世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
48 / 183
第6章 帰郷

〝返して〟

しおりを挟む
 最初に感じたのは、頭を貫く激しい耳鳴りと頭痛だった。
 頭が大きく揺れて、乗り物に酔ったかのような吐き気がする。


 そんな不快な心地の中、周りの空気が変質していくのを確かに感じた。




 そうして耳鳴りと吐き気がようやく治まった頃―――実たちは、さっきとは全く違う場所にいた。




 何かの儀式に使う部屋なのだろう。
 石造りの壁や床には、魔法陣や呪文のような文字が描かれている。
 棚には、様々な薬品や草花が並んでいた。


「彼らを連れていけ。」


 サリアムは、部屋のすみで控えていた兵の男たちに短く命じた。


 サリアムの命令に応えて、兵の一人が梨央を立たせる。


 移動の衝撃で完全に放心状態に陥っている梨央は、意思のない人形のようにされるがままになっていた。


 その様子を眺めながら、サリアムが拓也に向かって笑う。


「彼女に危害を加えてほしくなかったら、大人しくすることだ。今どちらが不利なのか、優秀な君なら分かるはずだよ。」


「………っ」


 拓也は唇を噛み締める。


 勝手についてきたらしいとはいえ、梨央は本来巻き込まれるべきではない人間だ。
 彼女を見捨てることは簡単だが、きっと実はそれを望まないだろう。


 梨央を守りつつ実も救出できるならいいが、大きなダメージを受けている今の状態では無謀に等しい足掻きだ。


 近付いてきた兵士が、拓也の腕を背中に回す。
 拓也はそれに逆らわず、素直に従った。


「女の子は丁重に。彼は、緊縛を施してある部屋に連れていけ。後で私が処置を施す。」


 余裕を含ませたサリアムの言葉に苛立たしさが煽られて、奥歯を強く噛み締める拓也。


 緊縛を施された部屋では、無条件に魔力を封じられてしまう。
 その後の処置とは、言うまでもない。


 記憶を改ざんされて洗脳されるか、殺されるかだ。


「サリアム!!」


 悔しげな拓也の横を、一人の女性が通り過ぎた。
 彼女はサリアムの元に駆け寄り、実の顔を覗き込む。


「サリアム、この子がそうなの?」
「ええ、そうですよ。セリシア様。」


 セリシアに優しい口調で答え、サリアムは静かに膝を落とした。


 ゆっくりと下りてきた実の体を、セリシアは待ち焦がれていたと言わんばかりに掻きいだく。


「ああ、こんなに大きくなって…。エリオスにそっくりだわ。」


 彼女は実を抱き締め、髪をき、頬を愛しげになでる。


 そんな彼女の仕草に、実は細く目を開いた。


 自分を見つめてくる女性は、青灰色せいかいしょくの目に涙を浮かべている。


 自分の頬に落ちてくる柔らかくうねった細い銀髪はとても綺麗で、ちょっと気弱そうな女性の雰囲気にとても似合っていた。


(あれ…? この人、知ってる…?)


 そんな気がしたけど、思い当たる記憶がない。
 誰かと訊きたかったのに、声も出ない。


「無理に力を使ったから、疲れちゃったのね……」


 セリシアは愛しげに微笑んで、実の頭をなでた。
 実はふと息をつく。


 不思議な気分だ。
 懐かしいような、くすぐったいような、そんな気分。


 知っている。
 この感覚を知っているはずだ。
 それなのに、どうしても思い出せない。


「サリアム。もう少し……もう少しだけ、この子と一緒にいさせて。お願い。」


 セリシアがサリアムのすそを掴んで、涙目で訴える。


 そんな彼女の様子にサリアムは難しげに眉を寄せ、しばらくすると諦めたように息をついた。


「分かりました。半日くらいなら、儀式を待ちましょう。ですが、これだけはお許しくださいね。」


 サリアムがセリシアから実を離し、実の胸に手をかざした。


「―――っ!!」


 実は身を強張らせた。


 胸から熱が流れ込んできて、体と頭を掻き回されているかのような苦痛が全身を支配する。


「大丈夫。事が終わるまで、眠ってもらうだけだよ。」
「実! 流されちゃだめだ!!」


 微笑むサリアムの穏やかな声と、必死な拓也の声が脳内に響く。


 意識が無理やり沈められそうになる。
 周りの音が一気にとお退き出して、思考がまとまらなくなる。


 意識が深い眠りの中へ落ちそうになる中、拓也の声だけを頼りにして、なんとか現実にしがみついた。


 しかし、眠気に逆らえば逆らうほど、全身をさいなむ苦痛が増していく。
 どこがどう苦しいのか、それも分からないくらいに不快だった。


「逆らわない方がいい。力を抜けば、すぐに楽になる。」
「実!!」


 サリアムの言葉と魔法に、実は全身全霊で逆らった。


 ここで眠ってしまったら、きっと自分は一生目覚めない。
 そんな確信があった。


 自分の身を守るためにも、絶対に負けるわけにはいかない。
 もはや意地だけで、全身を貫く苦痛に耐え続けた。


 だけど―――


「……う…っ」


 腕が力を失って地面に落ちる。
 意識は懸命に逆らっても、どんどん体から力が抜けていってしまう。


 必死に意識を繋ぎ止めようとしても、サリアムの前に自分はやはり無力だった。
 どんなに足掻いても、徐々にとお退いていく意識を引き戻せない。


(……嫌だ。)


 脱力感と苦痛にさいなまれながら、今ある力を意地で出して唇を噛む。


 嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ。
 このままこいつらの思い通りになるなんて、絶対に嫌だ。


 がむしゃらに自分の気持ちを奮い立たせると―――ざわりと、胸の奥がざわついた。


「そう。力を抜いて。」
「実、踏ん張ってくれ! じゃないと……お前は死んじまう!!」


 拓也が必死に叫び続ける。
 兵士たちに抵抗しているのか、拓也と彼らが揉み合う声も聞こえてくる。


(拓也……ごめん……俺のせいで……)


 悔しさが身にみる。


 にぶくなる五感。
 それとは対照的に、胸のざわめきはだんだん大きくなっていく。


(―――力が、あれば……)


 ぼんやりと、そんなことを思った。


 封じられているという力。
 それがあれば、もしかしたらこの状況を打破できるかもしれない。
 拓也たちのことも、これ以上危険な目に遭わせないで済むかもしれないのに。


 自分のためにここまでしてくれた拓也や、望まずに巻き込んでしまった梨央を、助けられるかもしれないのに……


 胸のざわめきが、より一層大きくなる。
 まるでその先の言葉が欲しいというように、力を求める心をかしてくるのだ。




(このまま終わるなんて……―――嫌だ!!)




 曖昧あいまいな思考の中に浮かんだ意地。
 それをバネに、実は最後の力を振り絞って音にならない声で叫んだ。


 お願い。
 後悔しないし、後戻りもしない。
 今この場で覚悟を決めるから。




 だから、俺に力を……あの力を―――!!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話

白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。 世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。 その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。 裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。 だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。 そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!! 感想大歓迎です! ※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ソシャゲの相棒(♂)は異世界転移したら美少女(♀︎)だった!?

雨夜☆ドリー
ファンタジー
ソシャゲ大好き高校生、春日井 涼と彼によって巻きこまれた仲間たちの異世界転移ファンタジー。 ソシャゲの相棒は格好いいイケメンだったのに、転移したら、可愛い美少女だった……。

処理中です...