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第6章 最後の戦いへ
次なる邪魔者
しおりを挟む『やれ!! ―――アルシード!!』
その言葉を最後に、洞窟の映像がブツリと切れる。
「く…っ」
自身の体には傷一つないにしても、共有していた肉体に与えられた激痛は強烈。
しばらくの間、痛みの余韻が全然抜けなかった。
その余韻に耐える間にも、レクトはもう一度ルカの感覚へアクセスできないかを試行する。
しかし、得られる反応は皆無。
この結果から推察されるのは、アルシードがルカにリュドルフリアの血を飲ませたことしかない。
(どうやって……どうやって知った?)
考えられるのは、ルカがカレンに連絡を取った際に真実を聞いた可能性。
しかし、そう報告をしてきた後のルカには怪しい動きなどなかった。
メッセージの履歴も快く見せてきたし、四六時中見張っていたが、彼があれ以上仲間に介入したこともなかった。
ロイリアを壊してしまおう、と。
そう提案したのもルカだし、あの時の彼は心底楽しそうに計画を押し進めていたはずなのに。
(今は考えていても埒が明かん。)
痛みの余韻を振り払ったレクトは、身を潜めていた森林から一気に飛び立った。
ルカがいつから自分を裏切るつもりだったかはさておき、状況は自分に味方している。
彼は、自分に強力な手段を残していってくれた。
今すぐに洞窟を潰してしまえば、《焔乱舞》の操り手も厄介な知将もまとめて始末できる。
手負いのルカがいては、彼らも迅速に動けまい。
急いで洞窟の上空へ移動。
そのまま、山肌に強烈な体当たりを加えようとしたが。
――――――ッ
甲高い咆哮が轟く。
そして、とんでもない衝撃が自分の体を襲った。
「!?」
訳も分からないまま、視界が大きく揺れる。
それでも地面への落下だけは免れて、どうにか体勢を整える。
視線を巡らせた先にあったものを見つめて、歯噛みするような思いになった。
「レティシア…っ」
そこにいたのは、リュドルフリアの子孫。
眷竜の名を冠する、神竜と忌竜に次いで格の高いドラゴン。
「急いで来たみたいだけど、残念ね。あんまり、人間を甘く見るもんじゃないわよ?」
レティシアはレクトを鼻で笑う。
「貴様…っ。勝手に動けないはずでは……」
「勝手じゃないから、ここにいるんでしょ?」
レティシアが、とある方向を顎でしゃくる。
そこにはロイリアと、ロイリアに跨がっているミゲル。
そして……
「シアノ……」
ミゲルに体を支えられて、彼と共にロイリアに跨がる子供がいた。
「………っ」
レクトの視線を受けて、シアノは体を大きくすくませる。
「お前まで、私を裏切るのか…?」
レクトの問いかけ。
それに、シアノは大きく顔を歪める。
「だって……だって……」
瞬く間に、その双眸から涙があふれた。
「ぼくは……エリクに死んでほしくないんだもん…っ。ルカとキリハだけじゃ嫌だ。エリクにも……生きてほしかった。」
シアノはゆるゆると首を左右に振る。
自分は、父を裏切ったつもりなどない。
でも、エリクを助けるためにはこうするしかなかったのだ。
『シアノ。レティシアたちに、協力を頼みに行ってくれ。』
ジョーやエリクとの話し合いの中で、ルカにそう頼まれた。
だから自分は、ルカに言われたとおりにレティシアたちの元へと向かった。
『―――そう。ようは、キリハたちを助けるためにも、私にレクトを牽制してほしいってことなのね?』
問われた言葉の意味は、正直なところよく分からなかった。
でも、彼女が次の言葉を告げた瞬間に世界が変わった。
『協力するのは別にいいんだけど……―――私は、あんたの父さんを殺す可能性が高いわよ。』
その言葉に否を唱えることはできなかった。
どうしてと、疑問を投げかけることすら許されなかった。
レティシアとロイリアにも、自分たちはひどいことをしてしまった。
その結果、父を殺したくなるほどに彼女が怒っていたとして、先に間違いを犯した自分たちが何を言えるだろう。
『………っ』
時間を巻き戻せたらいいのに、と。
頭がおかしくなりそうなくらい、切にそう思う。
本当は、父さんにだって生きていてほしいんだ。
レティシアが父さんを殺すと言うなら、協力なんて頼みたくないんだよ。
だけど……
『それでも……ぼくは、みんなを殺したくない…っ』
一度芽生えてしまったこの気持ちは、もう抑えきれない。
信じていると言ってくれたルカに、自分は精一杯応えたいのだ。
「父さん……もうやめようよ。」
シアノは震えながらも、必死にレクトへ言葉を届けようとする。
「人間は醜いなんて……本当は、そうじゃなかった。それだけじゃなかった。キリハたちは違った。人間をみんな殺しても、幸せになんかなれないよ。だから、もう―――」
「馬鹿なことを。」
幼い心は、冷たい一言に一蹴されてしまう。
「今さら、この私が人間を許すとでも? ユアンが私からリュドルフリアを奪った……その時から、私にとっては人間である時点で、全てが憎むべき醜い存在でしかない。」
言葉どおり、憎しみに満ちたレクトの声。
それに、シアノは大きなショックを受ける。
「じゃあ……ぼくのことは、最初から嫌いだったの…?」
すでに絶望に染まりつつも、その中にわずかな希望を見出だそうとするシアノの問いかけ。
それに対する答えは―――
「愚かな子供だ。素直に私の言うことを聞いていれば……愛されていると思わせたまま、死なせてやったというのに。」
期待したわずかな希望さえ、打ち壊してしまうものだった。
「う……うう…っ」
もはや言える言葉がなくなったシアノは、大粒の涙を零して泣きじゃくる。
その様子を見ていたミゲルが、切なそうな表情でシアノを抱き寄せた。
「これ以上は聞くな。」
「もう、何も聞かなくていいわよ。」
ミゲルと同時に、レティシアもシアノにそう言ってやる。
そんなレティシアに、レクトが噛みついた。
「レティシア!! どうして今になって、人間に与するのだ!? お前は、私と同じで人間との絆に否定的だったじゃないか!!」
「はあ…?」
レクトからの訴えが意外だったのか、レティシアが間の抜けた声をあげる。
「何を当たり前のことを…。私は、同胞の不始末の尻拭いをしてるだけなんだけど? で、利害が一致したから人間に協力してる。それって変? ドラゴンどうしでもそうじゃない。」
「だがお前は、人間と触れ合うことを嫌がっていたではないか!! それなのに…っ」
「それは事実だけど、イコール人間が嫌いってわけじゃないわよ? 単に面倒だから、深く関わりたくなかっただけ。でもそれは、人間に限った話じゃない。正直、リュード様と関わるのも面倒だったわよ? あの方のフォロー、大変なんだもの。」
「ならばどうして、人間に血を与えたのだ!?」
理解できない、と。
レクトは全身でそう語る。
「……まあ、キリハを気に入ったのは事実ね。あの子にはロイリアを守ってもらった恩があるし……あの子となら、友達になってもいいと思った。」
「友に、だと…?」
レティシアが告げたのは、かつてのリュドルフリアと同じこと。
その事実に、レクトは愕然とする。
「でもね……そこに責任をなすりつけてもらったら困るわよ。」
剣呑になるレティシアの声。
「それとこれとは別問題。私が今ここにいるのは―――私自身が、あんたをぶっ飛ばしたいからよ。」
厳しく細められる、アイスブルーの双眸。
そこには、苛烈な怒りが込められていた。
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