竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編3】伝説が生まれるまで

カウント18 会いたくて……

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 別れを告げられた後。
 ターニャは、本当にあの雑木林に姿を現さなくなった。
 電話もメールも繋がらない。


 一日。
 三日。
 一週間。


 どんなに待っても、彼女は現れなかった。


「そうかい。それは残念だ。」


 ルルアへの留学を断ったオレを、ジェラルドたちは引き留めなかった。


 自分はあくまでも権力が関係ない、自由な立場で剣を教えていきたい。
 そう主張したオレに、ジェラルドは賢明な判断だと言って肩を叩いてきた。


 これで全てが元通り。
 ただ、ターニャに会う前の日常に帰るだけ。




 ―――そんなわけない。




 自由な立場で剣を教えていきたい。
 それは、紛れもないオレの本心。
 教師を目指す志も変わっていない。


 でも、以前のようにまっすぐに教師の道と向き合えない。


 楽しい。
 楽しいはず。
 ……楽しくない。


 これでいいはずがないのに……


『…………さようなら。』


 オレはどうして、彼女のあの言葉をここまで真に受けているのだろう。


 ぽっかりと、胸に穴が開いてしまったかのような喪失感。
 それを引きずりながら、また一週間ばかりが過ぎた。


 夜中に鳴り響いた携帯電話。


 ベッドから飛び起きたオレは、画面に映るその名前を見て、慌てて通話ボタンを押した。


「も、もしもし!」
「よか……た。出て…くれた……」


 ほっとした瞬間、ターニャは電話の向こうで派手に咳き込み始める。


「ターニャ……風邪でも引いてるのか?」
「ええ…。少し、体調を崩してしまって……」


「大丈夫なのか? ちゃんと寝てないと―――」
「休んで、いましたよ。でも…っ」


 咳の合間に必死に言葉をつむいでいたターニャの声が、一気に揺れる。


「だめ……なんです。一人なのは、慣れていたはずなのに……寂しくて、眠れないんです。迷惑をかけるって、そう……分かっている、のに……あなたに、会いたくて…っ。もう…………戻れない…っ」


 そこで、ふいに気付く。
 激しい咳の後ろで、何かを掻き分ける音が聞こえることに。


「今……どこにいるんだ?」


 おそるおそる訊ねながらも、オレはすでに部屋を飛び出していた。


「今すぐに行くから!!」


 彼女の答えを待たず、オレは必死に走った。


 寮を出て鬱蒼うっそうと茂る雑木林に飛び込み、枝や葉で肌が傷つくのも構わずに無我夢中で駆け抜ける。


「ターニャ!!」


 捜していた姿を見つけ、オレは必死にその名を叫んでいた。


「ディア……」


 ターニャが安堵したように表情をやわらげる。
 そこで限界が来てしまったのか、華奢きゃしゃな体がふっと力を失った。


「―――っ!!」


 必死に駆け寄って、オレはその体をしっかりと抱き留める。


「ひどい熱だ。」


 触れただけで分かる。
 本当なら、こうして歩いてくるのも相当しんどかったはずなのに。


「ごめ……なさ……」
「謝るな!」


 力が入らないであろう手を伸ばしてオレの服を掴むターニャの頭をなで、その小さな手に自分の手を重ねる。


「会いたかったのは、オレも同じなんだから。」


 心からの本音だ。
 それを聞くと、ターニャは泣き笑いを浮かべて気を失ってしまう。


「……ディア。」


 ターニャが気を失ったのを確認したからか、すぐ近くの茂みからフールが姿を現した。


「おま…っ」


 その姿を見た瞬間、頭が真っ赤に染まる。


「何やってんだよ! こんな状態のターニャを歩かせて!!」


 オレの怒鳴り声を、フールは沈痛な様子で受け止めるだけ。


「君が怒るのも仕方ない。でも、僕の体じゃターニャを止めることはできないから……」
「あ……」
「それに……」


 フールは肩を落とす。


「行かせてあげるべきだと思ったんだ。君に会うのをやめるって決めてから、ターニャは寝る間も惜しんで仕事に没頭してた。そうしないと、君のことを忘れられなかったんだよ。でも……やっぱり、君に会いたい気持ちを我慢するなんて無理だったみたい。君の前でだけは、神官でも竜使いでもなく……ただの女の子でいられたから。」


 語るフールの声は、追い詰められたように苦しげだ。


「このままじゃ、ターニャが潰れちゃう。だから、止めるなんて……」
「ごめん。」


 冷や水を浴びせられたように脳内の温度が下がっていき、オレはフールに頭を下げた。


 そんなオレに、フールはゆっくりと首を振る。


「いいんだ。来てくれてありがとう。普通、総督部にあそこまで釘を刺されたら、こんなことできないよ。君って、本当にすごいや。」


「………」


「さて…。ターニャも眠っちゃったし、ちゃんと寝かせてあげないとね。ディア、悪いけど運んでもらえる?」


「もちろん。」


 オレはターニャの体を抱いて立ち上がる。


 そして、宮殿に続くドアを抜けて、フールの案内で宮殿本部へと足を踏み入れたのだった。

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