竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
593 / 598
【番外編3】伝説が生まれるまで

カウント32 まさかの三人目

しおりを挟む



 これは……一体全体、何が起こったんだろう。




 オレは渡された書類をなかば思考停止状態で眺め、次にそれを持ってきた張本人を見上げた。


「何、その珍獣でも見たような顔。」
「いや、その……意外で。」


 オレは、自分の手に収まる異動願に再び目を落とす。


 アイロス先輩の異動をきっかけに、オレは隊員の未来を預かろうと胸に決めた。


 だから、アイロス先輩のように国防軍からドラゴン殲滅せんめつ部隊へと来てくれる人がいるなら、快く迎え入れるつもりだ。


 でもまさか、この人が来ちゃうなんて……


「意外って、失礼しちゃうな。」


 特に怒ってもいない様子で、ジョー先輩は両手を腰に当てた。


「ミゲルの異動が決まったから、それに合わせて異動願を提出しに来ただけなんだけど、違和感ある?」


 確かに、おっしゃるとおりです。


 ドラゴン殲滅部隊の隊長に就任して、早くも数週間。


 執務室の大掃除と状況整理から始まった任務のかたわら、オレは国防軍の奴らから手痛い歓迎を受けている。


 ミゲル先輩はその最中さなかでオレの味方につき、早くもドラゴン殲滅部隊に飛ばされることになってしまった。


 本当は辞令の決定には時間がかかるのだが、ミゲル先輩を目の敵にしていた奴が政治家の息子だったらしく、総督部も下手に機嫌を損ねられなかったとのことだ。


 軍事大学でも一際実力が高かった、戦国世代。


 そのトップを走り続けていた〝覇王〟であるミゲル先輩をオレにやるなど、本当ならかなり嫌だっただろうに。


 まあ、オレは割と初めからミゲル先輩を狙ってたんで、美味しい思いをさせてもらってますけど。


 そんな事情をむなら、ミゲル先輩の親友であるジョー先輩がこうして異動願を持ってくるのは至極当然の流れ。


 ―――


「違和感ありありなんですけど。」


 オレの答えはこれだった。


 違和感だらけ。
 もはや、違和感しかないのだ。


「えー? なんでそうなるかなぁ?」
「言っていいんですか?」


「どうぞ? 僕も、君の天才たる目に興味があるし。」
「じゃあ……」


 オレはハンコを取り出すために机の中を探りながら、ジョー先輩に違和感の理由を述べた。


「気にさわったらすみません。でも、ジョー先輩は友情がどうのこうので動くような人じゃないですよね? オレはてっきり、ジョー先輩がそういう人だから、ミゲル先輩が安心してつるんでるんだと思ってましたけど。」


 この人は、ちょっとオレと似ている。


 興味が湧けば動くし、興味がなければあっさりと見捨てる。


 オレはそこまで感情を割り切れないが、ジョー先輩はそこの辺りを徹底している節がある。


 自分は自分。
 友人であろうと、他人は他人。


 そんな風に綺麗に割り切れる人だから、あのミゲル先輩が一緒にいられるのだろう。


 自分しか信じないジョー先輩なら、重たい期待をかけてミゲル先輩に取り入ろうとしないから。


 ミゲル先輩の家庭の事情に巻き込まれても、ミゲル先輩と彼の母親を他人と割り切って、ミゲル先輩本人とだけ向き合ってくれるから。


 そんな理性的かつドライな人が、親友の左遷させんに影響されて道を共にするとは到底思えないのだ。


「…………ふぅん?」


 しばらくきょとんとしていたジョー先輩が、ふいに口角を吊り上げる。


「よく分かってるじゃん。さすがはミゲルが肩入れしてただけあるよ。見抜いた……っていうよりは、同じにおいでも感じた?」


「あはは。やっぱ、同類の匂いがします?」


「……どうだろうね。君は、僕と違って優しいから。」


「………?」


 なんか、今のは引っ掛かった。


「……類は友を呼ぶってやつですかね。」


 気付いた時には、そう言い放った後。
 まあ、この人に突っ込んだ話ができる機会もそうそうないので、ちょうどいいか。


「急にどうしたの?」


「いやねぇ…。ミゲル先輩も大概矛盾してる人だなーとは思ってたんですけど、ジョー先輩もジョー先輩で、なんか引っ掛かる人なんですよね。」


「引っ掛かる、というと?」


「オレの目でも、先輩の本質が見えないんです。常に腹の内でいくつもの策略を巡らせてて、情報と損得で利己的に物事を判断する怖い人……の、はずなんですけど、なーんか納得いかない。」


 オレは腕を組んでうなる。


「なんて言うんですかね。裏がありまくりだって見せつけるその姿こそ―――心の奥底にある何かの隠れみのなんじゃないかって気がするような…?」


 この人は、自分に裏があることを隠さない。
 それを武器にして鉄壁のガードを作り、情報と知略を網羅して他人を黙らせる。


 それは、誰の目からも明らかな彼の本性のはずだけど―――彼という人間の本質からは、どこかずれている気がする。


 だって、おかしいじゃん?


 本当に偽りも無理もないなら……オレやミゲル先輩と接する時に、寂しさやうらやましさを滲ませる瞬間なんて生まれないでしょ?


 傲慢ごうまん不遜な物言いで敵を煽り、攻撃を逆手に取って敵を蹴落とすジョー先輩。


 そうやって堂々と裏を探らせることで皆の注目を逸らしてまで、この人が本当に隠したいことは何なんだろう。


 たまに、そんなことを思ったりもする。


 だけど、どんなに注意してこの人を見ても、引っ掛かりの正体は見抜けないままで……


 まさに、雲のように形が掴めない人だ。


 こんな人はオレも初めてなもんで、ミゲル先輩の時みたいに自信を持って指摘できないんだけどね。




「……そう。君には、僕がそんな風に見えるんだね。」




 薄く開いたジョー先輩の唇から、ひどく冷めた声が零れる。
 それに突っ込むよりも先に、ジョー先輩は笑顔で何もかもを隠してしまった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

4層世界の最下層、魔物の森で生き残る~生存率0.1%未満の試練~

TOYA
ファンタジー
~完結済み~ 「この世界のルールはとても残酷だ。10歳の洗礼の試練は避ける事が出来ないんだ」 この世界で大人になるには、10歳で必ず発生する洗礼の試練で生き残らなければならない。 その試練はこの世界の最下層、魔物の巣窟にたった一人で放り出される残酷な内容だった。 生存率は1%未満。大勢の子供たちは成す術も無く魔物に食い殺されて行く中、 生き延び、帰還する為の魔法を覚えなければならない。 だが……魔法には帰還する為の魔法の更に先が存在した。 それに気がついた主人公、ロフルはその先の魔法を習得すべく 帰還せず魔物の巣窟に残り、奮闘する。 いずれ同じこの地獄へと落ちてくる、妹弟を救うために。 ※あらすじは第一章の内容です。 ――― 本作品は小説家になろう様 カクヨム様でも連載しております。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

超時空スキルを貰って、幼馴染の女の子と一緒に冒険者します。

烏帽子 博
ファンタジー
クリスは、孤児院で同い年のララと、院長のシスター メリジェーンと祝福の儀に臨んだ。 その瞬間クリスは、真っ白な空間に召喚されていた。 「クリス、あなたに超時空スキルを授けます。 あなたの思うように過ごしていいのよ」 真っ白なベールを纏って後光に包まれたその人は、それだけ言って消えていった。 その日クリスに司祭から告げられたスキルは「マジックポーチ」だった。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

処理中です...