549 / 598
【番外編2】嵐との出会い
第15の嵐 ついに吐き出した思い
しおりを挟む
何故か、おれは必死で仕方なかった。
エレベーターを待つ間も惜しくて、階段を駆け下りて宿舎を飛び出る。
ここ二年で知り尽くした抜け道を使って宮殿を出ると、すぐ隣にそびえている大学の門をくぐった。
懐かしくも感じる大学の敷地内を駆け抜け、目指したのは学生寮。
立ち並ぶ部屋の中に一つ半開きのドアを見つけ、おれは無我夢中でそこに飛び込んだ。
「ディア!!」
息を荒げるおれは、肩を上下させながら室内を見回す。
部屋の中は、すでに荷物がまとめられている状態だった。
いくつのも段ボールが部屋の壁際に積まれていて、据え置きの棚からも物がなくなっている。
「んー? あ、ミゲル先輩じゃないですか。随分と久しぶりですね。」
寝室の方から段ボールを持って現れたディアラントは、おれの姿に気付くといつものように人懐っこい笑顔を浮かべた。
それはもう、引くほどにいつもどおりの姿でしかなくて……
「おい。何なんだよ、あの辞令?」
単刀直入に訊ねる。
すると、ディアラントは笑顔に苦いものを含めた。
「さすが、情報が回るのが早いですね。なんだも何も、見たままの辞令が事実ですよ。今週中に荷物をまとめて宮殿本部の宿舎に移らなきゃいけないんで、今少し忙しいんですよね。」
ディアラントは言葉のとおり、おれと話をしながらも荷造りを着々と進めている。
「はめられたった話は本当か?」
その背に問いかける。
「!!」
その瞬間、ディアラントの体が大きく震えた。
忙しなく動いていた手がピタリと止まり、しばらくの間固まる。
「……ははっ。それ、ジョー先輩からの情報ですか? 怖い怖い。」
ディアラントから発せられた言葉に、否定はなかった。
「本当なんだな。」
断定口調で再確認。
こいつの性格からして、否定しないということは、おれの指摘を肯定したも同然だ。
「どうでしょう? 近からず遠からずって感じですかね。まあ、オレが敵に回したら面倒な方々を敵に回したのは本当です。」
言いながら、ディアラントは作業を再開する。
「はめられたっていうのも、一面的な事実ではあるんでしょうね。でも、つけ入られる隙を見せたのはオレなんで、仕方ないと言えば仕方ないことです。いやぁ、油断しましたね。」
不思議なほどあっさりとしているディアラントの声。
おれの胸に生まれた激情が、どんどん大きくなっていく。
そしてその激情は、次のディアラントの言葉を聞いた瞬間に派手に弾けてしまった。
「ま、なったもんは仕方ないですし、やるだけやるしかないですよねー。」
「―――っ! 馬鹿野郎!!」
おれはディアラントの胸ぐらを掴んで、自分の方へと引き寄せた。
きょとんとした様子のディアラントを、間近から睨み上げる。
「何なんだよ、お前!? お前、教師になりたかったんだろ!? なんで、そんなに笑っていられるんだ!? なんでお前には……いつもいつも、迷いがねぇんだよ!?」
ディアラントと知り合ってから二年以上。
その間ずっと溜め込んできて、とうとうぶつけてしまった思いだった。
こいつはいつもそうだ。
教師になりたいと語ったあの時も、おれと剣を交えたあの日も―――そして今この時だって、こいつの目には迷いがない。
あるがままの現実を受け入れて、それでいてまっすぐすぎるほどに前を向いている。
教師になりたいと言った瞳に、嘘はなかった。
そのためにディアラントは用意周到に手を回して、自分のための道を切り開いていた。
その道を、理不尽に潰されたんだぞ?
それなのにどうして、こいつはこうして立っていられるのだ。
どうしていつもと同じように、おれに笑いかけられるのだ。
少しくらい苦悩してくれれば、おれの劣等感も和らいだかもしれないのに……
激情が理性をさらって、そんな意地汚い本心を露にする。
「先輩………まだ、迷ってるんですね。」
しばらくの沈黙の末におれの耳朶を打ったのは、残酷なまでに穏やかな声だった。
「もう……分かんねぇんだよ。」
口から勝手に、言葉が零れ落ちていく。
「確かにおれは迷ってる。けど、何をそんなに迷ってんのか……おれにも分かんねぇんだよ。お前にさえ会わなきゃ、この迷いも忘れられるはずだったのによ……」
全部お前のせいだ。
お前の型破りな行動が、いつもおれを狂わせる。
自分自身の望みも分からなくて、だから迷うことすら忘れるしかないのに。
それなのに、お前の姿がそれを許してくれないんだよ。
忘れてしまえば、楽になれるのに……
「……先輩。オレ、今から独り言を言いますね。」
ディアラントがふと口を開いたのは、その時のことだった。
エレベーターを待つ間も惜しくて、階段を駆け下りて宿舎を飛び出る。
ここ二年で知り尽くした抜け道を使って宮殿を出ると、すぐ隣にそびえている大学の門をくぐった。
懐かしくも感じる大学の敷地内を駆け抜け、目指したのは学生寮。
立ち並ぶ部屋の中に一つ半開きのドアを見つけ、おれは無我夢中でそこに飛び込んだ。
「ディア!!」
息を荒げるおれは、肩を上下させながら室内を見回す。
部屋の中は、すでに荷物がまとめられている状態だった。
いくつのも段ボールが部屋の壁際に積まれていて、据え置きの棚からも物がなくなっている。
「んー? あ、ミゲル先輩じゃないですか。随分と久しぶりですね。」
寝室の方から段ボールを持って現れたディアラントは、おれの姿に気付くといつものように人懐っこい笑顔を浮かべた。
それはもう、引くほどにいつもどおりの姿でしかなくて……
「おい。何なんだよ、あの辞令?」
単刀直入に訊ねる。
すると、ディアラントは笑顔に苦いものを含めた。
「さすが、情報が回るのが早いですね。なんだも何も、見たままの辞令が事実ですよ。今週中に荷物をまとめて宮殿本部の宿舎に移らなきゃいけないんで、今少し忙しいんですよね。」
ディアラントは言葉のとおり、おれと話をしながらも荷造りを着々と進めている。
「はめられたった話は本当か?」
その背に問いかける。
「!!」
その瞬間、ディアラントの体が大きく震えた。
忙しなく動いていた手がピタリと止まり、しばらくの間固まる。
「……ははっ。それ、ジョー先輩からの情報ですか? 怖い怖い。」
ディアラントから発せられた言葉に、否定はなかった。
