500 / 598
第6章 最後の戦いへ
抑えが利かない怒り
しおりを挟む「あんたはキリハの体を使って、ロイリアを壊そうとした。この行為自体には……人間は関係ないわよね?」
過去に起こったことを述べるレティシアの視線は、レクトだけに注がれている。
「まどろっこしい経緯の話なんて、どうでもいい。あんたが悪意を持って、自分の手でロイリアを殺そうとした。それだけで、私があんたを殺す理由には十分なのよ!!」
大きく吼えるレティシア。
「あんたの言い訳なんか聞かないわ!! 私のこの怒りは……あんたがユアンにリュード様を奪われた怒りと同じくらい、抑えられないもんなんだからね!!」
「―――っ!!」
自分自身を引き合いに出されては、それを否定できる言葉など思いつかないのだろう。
レティシアからぶつけられる全力の怒りに、レクトは体を震わせることしかできなかった。
「レティシア!!」
その時、少年の声がレティシアを呼ぶ。
それで眼下に目を下ろせば、洞窟から出てきたキリハがこちらを見上げていた。
「くそ…っ」
レクトは思わず舌を打つ。
レティシアとシアノに時間を割きすぎた。
キリハたちが洞窟を脱出してしまったではないか。
「レティシア、レクトを殺すって……そんなのだめだよ!!」
キリハは必死にそう言う。
その理由は、ひとえにレティシアを心配してのものだった。
「レクトの血は、レティシアにも効くんでしょ!? 闇雲に戦って、もしもレクトの血を浴びちゃったら―――」
「いいのよ。」
キリハの危惧を、レティシアは軽やかに笑い飛ばす。
「このままじゃ、私の気が収まらないのよ。相討ちになったとしても、ロイリアが受けた苦しみの分は叩き返してやらないと。それに……一応、備えられるだけの備えはしてきてあるのよ。」
「いやいや。あんま、それを当てにしないでくれる?」
そこで、第三者の声が割り込む。
「アル……」
後ろを振り向き、目を丸くするキリハ。
その視線はひとまず流しておき、ジョーは上空のレティシアに複雑な視線を投げた。
「ロイリアの治療薬をレクトの血に対する予防薬にアレンジしてくれって言われたから、やるだけはやったけどさぁ…。治験も何もできてないんだから、その薬が効く保証なんてないんだけど?」
「!!」
なるほど。
備えとはこれのことか。
「ふん。自信がないなら、万が一のために私の治療薬をたんまり準備しておきなさい。」
「うへぇ…。僕を容赦なく過労死に追い込む気?」
「何よ。リュード様にサンプル提供の口利きをしてやるって言ったら、二つ返事で了承したくせに。」
「だって、普通に欲しいんだもん。だったら、そいつを血まみれになるくらい痛めつけてよ。血清と似た要領で作った薬だから、そいつの血がないと量産できないんだっての。」
「言われなくてもそうしてやるわ。」
軽口のような、レティシアとジョーの会話。
「おのれ…っ」
ふいに、レクトが低く唸る。
「貴様が……貴様が、私の計画を狂わせたのか…っ」
ジョーの言葉は分からずとも、レティシアの言葉だけで、彼がロイリアの治療薬を作ったことは十分に伝わった。
行方をくらませて何をしているのかと思えば、とんでもないことをやってくれたものだ。
こんな技術を持っていると知っていたなら、知恵を煙たがって放置などせずに、キリハよりも先に始末したのに。
「今からでも、潰してやる!!」
自分の血に対抗する術を生み出した彼は、あまりにも危険な存在だ。
彼が生き続けていれば、今度は人間に対する治療薬を開発されるおそれがある。
そうなれば、仮にこの場から逃れて仕切り直そうとしても、打てる手が極端に減ってしまうだろう。
怒りに猛るレクトの口から、わずかに炎が漏れる。
その瞬間。
―――ゴオォッ
レクトの炎を凌ぐ勢いで、別の炎が彼に襲いかかった。
「ちっ…」
下から噴き上げてくるような炎が、何であるか。
それを分かっている手前、レクトはその炎を避けざるを得なくなる。
「アルは殺させない。ここにいる、他のみんなも。」
据わった目つきでレクトを睨むキリハは、大きく振りかぶった《焔乱舞》を力強く握り直した。
「ロイリア、下りてきて!!」
再びレティシアがレクトを牽制するのを横目に見つつ、キリハはロイリアを呼んだ。
それに応えたロイリアが地面に下りて、その背中からミゲルとシアノが足を下ろす。
「シアノ……」
「………」
シアノは何も言わない。
ミゲルにしがみついて、嗚咽を殺すのに必死のようだ。
「ミゲル。シアノを、ルカたちの所に連れてってあげて。今の俺には、シアノを慰めてあげる時間がないから。」
「おう。」
頷いたミゲルは、シアノを抱っこして医療班のテントへと向かっていった。
「ロイリア。ここからは厳しい戦いだけど、協力してくれる?」
「もちろん。ぼくも、ちょっとくらいは仕返ししたいもん。」
背中に跨がりながら訊ねると、ロイリアは間髪入れずにそう答えた。
それに小さく笑ったキリハは、すぐに表情を引き締める。
「じゃあ、行こう!!」
「うん!!」
キリハの宣言を受けて、ロイリアは高く飛び立った。
「キリハ……」
まさかキリハたちが参戦してくるとは思っていなかったのか、レティシアがパチパチと目をしばたたかせる。
「いくらアルの治療薬があるっていったって、レティシアだけを戦わせるわけにはいかないよ。俺は、レティシアのことだって守りたいんだから。」
レティシアとレクトが本格的に戦い始めたら、人間では太刀打ちできないだろう。
治療中のルカたちをかばうために空中戦をメインにすると、ドラゴン殲滅部隊の後方支援もどこまで通用するか分からない。
この場でレティシアを援護できるのは、自分とロイリアだけだ。
「ディア兄ちゃん!!」
無線のスイッチを入れて、キリハは大声を張り上げる。
「レクトは俺たちで止める! リュドルフリアがどのくらいで目覚めるか分からないけど……なんとかその前に、ルカの治療を終わらせて、なるべく遠くに避難を!!」
「任せろ!! 地上の方は気にすんな。とっくに影響範囲の試算は終わって、安全圏に防衛ラインを展開済みだからよ!」
返ってきたディアラントの声は、いつもと変わらず明るい。
本当に、頼もしい師匠である。
「レティシア、地上は気にするなってさ。後ろは俺とロイリアでフォローするから、好きなだけ怒ってきていいよ!!」
「あら、嬉しい応援ね。なら、遠慮なく行ってくるわ!!」
翼を大きくはためかせ、レティシアがレクトへと突進する。
それを見送りながら、キリハも《焔乱舞》を構えるのだった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
4層世界の最下層、魔物の森で生き残る~生存率0.1%未満の試練~
TOYA
ファンタジー
~完結済み~
「この世界のルールはとても残酷だ。10歳の洗礼の試練は避ける事が出来ないんだ」
この世界で大人になるには、10歳で必ず発生する洗礼の試練で生き残らなければならない。
その試練はこの世界の最下層、魔物の巣窟にたった一人で放り出される残酷な内容だった。
生存率は1%未満。大勢の子供たちは成す術も無く魔物に食い殺されて行く中、
生き延び、帰還する為の魔法を覚えなければならない。
だが……魔法には帰還する為の魔法の更に先が存在した。
それに気がついた主人公、ロフルはその先の魔法を習得すべく
帰還せず魔物の巣窟に残り、奮闘する。
いずれ同じこの地獄へと落ちてくる、妹弟を救うために。
※あらすじは第一章の内容です。
―――
本作品は小説家になろう様 カクヨム様でも連載しております。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~
愛山雄町
ファンタジー
エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。
彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。
彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。
しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。
そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。
しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。
更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。
彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。
マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。
彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。
■■■
あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。
■■■
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。
超時空スキルを貰って、幼馴染の女の子と一緒に冒険者します。
烏帽子 博
ファンタジー
クリスは、孤児院で同い年のララと、院長のシスター メリジェーンと祝福の儀に臨んだ。
その瞬間クリスは、真っ白な空間に召喚されていた。
「クリス、あなたに超時空スキルを授けます。
あなたの思うように過ごしていいのよ」
真っ白なベールを纏って後光に包まれたその人は、それだけ言って消えていった。
その日クリスに司祭から告げられたスキルは「マジックポーチ」だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる