楽だ。だから、実を殺してしまった方がいいんじゃないかと思って銃を向けたけど……やっぱり、できなかったな……」


「………」


 梨央は複雑そうに、拓也の自嘲を滲ませた表情を見た。


「ま、俺は大体想像ついてたけどね。拓也がどんな結論を出すのか。」


 笑って肩をすくめる実。
 そんな実に、拓也は違和感を持たざるを得ない。


「……なあ、実。さっきからずっと気になってたんだけど……なんか、記憶と魔力を取り戻してから、性格激変してないか?」


 隠しても仕方ないので、拓也はその違和感をストレートにぶつけた。


「え?」


 拓也の指摘に、きょとんとする実。


「あ…れ…?」


 薄く開いた唇から、なかば茫然とした呟きが漏れた。


 拓也の指摘をきっかけに、自分の中で何かが切り替わる感じがした。
 拓也が持っている違和感が、自分の中にも広がる。


(俺……なんで、あんなこと……)


 急に、自分の言動が信じられないもののように感じてくる。


 自分はどうして、下手すれば自分が死ぬようなことを口にしたのだろう。
 死にたくなんかないはずなのに……


「……え…?」


 実は自分の口元に手を当てる。


(うそ…)


 変わっているのは、言動だけじゃない。
 それに気付いてしまった。


 どうしてだろう。
 拓也や梨央が何を考えているのか、手に取るように分かってしまう。


 分かって、そしてそれを―――心のどこかで、馬鹿馬鹿しいと思っている。


 おかしくもない状況のはずなのに、何故こんなに笑えるのだろう。


「あ……ああ……」


 手がガタガタと震え出す。


 自分が、明らかに変わっている。
 言動や感受性、その価値観までが変容しようとしている。


「お、おい…。実……どうしたんだよ、急に。」


 拓也が狼狽ろうばいしながら、こちらの顔を覗き込んでくる。
 しかし実は、目を見開いたまま動かない。


 自分に何が起こっているのか、必死に考えた。
 考えて、思い出したばかりの記憶を辿って……




『賭けてもいいね。君は、僕に飲まれるよ。』




 幼い声が、脳裏によみがえった。


「―――っ!?」


 ようやく事態を把握した時だ。
 拓也が、身を強張らせた。


「実……さっきの銃声で、ばれたみたいだ。」


 拓也が遥か向こうを睨む。
 それにならって神経を尖らせると、遠くから微かに下草を掻き分ける音がした。
 ここからかなり離れたところに、小さく人の影も確認できる。


「三人…か。どうする? 倒しとくか?」


 身構えて訊いてくる拓也。
 しかし。


「いや……逃げよう。」


 実は震える声で言いながら、首を横に振った。
 それに、拓也が驚いて振り返ってくる。


「え? だって、たったの三人だぞ? 倒しといた方が―――」
「だめだ!!」


 拓也の言葉を、実は必死に遮った。
 息を飲む拓也の前で、実は己の肩を抱いて震える。




「だめだ……だめなんだ。今、敵を見たら……俺……俺……―――あいつらを、殺してしまう!!」




 叫んで、実はいきなりその場から駆け出した。


「実!?」


 拓也の声は、実に届かなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話

白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。 世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。 その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。 裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。 だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。 そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!! 感想大歓迎です! ※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ソシャゲの相棒(♂)は異世界転移したら美少女(♀︎)だった!?

雨夜☆ドリー
ファンタジー
ソシャゲ大好き高校生、春日井 涼と彼によって巻きこまれた仲間たちの異世界転移ファンタジー。 ソシャゲの相棒は格好いいイケメンだったのに、転移したら、可愛い美少女だった……。

処理中です...