580 / 598
【番外編3】伝説が生まれるまで
カウント19 口を開く奈落
しおりを挟む
真っ暗な廊下を進み、フールが示した部屋へと入って電気を点ける。
案内された先は、どうやら医務室のようだった。
「とりあえず、そこに寝かせてあげて。医者への連絡は僕がするから。」
奥のベッドを指してフールがそう言うので、オレは言われたとおりに、ベッドへターニャを横たえた。
毛布をかけてやり、その辺の棚を探って見つけてきたタオルで額の汗を拭ってやる。
「まったくもう……」
さらさらと流れる髪を梳いていると、ずっとこらえていた気持ちがとうとうあふれてしまう。
「オレに会うのを我慢できなかったなんて、可愛いこと言っちゃってさ…。あなたはオレの前だけで、態度が変わりすぎなんだよ。」
分かっていた。
ターニャが雑木林へ行くのをやめると告げたのは、オレを守るためだって。
オレとターニャの関係が総督部に知れたということは、今後はオレたちにいつ見張りがついていてもおかしくないということ。
オレたちが関わりを持とうと足掻く限り、総督部は全力でオレを排除しようとする。
だから、彼女は我慢することを選んだ。
「あーあ、オレもなんとか頭を捻らなくちゃな。」
ここまで健気に慕われてしまっては、こちらとしても、なんとかしてその想いに応えてやりたいというもの。
どのみち、今の選択に納得していなかったのだ。
こうなったら、どうにかして総督部の目をかいくぐる妙案を捻り出さなくてはなるまい。
「オレの望みも、ターニャの望みも、どっちも取る方法……か。簡単ではないけど、頑張ってみるよ。」
ターニャの頭をぽんぽんと叩き、オレはベッドに背を向けた。
「フール。オレは、騒ぎになる前に帰るよ。」
「道案内しなくて大丈夫?」
「大丈夫、道は覚えた。ってか、お前が一緒の方が目立つだろ?」
ここに来るまで、誰にも見つからずに済んだだけでも奇跡なのだ。
帰りは帰りで、人の気配に気を配らなくてはいけない。
それなのに、宮殿でターニャの傍にいるフールが一緒では悪目立ちしてしまう。
「それもそうだ。気をつけてね。今日はありがとう。」
「こちらこそ。」
フールと微笑み合ってから彼と別れ、オレはできるだけ暗がりを選んで宮殿内を進んだ。
こんなに心臓に悪い帰り道も初めてだ。
そして、自分が生まれながらに持ったこの目に、こんな使い道もあるのだということも初めて知った。
人の気配を読み、見張りの歩き方や仕草から注意の向け方を見抜き、その盲点をついて身を隠す。
順調に宮殿を進んで、このまま無事に大学へと戻れるはずだった。
―――しかし、もう全てが遅すぎたのである。
オレがここへ足を踏み入れた時点で。
いや、もしかしたらターニャがオレに会うために部屋を出た時点で。
オレは、決して引き返せない闇の領域に引きずり込まれていたのだ。
「どこへ行くつもりだい?」
大学の敷地に繋がるドアの前で、彼は待っていた。
「―――っ!?」
「おっと。変に抵抗しようとすれば、その瞬間に君は立派な不法侵入者だよ?」
身構えかけたオレに、ジェラルドはいやにゆったりした口調で先手を打ってきた。
「ふふ、二週間か……若い二人にしては、よく耐えた方じゃないか。ターニャ様も体調を崩しさえしなければ、もしかすると最後まで耐えられたかもしれなかったのにね。」
「―――っ!! まさか、最初からこれを狙って…っ」
「そろそろ、あの方にも分かっていただかなくてはならないのだよ。所詮、竜使いが無駄な足掻きをしたところで、何も生み出すことなどできはしないんだとね。」
「な…っ」
「君の存在は、非常に好都合だ。ご自分のわがままがいかに他人の人生を狂わせるのか、それを思い知るいい機会になる。」
ジェラルドがパチリと指を鳴らす。
その瞬間、オレの後頭部に大きな衝撃が襲いかかっていた。
「―――っ」
声も出ないまま傾いだオレの体は、両脇から別の男たちに支えられる。
「しばらく、大人しくしていてもらおう。案ずることはない。君は我々の役に立つ。悪いようにはしないよ。……―――連れていけ。」
ジェラルドの命令に従い、男たちはオレをどこかに連れていこうとする。
くそ、このままじゃだめだ。
どうにかしないと。
このままじゃ、ターニャを泣かせることになる。
分かっているのに……
頭が痛い。
視界が大きく揺れて、思考が拡散していく。
ろくな抵抗もできないまま、オレの意識は深く、深く落ちていった。
案内された先は、どうやら医務室のようだった。
「とりあえず、そこに寝かせてあげて。医者への連絡は僕がするから。」
奥のベッドを指してフールがそう言うので、オレは言われたとおりに、ベッドへターニャを横たえた。
毛布をかけてやり、その辺の棚を探って見つけてきたタオルで額の汗を拭ってやる。
「まったくもう……」
さらさらと流れる髪を梳いていると、ずっとこらえていた気持ちがとうとうあふれてしまう。
「オレに会うのを我慢できなかったなんて、可愛いこと言っちゃってさ…。あなたはオレの前だけで、態度が変わりすぎなんだよ。」
分かっていた。
ターニャが雑木林へ行くのをやめると告げたのは、オレを守るためだって。
オレとターニャの関係が総督部に知れたということは、今後はオレたちにいつ見張りがついていてもおかしくないということ。
オレたちが関わりを持とうと足掻く限り、総督部は全力でオレを排除しようとする。
だから、彼女は我慢することを選んだ。
「あーあ、オレもなんとか頭を捻らなくちゃな。」
