竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編3】伝説が生まれるまで

カウント19 口を開く奈落

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 真っ暗な廊下を進み、フールが示した部屋へと入って電気を点ける。
 案内された先は、どうやら医務室のようだった。


「とりあえず、そこに寝かせてあげて。医者への連絡は僕がするから。」


 奥のベッドを指してフールがそう言うので、オレは言われたとおりに、ベッドへターニャを横たえた。


 毛布をかけてやり、その辺の棚を探って見つけてきたタオルで額の汗を拭ってやる。


「まったくもう……」


 さらさらと流れる髪をいていると、ずっとこらえていた気持ちがとうとうあふれてしまう。


「オレに会うのを我慢できなかったなんて、可愛いこと言っちゃってさ…。あなたはオレの前だけで、態度が変わりすぎなんだよ。」


 分かっていた。
 ターニャが雑木林へ行くのをやめると告げたのは、オレを守るためだって。


 オレとターニャの関係が総督部に知れたということは、今後はオレたちにいつ見張りがついていてもおかしくないということ。


 オレたちが関わりを持とうと足掻く限り、総督部は全力でオレを排除しようとする。
 だから、彼女は我慢することを選んだ。


「あーあ、オレもなんとか頭をひねらなくちゃな。」


 ここまで健気に慕われてしまっては、こちらとしても、なんとかしてその想いに応えてやりたいというもの。


 どのみち、今の選択に納得していなかったのだ。


 こうなったら、どうにかして総督部の目をかいくぐる妙案をひねり出さなくてはなるまい。


「オレの望みも、ターニャの望みも、どっちも取る方法……か。簡単ではないけど、頑張ってみるよ。」


 ターニャの頭をぽんぽんと叩き、オレはベッドに背を向けた。


「フール。オレは、騒ぎになる前に帰るよ。」
「道案内しなくて大丈夫?」
「大丈夫、道は覚えた。ってか、お前が一緒の方が目立つだろ?」


 ここに来るまで、誰にも見つからずに済んだだけでも奇跡なのだ。
 帰りは帰りで、人の気配に気を配らなくてはいけない。
 それなのに、宮殿でターニャの傍にいるフールが一緒では悪目立ちしてしまう。


「それもそうだ。気をつけてね。今日はありがとう。」
「こちらこそ。」


 フールと微笑み合ってから彼と別れ、オレはできるだけ暗がりを選んで宮殿内を進んだ。


 こんなに心臓に悪い帰り道も初めてだ。


 そして、自分が生まれながらに持ったこの目に、こんな使い道もあるのだということも初めて知った。


 人の気配を読み、見張りの歩き方や仕草から注意の向け方を見抜き、その盲点をついて身を隠す。


 順調に宮殿を進んで、このまま無事に大学へと戻れるはずだった。




 ―――しかし、もう全てが遅すぎたのである。




 オレがここへ足を踏み入れた時点で。
 いや、もしかしたらターニャがオレに会うために部屋を出た時点で。


 オレは、決して引き返せない闇の領域に引きずり込まれていたのだ。




「どこへ行くつもりだい?」




 大学の敷地に繋がるドアの前で、彼は待っていた。


「―――っ!?」
「おっと。変に抵抗しようとすれば、その瞬間に君は立派な不法侵入者だよ?」


 身構えかけたオレに、ジェラルドはいやにゆったりした口調で先手を打ってきた。


「ふふ、二週間か……若い二人にしては、よく耐えた方じゃないか。ターニャ様も体調を崩しさえしなければ、もしかすると最後まで耐えられたかもしれなかったのにね。」


「―――っ!! まさか、最初からこれを狙って…っ」


「そろそろ、あの方にも分かっていただかなくてはならないのだよ。所詮、竜使いが無駄な足掻きをしたところで、何も生み出すことなどできはしないんだとね。」


「な…っ」


「君の存在は、非常に好都合だ。ご自分のわがままがいかに他人の人生を狂わせるのか、それを思い知るいい機会になる。」


 ジェラルドがパチリと指を鳴らす。
 その瞬間、オレの後頭部に大きな衝撃が襲いかかっていた。


「―――っ」


 声も出ないまま傾いだオレの体は、両脇から別の男たちに支えられる。




「しばらく、大人しくしていてもらおう。案ずることはない。君は我々の役に立つ。悪いようにはしないよ。……―――連れていけ。」




 ジェラルドの命令に従い、男たちはオレをどこかに連れていこうとする。


 くそ、このままじゃだめだ。
 どうにかしないと。
 このままじゃ、ターニャを泣かせることになる。


 分かっているのに……


 頭が痛い。
 視界が大きく揺れて、思考が拡散していく。




 ろくな抵抗もできないまま、オレの意識は深く、深く落ちていった。



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