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第7章 戦いの終わり
まさかのお願い
しおりを挟む「じゃあ、僕はシアノ君と一緒に救護テントに戻るよ。本格的なフォローは、ルカ君とエリクに任せた方がいいでしょ。」
シアノが少し落ち着いた頃。
彼を抱き上げたジョーは、キリハにそう言った。
「うん、お願い。」
キリハは素直に頷く。
おそらくこの後、自分はターニャやディアラントとの話し合いで忙しくなる。
心苦しいけれど、シアノのフォローが万全にできる状態は作れないだろう。
「キリハよ。ちょっと待ってくれ。」
ふとその時、後ろのリュドルフリアが声をあげた。
「何?」
「すまないが、そこの彼にはここに戻ってくるように伝えてはくれぬか?」
「……へ?」
まさかのお願い。
キリハはきょとんと瞼を叩く。
「いいけど……どうして?」
「彼と直接話したいことがあるのだ。」
「………?」
ますます意味が分からない。
リュドルフリアとジョーには、接点らしい接点などないはずなのに。
「……何?」
自分が戸惑う声を聞いて、思わず足が止まってしまったのだろう。
ジョーが不思議そうな表情でこちらを見ている。
「えっとね……リュドルフリアが、アルにはもう一回ここに戻ってきてほしいって。」
「……え? 僕に?」
自分と同じくジョーも心当たりがないらしく、彼は当惑顔で自身を指差した。
「うん。なんか……アルと直接話したいんだって。」
「はいぃ?」
それを聞いたジョーは、不可解そうに眉を寄せた。
そして、真偽を確かめるようにリュドルフリアを見つめる。
なんとなく、ジョーの思うところが伝わったのだろう。
リュドルフリアはこくりと首を縦に振った。
「……分かった。ちょっと待ってて。」
いまいち釈然としない感じではあったが、ジョーはそう告げて、一旦救護テントへと帰っていった。
それから十分経たず。
「とりあえず、戻ってはきたけど…?」
駆け足で戻ってきたジョーは、眉をひそめて首を捻る。
「では……」
リュドルフリアはその気満々。
すぐに自身の腕に爪を引っかける。
……まあ〝直接話したい〟ってことは、そういうことですよね。
リュドルフリアの行動にキリハは狼狽え、ジョーは顔を苦々しくする。
「ええぇ…? 僕、この人に目をつけられるようなこと、なんかやったっけ…?」
ぼやきながら、ジョーは白衣の上からつけていたポーチに手をかけて、そこからメスを取り出す。
そしてリュドルフリアから血を受け取りながら、自身も血を流した手の甲を差し出した。
(リュドルフリアの血でも、あっさりと飲んじゃうんだぁ……)
さっくりと血の交換に応じたジョーに、心の中だけで突っ込むキリハだった。
「えーっと……で? わざわざ僕に直接言いたいことってのは?」
未だに不可解そうなジョーは、単刀直入に本題へ。
「お前にも礼を言いたくてな。こういうのは人伝ではなく、直接伝えるべきだろう?」
「お礼…?」
「ああ。彼を……ユアンを救ってくれて、ありがとう。」
「……あっ。」
その言葉で、何か思い出したことがあったようだ。
ジョーがハッとして両目を見開いた。
「ははーん? なんか妙に聞き覚えのある声だと思ったら……キリハ君と焔に便乗して僕に声を送ってきたのは、君だったのね。」
「ああ。だから感謝している。まさか、レクトの血に冒されたロイリアを治療する技術を生み出すとは思わなかったがな。」
「それなら、あとでルカ君に礼を言うんだね。僕はあくまでも、お膳立てされたステージでショーを披露したに過ぎないんだから。それと、勘違いしないでもらえる?」
ジョーは剣呑な雰囲気でリュドルフリアを見やる。
「僕は別に、ユアンを救ったつもりはない。君の願いを叶えたわけじゃないよ。」
「でーも、僕の願いは叶えてくれたよねー? 僕が救ってくれって言ったのは、キリハのことだもーん。」
そこで入る横槍。
声の出所を探して視線を右往左往させたジョーは、リュドルフリアの背中に乗っているユアンを見つけるや否や、思い切り顔を歪めた。
「はあ? なんか、変な亡霊が見えるようになってんだけど? 何、このオプション。」
「おんやぁ?」
ジョーの言葉を聞いて、ユアンも意外そうに目を丸くする。
「これは予想外の副作用だなぁ…。リュードの血を飲む副作用は、両目が赤くなるってのと、ドラゴン全員と意志疎通ができちゃうことと、その能力が確実に子供に遺伝するってことの三つはずだったのに。」
「ええっ!? 両目!?」
しれっとユアンが言ったことに、キリハが仰天する。
「じゃあ、俺もそうなるの!? まさか、ルカやエリクさんも!?」
「うんうん。エリクの経過観察では、完全に色が変わるまでにどのくらいかかったんだっけ?」
「二日だね。」
さも当然のように、ユアンの質問に答えるジョー。
ユアンの姿が見えることに関しては、すでに受け入れ完了ということらしい。
「そういや、僕とエリクの分はもうあるとして……ルカ君の分のカラコンは発注してなかったな。キリハ君はどうする? 欲しいっていうなら、キリハ君の分のカラコンも発注するけど。」
「え? えーっと……」
問われたキリハは、少し考える。
そして。
「いや、俺はこのままでいいや。」
ジョーの申し出に、首を横に振った。
「みんなにはびっくりされるだろうけど……俺は、リュドルフリアと友達になれたことを隠したくないんだ。だから、このままがいい。これは友情の証なんだって、誇っていたい。」
キリハは晴れやかに笑う。
きっと、赤くなった両目を見た多くの人が驚くだろう。
何をやっているんだと、ある人は怒るかもしれない。
意味が分からないと、ある人は嫌悪するかもしれない。
だからなんだ。
理解されないのなんて慣れっこだもの。
それに竜使いだし、《焔乱舞》に選ばれたし、師匠が生ける伝説だしって時点で、皆にとっての自分は普通じゃないでしょ?
だったら、とことん普通から外れてやればいいじゃない。
―――だって、それで変えられる〝これから〟がたくさんあるんだから。
「うん。なんか、キリハ君らしい考えだね。その考えには、全力で賛同するよ。君は、何にも縛られずに輝いているべきだと思うからね。」
キリハの笑顔に触発されたのか、ジョーが珍しく純粋な笑みを浮かべる。
「まあ、変にちょっかい出してくる奴がいたら、遠慮なく僕に言ってよ。裏で締めとく。」
「アルなら、俺が言う前に締めてそうなんだけど…?」
「んー……否定はしない。」
「ほら。止めはしないけど、ほどほどにね?」
「キリハー、もっと言ってやってー。吊るし上げも度を越すと、国が滅ぶからー。」
「そこの亡霊さんは黙っててもらえる?」
また横槍を入れてきたユアンを、ジョーが即で切り捨てる。
なんとも気の抜けた会話。
最後の戦いが終わったんだと、ようやく実感が追いついてきたような気がして……
「あはははは!!」
キリハは大声をあげて、明るく笑った。
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