370 / 598
第5章 動くそれぞれ
隠された一室
しおりを挟む「おらよ。今日の録音データだ。」
宮殿に戻ってキリハと別れたルカは、取引相手にボイスレコーダーを放り投げた。
「どうもー♪」
それを受け取ったジョーは、ご機嫌でボイスレコーダーをパソコンに接続する。
そんなジョーの隣には、彼以上に音声の再生を待ちかねているフールがいた。
やれやれ。
難儀なことになったものだ。
自分としてはジョーとだけ取引をしたつもりだったのだが、キリハに便乗してレクトに会うと報告した瞬間、フールが大慌てで乗り込んできたのだ。
それに……
ルカはぐるりと周囲を見回す。
複数のパソコンとディスプレイに埋め尽くされた、さして広くはない部屋。
ここは宮殿本部の最下層にある、彼らの作戦本部だ。
エレベーターにこの階へ続くボタンはなく、専用のリモコンを操作しないと訪れることができない。
当然、この部屋の通信網やライフラインも独立している。
ジョーはここから、ご自慢のハッキング技術であらゆる情報にアクセスしているらしい。
しかし、その事実が明るみに出ることはない。
手がかりと呼ぶにはあまりにもささやかな痕跡も、この部屋の存在も、総督部のランドルフが完膚なきまでに抹消しているそうだ。
そんな部屋に、ジョーと一つ取引をしただけで通されてしまうとは。
というか、自分はどうしてこんな裏事情まで教えられたんだっけ?
口の固さと察しのよさを信用されたと言えば聞こえはいいが、まんまと魔の領域に誘い込まれてないか?
「おやおや……キリハ君は、レクトにかなり気を許しているみたいだね。」
途端に痛んできた頭に、ジョーの声が響く。
とりあえずこの件に片がついたら、こいつとは真っ先に手を切ってやる。
心の内で決心し、ルカは視線をパソコンへと戻した。
「キリハ……やっぱり、もう肉体を渡せるくらいまで…っ」
呻くフールは、本気で深刻そうだ。
それも仕方ないか。
フールがレクトの接触に気付いたのは、キリハの血液検査がきっかけだと聞く。
因果関係が定かでない以上、その検査結果はレクトを示す証拠としては弱いが、こうして自分がデータを持ち帰ってきたことで、目撃者と物的証拠が揃った。
この状況は、嫌でも認めなければなるまい。
過去の災禍が、再び《焔乱舞》の主を屠ろうとしているのだと。
「………」
音声を聞き終えたフールは、しばらく身動き一つしなかった。
表に出ないその心が追い込まれているのは、事情を軽くしか聞いていない自分にも、なんとなく想像がつく。
キリハはもう、身も心も踏み込みすぎてしまった。
その心の天秤がレクトとシアノに傾いている以上、生半可な説得ではこちら側に引き戻すことはできないだろう。
これまで無欲に生きてきた反動なのかは分からないが、今のキリハは一度こうと決めたら、とことん貪欲だ。
なまじっか物事の本質を直感的に掴んでいて、理由や行動が正当なもんだから、考え方を改めさせるのには骨が折れる。
『レクトが迷ってるってことは……その答えによっては、レクトがまたドラゴン大戦を起こすかもしれない。それなりに、そういう危機感は持ってるつもり。』
『レクトの友達になりたいって気持ちに嘘はないけど……もう二度と、あんな戦争が起こらないようにしたい。だって、きっかけはレクトだったとしても、戦争をして相手を傷つけたのは人間も同じだもん。レクトを変えるチャンスをもらえたのが俺だけなら、俺が頑張らなきゃいけないでしょ。』
今の自分には、キリハのあの言葉を崩せるカードがない。
レクトがキリハを裏切る気だという言質を取れれば展望は変わるが、一筋縄にはいかないだろう。
それに、レクトがキリハに向ける目は演技じゃなくて―――本当に、キリハを可愛がっていた気がするのだ。
レクトの粗を探そうと思えばできなくはないが、この事実が妙に引っかかる。
まあ、それについては観察を重ねるしかないだろう。
もしも、再びレクトと会うことがあればの話だが。
「それにしても、ルカ君ったら結構大胆だね。自らスパイを買って、敵陣に乗り込んでいくなんて。血は飲んだの?」
ジョーがそんなことを言ってくる。
とっさに憎まれ口を返しそうになったが、ここはぐっとこらえることに。
「飲むわけねぇだろ。あんな風に体を好き勝手にされるのを見て、お前なら飲むのか?」
「お断りだね。」
「だろ? ってことで、キリハの状況を詳しく知りたいっていうミッションはクリアだからな。オレは素直に、この件から手を引くわ。」
ひらひらと手を振って、あらかじめ用意しておいた言葉を投げつける。
すると、ジョーが不満そうに唇を尖らせた。
「えー? どうせなら、定期的にレクトの懐に潜り込んでほしいのに。」
「だめだ。」
真っ先にジョーを遮ったのはフール。
「ルカの判断は正しい。ここまでやってくれたんだから、もう十分だ。馬鹿な要求はよしてくれ。」
厳しくジョーをたしなめたフールは、ルカの前に飛んでいく。
「ありがとう、ルカ。君は、本当によくやってくれたよ。だから今の考えどおり、もう手を引くんだ。これ以上……君は、何も背負わなくていい。」
覇気がない声。
それでも、激情で揺れているのが分かる声。
「あー…」
少し反応に困ってしまい、ルカは頭を掻きながら天井を仰いだ。
なんだかな。
キリハといいフールといい、普段おちゃらけた奴が正反対の様子を見せると、こちらは調子が狂って仕方ない。
「なんて言えばいいんだかな…。少なくともオレは、あいつほどお人好しじゃねぇから安心しろよ。それに、ジョーが言ったことは完全に冗談だぞ?」
「あら、ばれちゃった?」
ジョーがぺろりと舌を出す。
「まあ、賢明な判断だよね。僕だってそうすると思う。」
「だろうな。これ以上の深入りは、命をかけるレベルになりかねねぇし。」
ジョーに合わせて軽く肩をすくめ、ルカはくるりと彼らに背を向けた。
「じゃ、オレはこれで。これ以上オレに深入りさせるなら、オレと家族の一生を保証するくらいの見返りが要ると思っとけ。」
淡泊に言い放ったルカは、振り返ることなく部屋を出る。
それを止める人物は、誰もいなかった。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

世界の十字路
時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく―――
ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。
覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。
自分の見ている夢は、一体何を示しているのか?
思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき―――
「お前は、確実に向こうの人間だよ。」
転校生が告げた言葉の意味は?
異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!!
※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
【第3部】勇者参上!!~究極奥義で異次元移動まで出来るようになった俺は色んな勢力から狙われる!!~
Bonzaebon
ファンタジー
「ただ戦って相手を倒す事は正しいのだろうか?」
戦いは多くの物事に決着をつけてきた。勇者ロアもそうだった。
だが、それは本当に正しい事なのだろうか?
ただ倒すだけでは相手がやろうとしていた事と変わりが無い。
ただ倒しただけでは問題が解決したとは言えないのではではないか?
勇者は“勝利”以外の解決方法を思索し始めた。
「やっぱり和解が最善の解決手段だろ。」
勇者は更なる苦難の道を歩み始めた。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。
次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。
時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く――
――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。
※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。
※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる