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第12歩目 海を臨む街
ローム家の奥様
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翌日、アジェールが用意してくれた馬車で辿り着いたのは、東側に海を臨む大きな屋敷だった。
「あらあら。これは、可愛らしいお客様ね。」
馬車を降りると、広い庭で薔薇を手入れしていた美しい女性が出迎えてきた。
緩やかにうねって腰まで伸びる蜂蜜色の髪の毛はとてもつややかで、普段から丁寧に手入れされていることが窺える。
着ているドレスも細やかな装飾が施されたかなり豪華なもので、彼女の優雅な仕草にピッタリと似合っていた。
姿勢よく凛と佇む彼女の周りには、数人の使用人が控えている。
その格好と周囲の様子から、彼女がこの屋敷の中で偉い立場にあるということは十分に察せられた。
「あ、あの……俺たち……」
「お話は伺っておりますわ。」
彼女はにこりと微笑み、シュルクが持っていた紹介状を受け取る。
そしてそれを、後ろに控えていた老年の執事に渡した。
「これ、旦那様に渡してきてくださる?」
「かしこまりました。」
(……ん? 旦那様?)
彼女がさらりと告げた言葉に、シュルクは思わず目を丸くした。
これは想定外。
まさか屋敷に到着して早々、こんな人と顔を合わせることになるとは。
「ごめんなさい。自己紹介がまだでしたわ。わたくしはミシェリアと申します。以後お見知りおきを。フィオリア王女様。シュルクさん。」
ドレスの裾をつまみ、ミシェリアは丁寧に頭を下げた。
「こんな遠方までご足労いただき、恐悦至極に存じます。あなた方がお探しの橙水晶とは、我がローム家で管理しております〈夢と現の狭間〉というオブジェに飾られているものだと思いますわ。」
アジェールとは異なり、すんなりとこちらが知りたいことを教えてくれるミシェリア。
旦那が気難しい分、奥さんがしっかりしている感じなのだろうか。
とても本人を前にしては言えない感想を抱きつつ、シュルクはミシェリアの話に耳を傾ける。
「水晶だけを飾っているわけじゃないんですね。」
「ええ、そうなんです。」
シュルクの言葉に一つ頷いたミシェリアは、半身を屋敷がある方向へと。
「屋敷の奥に広い林があるのですが、その近くに大きな池があります。そこに橋がかかっていて、池の周りにいくつかの銅像が建てられておりますの。池を中心に広がる作品群をまとめて〈夢と現の狭間〉と呼んでおりますわ。池にかかった橋の中心にも銅像がありまして、その銅像の手に大きな橙水晶が据えられています。ちょうど朝日が差し込んでくる高さに調整してありまして、日の出の時間にはとても綺麗な景色が見られますのよ。我が家の自慢ですわ。」
「暁集まる橙水晶……確かに、詩のとおりだな。」
用があるのは、ここで間違いなさそうだ。
話を聞いている感じだと、ここにある橙水晶は、この家にとってかなり重要なものらしい。
とはいえ、こちらは橙水晶に直接的な用があるわけじゃない。
仮に水晶の中に運命石が埋め込まれていたとしても、ムーシャンの一件を考えるなら、水晶から運命石だけを取り出すことは可能なはずだ。
(これは、意外と早く事が済むんじゃないか?)
希望的観測に期待しながら、今日の内に次の目的地を模索する計画を立てるシュルク。
と、そこでミシェリアが困ったように息を吐いた。
「ですが、聞いたお話では、あなた方はフィオリア様がお好きな詩と同じ情景を探していらっしゃるとのこと。そうなりますと、明日の朝までこちらでお待ちいただくことになってしまいますわ。先を急ぎたいところでしょうに、お時間を取らせてしまいますが……」
「いえ。どうか、気になさらないでください。突然押しかけたのは、こちらですから。」
「そ、そうですよ。本来なら正式に依頼を出して、ちゃんとお礼も用意しなきゃいけないところでしたのに…。王族として恥ずべきなのは、私の方です。」
本気で申し訳なさそうにするミシェリアに、シュルクとフィオリアはそれぞれ焦って両手を振った。
「おい。王族ってのは、そんなにめんどくさいもんなのか?」
シュルクはフィオリアの背中をつつき、こっそりと耳打ちする。
「そりゃそうよ。正式な訪問となれば、一ヶ月は前に話を通しておくのが礼儀だわ。」
「うえっ。めんどくせ。」
「そういうものなの。ヨルのことだから、紹介状を書いてくれた以上、ちゃんとお礼のことは考えてくれてるとは思うんだけど……」
「お前が王族だってことを伏せる手はなかったのかよ。」
「無理よ。ティーンのほとんどの貴族には、私の顔を見られてるんだから。他人の空似じゃごまかせないよ。」
「お前、めんどくせぇな。」
「何よ! それは別に、私のせいじゃないもん!」
「うふふ……」
小声でシュルクとフィオリアが言い合っていると、ふとそんな笑い声が聞こえてきた。
「仲がよろしいのですね。さすがは、フィオリア様がお忍びで連れ歩くだけのことはありますわ。」
くすくすと肩を震わせるミシェリア。
そんな彼女の反応を見ていると、普段の何気ないやり取りだったはずのことが、急に恥ずかしく思えてきて……
「………」
「………」
シュルクとフィオリアは、互いに頬を赤らめて視線を逸らした。
十分に笑ったらしいミシェリアは一呼吸を入れ、再び姿勢を正してフィオリアと向かい合った。
「フィオリア様。別に、お礼なんて気にせずともよろしいのですよ。ティーンの貴族として、フィオリア様にご協力するのは当然の義務ですもの。多少の例外は、仕方ありませんわ。」
「でも……」
ミシェリアのありがたい言葉。
しかし、王族としてのプライドがあるのか、フィオリアはやはりばつが悪そうな顔をしている。
「やはり気になりますか? うーん、そうですわね…。あ!」
少し考えたミシェリアは、ぽんと両手を叩いて表情を輝かせる。
そしてやにわに手を伸ばし、シュルクの腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「それなら、あなたのお付きの方を、少しだけわたくしに貸してくださらない?」
「―――――へ?」
「あらあら。これは、可愛らしいお客様ね。」
馬車を降りると、広い庭で薔薇を手入れしていた美しい女性が出迎えてきた。
緩やかにうねって腰まで伸びる蜂蜜色の髪の毛はとてもつややかで、普段から丁寧に手入れされていることが窺える。
着ているドレスも細やかな装飾が施されたかなり豪華なもので、彼女の優雅な仕草にピッタリと似合っていた。
姿勢よく凛と佇む彼女の周りには、数人の使用人が控えている。
その格好と周囲の様子から、彼女がこの屋敷の中で偉い立場にあるということは十分に察せられた。
「あ、あの……俺たち……」
「お話は伺っておりますわ。」
彼女はにこりと微笑み、シュルクが持っていた紹介状を受け取る。
そしてそれを、後ろに控えていた老年の執事に渡した。
「これ、旦那様に渡してきてくださる?」
「かしこまりました。」
(……ん? 旦那様?)
彼女がさらりと告げた言葉に、シュルクは思わず目を丸くした。
これは想定外。
まさか屋敷に到着して早々、こんな人と顔を合わせることになるとは。
「ごめんなさい。自己紹介がまだでしたわ。わたくしはミシェリアと申します。以後お見知りおきを。フィオリア王女様。シュルクさん。」
ドレスの裾をつまみ、ミシェリアは丁寧に頭を下げた。
「こんな遠方までご足労いただき、恐悦至極に存じます。あなた方がお探しの橙水晶とは、我がローム家で管理しております〈夢と現の狭間〉というオブジェに飾られているものだと思いますわ。」
アジェールとは異なり、すんなりとこちらが知りたいことを教えてくれるミシェリア。
旦那が気難しい分、奥さんがしっかりしている感じなのだろうか。
とても本人を前にしては言えない感想を抱きつつ、シュルクはミシェリアの話に耳を傾ける。
「水晶だけを飾っているわけじゃないんですね。」
「ええ、そうなんです。」
シュルクの言葉に一つ頷いたミシェリアは、半身を屋敷がある方向へと。
「屋敷の奥に広い林があるのですが、その近くに大きな池があります。そこに橋がかかっていて、池の周りにいくつかの銅像が建てられておりますの。池を中心に広がる作品群をまとめて〈夢と現の狭間〉と呼んでおりますわ。池にかかった橋の中心にも銅像がありまして、その銅像の手に大きな橙水晶が据えられています。ちょうど朝日が差し込んでくる高さに調整してありまして、日の出の時間にはとても綺麗な景色が見られますのよ。我が家の自慢ですわ。」
「暁集まる橙水晶……確かに、詩のとおりだな。」
用があるのは、ここで間違いなさそうだ。
話を聞いている感じだと、ここにある橙水晶は、この家にとってかなり重要なものらしい。
とはいえ、こちらは橙水晶に直接的な用があるわけじゃない。
仮に水晶の中に運命石が埋め込まれていたとしても、ムーシャンの一件を考えるなら、水晶から運命石だけを取り出すことは可能なはずだ。
(これは、意外と早く事が済むんじゃないか?)
希望的観測に期待しながら、今日の内に次の目的地を模索する計画を立てるシュルク。
と、そこでミシェリアが困ったように息を吐いた。
「ですが、聞いたお話では、あなた方はフィオリア様がお好きな詩と同じ情景を探していらっしゃるとのこと。そうなりますと、明日の朝までこちらでお待ちいただくことになってしまいますわ。先を急ぎたいところでしょうに、お時間を取らせてしまいますが……」
「いえ。どうか、気になさらないでください。突然押しかけたのは、こちらですから。」
「そ、そうですよ。本来なら正式に依頼を出して、ちゃんとお礼も用意しなきゃいけないところでしたのに…。王族として恥ずべきなのは、私の方です。」
本気で申し訳なさそうにするミシェリアに、シュルクとフィオリアはそれぞれ焦って両手を振った。
「おい。王族ってのは、そんなにめんどくさいもんなのか?」
シュルクはフィオリアの背中をつつき、こっそりと耳打ちする。
「そりゃそうよ。正式な訪問となれば、一ヶ月は前に話を通しておくのが礼儀だわ。」
「うえっ。めんどくせ。」
「そういうものなの。ヨルのことだから、紹介状を書いてくれた以上、ちゃんとお礼のことは考えてくれてるとは思うんだけど……」
「お前が王族だってことを伏せる手はなかったのかよ。」
「無理よ。ティーンのほとんどの貴族には、私の顔を見られてるんだから。他人の空似じゃごまかせないよ。」
「お前、めんどくせぇな。」
「何よ! それは別に、私のせいじゃないもん!」
「うふふ……」
小声でシュルクとフィオリアが言い合っていると、ふとそんな笑い声が聞こえてきた。
「仲がよろしいのですね。さすがは、フィオリア様がお忍びで連れ歩くだけのことはありますわ。」
くすくすと肩を震わせるミシェリア。
そんな彼女の反応を見ていると、普段の何気ないやり取りだったはずのことが、急に恥ずかしく思えてきて……
「………」
「………」
シュルクとフィオリアは、互いに頬を赤らめて視線を逸らした。
十分に笑ったらしいミシェリアは一呼吸を入れ、再び姿勢を正してフィオリアと向かい合った。
「フィオリア様。別に、お礼なんて気にせずともよろしいのですよ。ティーンの貴族として、フィオリア様にご協力するのは当然の義務ですもの。多少の例外は、仕方ありませんわ。」
「でも……」
ミシェリアのありがたい言葉。
しかし、王族としてのプライドがあるのか、フィオリアはやはりばつが悪そうな顔をしている。
「やはり気になりますか? うーん、そうですわね…。あ!」
少し考えたミシェリアは、ぽんと両手を叩いて表情を輝かせる。
そしてやにわに手を伸ばし、シュルクの腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「それなら、あなたのお付きの方を、少しだけわたくしに貸してくださらない?」
「―――――へ?」
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