ここまで健気に慕われてしまっては、こちらとしても、なんとかしてその想いに応えてやりたいというもの。
どのみち、今の選択に納得していなかったのだ。
こうなったら、どうにかして総督部の目をかいくぐる妙案を捻り出さなくてはなるまい。
「オレの望みも、ターニャの望みも、どっちも取る方法……か。簡単ではないけど、頑張ってみるよ。」
ターニャの頭をぽんぽんと叩き、オレはベッドに背を向けた。
「フール。オレは、騒ぎになる前に帰るよ。」
「道案内しなくて大丈夫?」
「大丈夫、道は覚えた。ってか、お前が一緒の方が目立つだろ?」
ここに来るまで、誰にも見つからずに済んだだけでも奇跡なのだ。
帰りは帰りで、人の気配に気を配らなくてはいけない。
それなのに、宮殿でターニャの傍にいるフールが一緒では悪目立ちしてしまう。
「それもそうだ。気をつけてね。今日はありがとう。」
「こちらこそ。」
フールと微笑み合ってから彼と別れ、オレはできるだけ暗がりを選んで宮殿内を進んだ。
こんなに心臓に悪い帰り道も初めてだ。
そして、自分が生まれながらに持ったこの目に、こんな使い道もあるのだということも初めて知った。
人の気配を読み、見張りの歩き方や仕草から注意の向け方を見抜き、その盲点をついて身を隠す。
順調に宮殿を進んで、このまま無事に大学へと戻れるはずだった。
―――しかし、もう全てが遅すぎたのである。
オレがここへ足を踏み入れた時点で。
いや、もしかしたらターニャがオレに会うために部屋を出た時点で。
オレは、決して引き返せない闇の領域に引きずり込まれていたのだ。
「どこへ行くつもりだい?」
大学の敷地に繋がるドアの前で、彼は待っていた。
「―――っ!?」
「おっと。変に抵抗しようとすれば、その瞬間に君は立派な不法侵入者だよ?」
身構えかけたオレに、ジェラルドはいやにゆったりした口調で先手を打ってきた。
「ふふ、二週間か……若い二人にしては、よく耐えた方じゃないか。ターニャ様も体調を崩しさえしなければ、もしかすると最後まで耐えられたかもしれなかったのにね。」
「―――っ!! まさか、最初からこれを狙って…っ」
「そろそろ、あの方にも分かっていただかなくてはならないのだよ。所詮、竜使いが無駄な足掻きをしたところで、何も生み出すことなどできはしないんだとね。」
「な…っ」
「君の存在は、非常に好都合だ。ご自分のわがままがいかに他人の人生を狂わせるのか、それを思い知るいい機会になる。」
ジェラルドがパチリと指を鳴らす。
その瞬間、オレの後頭部に大きな衝撃が襲いかかっていた。
「―――っ」
声も出ないまま傾いだオレの体は、両脇から別の男たちに支えられる。
「しばらく、大人しくしていてもらおう。案ずることはない。君は我々の役に立つ。悪いようにはしないよ。……―――連れていけ。」
ジェラルドの命令に従い、男たちはオレをどこかに連れていこうとする。
くそ、このままじゃだめだ。
どうにかしないと。
このままじゃ、ターニャを泣かせることになる。
分かっているのに……
頭が痛い。
視界が大きく揺れて、思考が拡散していく。
ろくな抵抗もできないまま、オレの意識は深く、深く落ちていった。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
世界の十字路
時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく―――
ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。
覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。
自分の見ている夢は、一体何を示しているのか?
思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき―――
「お前は、確実に向こうの人間だよ。」
転校生が告げた言葉の意味は?
異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!!
※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。
魔力ゼロの異世界転移者からちょっとだけ譲り受けた魔力は、意外と最強でした
淑女
ファンタジー
とあるパーティーの落ちこぼれの花梨は一人の世界転移者に恋をして。その彼・西尾と一緒にパーティーを追放される。
二年後。花梨は西尾の下で修行して強くなる。
ーー花梨はゲームにもはまっていた。
何故ならパーティーを追放された時に花梨が原因で、西尾は自身のとある指輪を売ってしまって、ゲームの景品の中にそのとある指輪があったからだ。
花梨はその指輪を取り戻し婚約指輪として、西尾へプレゼントしようと考えていた。
ある日。花梨は、自身を追放したパーティーのリーダーの戦斧と出会いーー戦斧はボロ負け。
戦斧は花梨への復讐を誓う。
それがきっかけで戦斧は絶体絶命の危機へ。
その時、花梨はーーーー
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
俺と幼女とエクスカリバー
鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。
見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる