世界の十字路

時雨青葉

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第4章 交戦

謎の子供

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 青い、青い世界が広がっていた。
 それを茫然と見つめていた拓也は、ふと我に返る。


「!?」


 瞬間、自分の口から大きな気泡が吐き出される。


 ここは、水の中なのか。


 そう認識するかしないかのところで、追い打ちをかけるように首に何かが巻きついてきた。


「―――っ!!」


 無意識に首に手をやるが、その手は水を掻いただけ。
 首に巻きつく何かを取り去ることはおろか、それに触れることすら叶わなかった。


 ぎりぎりと首を絞め上げられ、あえぐ口から気泡が次々と漏れていく。
 抵抗しようにも、この状況では魔法に集中もできない。


 ゴボッ


 一際大きな気泡が零れた。
 体中がしびれ、視界にかすみがかかる。

 
(もう…っ)


 意識がぐっととお退き、覚悟を決めかけたその時―――突然、首を絞め上げるものが消えた。


 全身を包む水の感触も消えて、体が浮遊感を失って固いものの上に落ちる。


 何が起こったのか、すぐには考えが及ばなかった。


 水を吐き出した肺が空気を求め、狂ったように咳き込みながら激しい呼吸を繰り返す。


 そんな状況では、現状把握に回せる余力などなかったのである。




「……まったく。だから、水に気をつけてって言ったのに。何を聞いてたのさ?」
「―――っ!?」




 かなり近くから声をかけられ、驚いて顔を上げる。
 すると、自分を見下ろしている大きな茶色い瞳と目が合った。


 そこにいたのは、五歳くらいの子供。


「……誰だ?」


 無意識のうちに口から零れたのは、そんな疑問と不信感。


 それで少しばかりの余裕が出た拓也は、目だけで辺りを観察する。


 自分がいるのは、相変わらずどこまでも青い水の中。
 その中で、自分たちは透明な球体の中に隔離されていた。
 球体の中には水の代わりに空気が満ちていて、呼吸も難なくできた。


 冷静な状態だったなら、このくらいのことは自分にもできただろう。
 しかし、この子供くらいの年齢の時に同じことができたわけじゃない。


 魔法に関しては幼い頃から英才教育を受けているので断言できる。
 これらは、かなり高難度の魔法だ。


 ならば、子供の姿は単なるまやかしでしかないはず。
 彼は何者なのだろうか。


「………」


 拓也はじっと子供を見つめる。
 子供も子供で、何かを見定めるように拓也をじっと見つめ返していた。


 そして、しばらくすると―――ふと、その口角を吊り上げる。


「………っ」


 その瞬間背筋を戦慄せんりつが駆け抜けて、拓也は思わず両手を握り締めた。


 子供の笑顔は、あまりにも無邪気さを欠いていた。


 暗く、大きな影を内包した笑顔。
 それが、どうしようもない不気味さと気味悪さを感じさせる。


 一方の子供は、そんな拓也の反応を面白そうに眺めながら口を開いた。


「さあ……誰だろうね?」


 それは、ねっとりと絡みついて、聞く者の恐怖に直接語りかけてくるかのような声。


「分からないなら、それでもいいさ。ただ、一度は会ってるはずなんだけどね。」
「は…?」


 どういうことかと問おうとした拓也を、別の音がさえぎった。


 ピシッ、ピシッ


 それは、何かを激しく打つ音に似ている。


 顔を上げたが、そこには依然として青い世界が広がっているだけ。
 しかし、音は確かに自分たちのすぐ近くから聞こえてきている。


「目をらしなよ。ちゃんとあるんだから。」


 拓也のげんそうな表情の意味を正確に読み取った子供が、呆れ口調でそう言う。
 その物言いに少しむっとしたものの、拓也は渋い表情で目を閉じた。


 自分の奥から湧き出す力を、五感に集中させる。


 先ほどまで拡散していた集中力を掻き集めて、自分を取り巻く全て力に対する感度を高めていく。


 しばらくそうしていると、まぶたを閉ざしたことで真っ暗になっていた視界に、ふいにむちのようなものがよぎった。


(―――見えた!)


 その姿をとらえた拓也は、ゆっくりと目を開く。


 目の前に広がるのは、先ほどと何ら変わらない青。
 しかしその中に、今まで見えていなかったものが確かにあった。


 青の中に、若干色合いの違う青が混ざっているのだ。


 それはむちのようにしなり、自分たちを守る結界を何度も打ちえている。
 おそらく、さっき自分の首を絞めていたのはあれだったのだろう。


 子供が、ふんと鼻を鳴らした。


「そんな攻撃じゃ、僕の作った結界が壊れるわけないでしょ?」


 子供の声は向こうに届いているらしく、子供が馬鹿にしたように言った瞬間、結界を打つむちの威力が増した。


 しかし、子供の結界はびくともしない。


 結界を攻撃されれば術者もダメージを受けるはずなのに、子供は涼しそうな顔で鞭を眺めている。


「何を怒ってるのさ。邪魔されたくなかったなら、僕が助けに来る前にさっさと殺しちゃえばよかったんだよ。そうでしょ?」


 どうやら、子供にも向こうの声が聞こえているらしい。
 しばらくじっとしていた子供は、うんざりしたように息を吐き出す。


「あーあー、うるさいなぁ。主人の命令だかなんだか知らないけどさ、どっちにしろ殺しそびれたそっちが悪いよ。手を引くんだね。」


 鞭が、さらに激しくしなる。




「―――。」




 突然、子供の声がトーンを落としたかと思うと、その雰囲気がひょうへんした。


 どろり、と。


 禍々まがまがしい気が子供の周囲を渦巻き出し、息がつまりそうなほどに強力な魔力が子供から爆発する。


「―――っ!?」


 胸の中に、氷を放り投げられた気分だった。


 四肢から血の気が引き、胸を中心に臓腑が冷えて震え上がりそうになる。


「じゃあ、死ぬ?」


 とてつもなく物騒な言葉が、その口腔から発せられた。


「死んででも任務を遂行させる……ね。任務失敗イコール死なら、死ねばいいんじゃない? どのみち僕がここにいる時点で、任務は失敗なんだからさ。」


 相も変わらず、激しく結界を打ちえ続けるむち
 そこからは、大きな怒りが感じられた。


(だめだ……退かないとだめだ。)


 思わず、青い世界の向こうにいる誰かが撤退することを強く望んでいた。


 この子供を相手にしてはいけない。
 何か、よくないことが起こってしまう。


 今の彼から漂うのは、そう確信できるほどに刺々とげとげしく嗅覚を刺激してくる香りだもの。


 予言めいた確信をいだく拓也が体を震わせていると、子供がふいに拓也を振り返った。


 子供は拓也を意外そうに見つめ、そして次に深い笑みをたたえる。


「お兄さんは素直だね。でも、それが正解。」


 暗い笑みと声。


 それらを真正面から浴びせられた拓也は、ただ呆けたように子供を見つめ返すしかなかった。


 目を離すことができなかった。
 目を離せば、それが自分の命を投げ出すことになりそうで……


 すくみそうな体を支えて、暗いのに澄んだように見える、不思議な薄茶色の瞳を見つめる。


 そうしているうちに、面白そうな光を宿しているはずのその子の瞳に、本当はなんの感情も込もっていないことに気付いた。


 その瞬間、記憶の中にある人物と目の前の子供がピッタリと重なる。


「お前は……まさか―――」

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