「本当なんだな。」
断定口調で再確認。
こいつの性格からして、否定しないということは、おれの指摘を肯定したも同然だ。
「どうでしょう? 近からず遠からずって感じですかね。まあ、オレが敵に回したら面倒な方々を敵に回したのは本当です。」
言いながら、ディアラントは作業を再開する。
「はめられたっていうのも、一面的な事実ではあるんでしょうね。でも、つけ入られる隙を見せたのはオレなんで、仕方ないと言えば仕方ないことです。いやぁ、油断しましたね。」
不思議なほどあっさりとしているディアラントの声。
おれの胸に生まれた激情が、どんどん大きくなっていく。
そしてその激情は、次のディアラントの言葉を聞いた瞬間に派手に弾けてしまった。
「ま、なったもんは仕方ないですし、やるだけやるしかないですよねー。」
「―――っ! 馬鹿野郎!!」
おれはディアラントの胸ぐらを掴んで、自分の方へと引き寄せた。
きょとんとした様子のディアラントを、間近から睨み上げる。
「何なんだよ、お前!? お前、教師になりたかったんだろ!? なんで、そんなに笑っていられるんだ!? なんでお前には……いつもいつも、迷いがねぇんだよ!?」
ディアラントと知り合ってから二年以上。
その間ずっと溜め込んできて、とうとうぶつけてしまった思いだった。
こいつはいつもそうだ。
教師になりたいと語ったあの時も、おれと剣を交えたあの日も―――そして今この時だって、こいつの目には迷いがない。
あるがままの現実を受け入れて、それでいてまっすぐすぎるほどに前を向いている。
教師になりたいと言った瞳に、嘘はなかった。
そのためにディアラントは用意周到に手を回して、自分のための道を切り開いていた。
その道を、理不尽に潰されたんだぞ?
それなのにどうして、こいつはこうして立っていられるのだ。
どうしていつもと同じように、おれに笑いかけられるのだ。
少しくらい苦悩してくれれば、おれの劣等感も和らいだかもしれないのに……
激情が理性をさらって、そんな意地汚い本心を露にする。
「先輩………まだ、迷ってるんですね。」
しばらくの沈黙の末におれの耳朶を打ったのは、残酷なまでに穏やかな声だった。
「もう……分かんねぇんだよ。」
口から勝手に、言葉が零れ落ちていく。
「確かにおれは迷ってる。けど、何をそんなに迷ってんのか……おれにも分かんねぇんだよ。お前にさえ会わなきゃ、この迷いも忘れられるはずだったのによ……」
全部お前のせいだ。
お前の型破りな行動が、いつもおれを狂わせる。
自分自身の望みも分からなくて、だから迷うことすら忘れるしかないのに。
それなのに、お前の姿がそれを許してくれないんだよ。
忘れてしまえば、楽になれるのに……
「……先輩。オレ、今から独り言を言いますね。」
ディアラントがふと口を開いたのは、その時のことだった。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

世界の十字路
時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく―――
ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。
覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。
自分の見ている夢は、一体何を示しているのか?
思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき―――
「お前は、確実に向こうの人間だよ。」
転校生が告げた言葉の意味は?
異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!!
※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。
【第3部】勇者参上!!~究極奥義で異次元移動まで出来るようになった俺は色んな勢力から狙われる!!~
Bonzaebon
ファンタジー
「ただ戦って相手を倒す事は正しいのだろうか?」
戦いは多くの物事に決着をつけてきた。勇者ロアもそうだった。
だが、それは本当に正しい事なのだろうか?
ただ倒すだけでは相手がやろうとしていた事と変わりが無い。
ただ倒しただけでは問題が解決したとは言えないのではではないか?
勇者は“勝利”以外の解決方法を思索し始めた。
「やっぱり和解が最善の解決手段だろ。」
勇者は更なる苦難の道を歩み始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香
冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。
文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。
幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。
ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説!
作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。
1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
【禁術の魔法】騎士団試験から始まるバトルファンタジー
浜風 帆
ファンタジー
辺境の地からやって来たレイ。まだ少し幼なさの残る顔立ちながら、鍛え上げられた体と身のこなしからは剣術を修練して来た者の姿勢が窺えた。要塞都市シエンナにある国境の街道を守る騎士団。そのシエンナ騎士団に入るため、ここ要塞都市シエンナまでやってきたのだが、そこには入団試験があり……
ハイファンタジー X バトルアクション X 恋愛 X ヒューマンドラマ
第5章完結です。
是非、おすすめ登録を。
応援いただけると嬉しいです。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる