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第2章 崩壊までのカウントダウン
僕の名前は―――
しおりを挟む―――バンッ
ノックもなしにドアを叩き開けられ、中でデータと睨み合っていたオークスは、その場で飛び上がってしまった。
「ジョー…っ。君、なんでここに…っ!?」
「ちょっと場所を貸すついでに匿わせて。」
「匿わせてって、まさか脱走でも……」
「んなわけないでしょ。監視の奴も一緒に連れてきてるっての。第一、監視がつくってだけで、行動は制限されてませんからー。」
途端におろおろとするオークスに舌を出しながら憎まれ口を叩いておき、ジョーは荷物や着替えで埋もれた机の一角を掘り起こし、そこに自室から回収してきた荷物を置いた。
ガムテープを剥がして段ボールを開くと、中には一回り小さい発泡スチロールの箱と、そこにテープで留められたメモリースティックが一本。
とりあえずメモリースティックは脇に避けておき、発泡スチロールの箱の蓋も開ける。
「なるほど。日持ちしない、ね。」
箱の中身は、保冷剤でキンキンに冷やされた薬品たち。
季節が真冬だとはいえ、回収が遅かったら温度変化で成分が変わってしまい、使い物にならなくなっただろう。
「あの女……僕が今日回収しなかったらアウトになるように、タイミングを調整しやがったな。」
保冷剤の溶け具合からそれを察し、ジョーは低く吐き捨てる。
面白くない。
今この瞬間が最初で最後のチャンスとは、よく言ったもんだ。
(僕が、本当にやりたいこと……)
病室で気付かぬうちに握り締めていて、病院からも持ち出してきまったそれを、複雑な心境で眺める。
『僕は金輪際、科学の道には進まない。白衣なんて、二度と着ない。』
十五年前の決意が、幼い声と共に蘇る。
あの決意は、無理をして下したものじゃなかった。
二度と触れてやるかって、本気でそう思ったが故の宣言だった。
裏の世界を生き抜くには便利だったから、必要最低限の製薬技術は維持していた。
けれど、この技術を生きる糧にするつもりなんか毛頭もなかった。
今だって、その気持ちに変わりはない。
(だけど―――売られた喧嘩は、買って叩き潰してやんなきゃ気が済まないんでね!!)
折り畳まれていたそれを、勢いよく広げる。
そして……
二度と触れないと決めていたそれ―――大きくはためかせた白衣に、迷いなく袖を通した。
(くそ野郎が。バタバタしてたのは分かるけど、僕の部屋にこんなものを置いていくなっての。)
今頃彼女の手厚い看護でも受けているだろうエリクを、全力で呪ってやる。
「………アルシード……君……」
「感動して呆けてないで、今から言うものをここに運んできて。何日も悩んでたせいで、取り戻さなきゃいけないロスが大きいんだよ。」
瞬間記憶を強制するような速さで必要なものを述べながら、開いたノートパソコンにメモリースティックを挿入する。
数秒の読み込み時間を経て、画面に表示されたのはパスワード入力ウィンドウ。
そして。
〝お前の名前は?〟
パスワードのヒントとして与えられたのは、その一文のみ。
「―――はっ。最後まで嫌味な人だな。」
憎たらしい改革王を鼻で笑ったジョーの指が、目を瞠るスピードでキーボード上を踊る。
「あんたなんか、大っ嫌いだよ!!」
渾身の不満と怒りをぶつけるように、パソコンの決定キーを力強く叩いた。
(ああ、そうさ。僕の名前は―――アルシード・レインだ。)
どんなに兄の仮面を被ったって。
何度亡霊の面影を葬り去ったって。
かつての天才科学者だろうと。
現在の情報の覇者だろうと。
根底に眠る魂だけは、いつだって変わらない。
だって―――知を渇望するこの衝動には、決して逆らえやしないんだから。
二度と見聞きすることはないと思っていた名前を飲み込んだシステムは、瞬く間に情報が詰まったフォルダ画面を展開する。
ずらりと並ぶファイルを上から順に確認しては、秒速で頭に叩き込んで次のファイルを開く。
「さーて。タイムリミットまで、あとどのくらいかなぁ…? ハンデには申し分ないね。しばらくは、退屈しないで済みそうだ。」
そんなことを呟くジョーの目元に、ぐっと力がこもる。
「何がお代に期待してる、だよ。これは、あんたが僕に支払うべき利用料だっての。それこそカスまで残さずに搾り取ってやるから、覚悟しとけよな。」
ノアへの愚痴をつらつらと並べるジョー。
その口元が不敵な笑みを浮かべていたことを、この時の彼はまだ知らない。
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