竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
324 / 598
第1章 見え隠れする白い影

追いかける背中

しおりを挟む
 その後、キリハは一足早く病室を後にすることにした。


 頼むから、お袋が戻ってくる前に撤退しておいてくれ。
 ルカに、割と真剣な顔でそう頼まれたからだ。


(ルカのお母さん、パワフルだったもんなぁ……)


 ああ。
 これは正真正銘、ルカのお母さんだ。


 初対面から数分で、その感想に至った。


 自分を見た彼女は、ものすごく興味津々といった様子で、ルカより先にこちらに近寄ってきた。
 そして自分がルカの友人と知るや否や、目を爛々らんらんとさせて、あれやこれやの質問攻めである。


 途中でルカやルカの父がマシンガントークを止めようとしたのだが、ばっさりと切り捨てられたり、揚げ足を取られて説教を食らわされたりと、あえなく撃沈していた。


 ルカの噛みつき癖は、お母さん譲りなんだろうな……


 論理的かつことわり詰めで叩きのめされるルカを横目に、自分は暢気のんきにそう思っていた。 


 ちなみにルカの家は四人家族で、母はデザイナー、父はエンジニアとして働いているそう。


 毎日のようにエリクの見舞いに来られるのは、成果報酬型で自宅から仕事を請け負っているため、スケジュールの調整が比較的簡単だからとのこと。


 そういえば、自分がエリクとも知り合いだと知った彼女は、ルカが吐かないならエリクに吐かせると、かなり息巻いていたっけ。


 ルカとしては、その現場に自分本人がいたら発狂すると思ったのだろう。
 そこまでするすると流れがみ取れたので、ここは素直に退散しようとなったわけだ。


(やっぱり、本物の家族っていうのは一味違うなぁ。)


 別に、孤児院での生活に不満があるわけじゃない。
 ただ、ディアラントやルカの家族を見ていると、一切の遠慮がない空気感がとても尊く思えるのだ。


 帰りのバスの時間を検索しながら、キリハは広い病院を進む。
 そろそろ入り口が近いので、一度顔を上へ。


「え…?」


 思わず、その場で立ち止まってしまった。


 これから抜けるはずだった自動ドアの向こうでは、一人の看護師がにこやかに笑って話している。
 その視線の先。


 彼女に頭をなでられて、笑顔を浮かべているのは―――


(シアノ…?)


 とっさに物陰に隠れ、その光景に目をらす。


 間違いない。
 あれは確かにシアノだ。


 だけど、どうしてこんな所に?


 にわかには飲み込めない現実だったが、先ほどエリクの話を聞いたので、まだ冷静でいられる。


 もしもシアノの父親かその関係者がこの病院にいるのなら、シアノがここに出入りしていてもおかしなことはないだろう。


 実際、エリクが勤めている病院では、ルカも自分も関係者と顔見知りなのだし。


 しばらく様子をうかがっていると、シアノが手を振って看護師から離れた。
 同じく手を振り返した彼女は、シアノが見えなくなるのを待ってから、ゆっくりと院内に戻ってくる。


 じっと息をひそめ、彼女が近くを通りかかったタイミングでその腕を掴んだ。


「あの子と……シアノと知り合いなの!?」


 前置きを挟むのももどかしくて、単刀直入に訊ねる。


 捕まった看護師は突然のことに目を丸くしたが、少し落ち着くと微かに首を縦に振った。


「え、ええ…。院長のお知り合いのお子さんらしくて、半年くらい前から、よくここに……」
「………っ」


 ここには、シアノがよく出入りしている。
 それを理解すると同時に、頭は次なる疑問の解消へと切り替わっていた。


「シアノは、どこに行くって!?」
「え、ええっと……」


 キリハの剣幕に押されるがまま、彼女はおずおずと口を開く。


「どこに行くとは言ってなかったけど、この時間なら家に帰ったんじゃないかしら。個人情報だから、さすがに家の場所までは教えられないけど―――」


「―――っ」


 彼女が言い終えるのを待てず、キリハは脱兎のようなスピードで病院を飛び出した。


(どこ…? どこにいるの…っ)


 シアノのことだから、きっとバスには乗らないはず。


 そんな直感的な考えから、大通りに出て辺りを見回す。
 そしてこれまた直感で、左右に広がる大通りを左へ。


「いた…っ」


 病院からほど近い交差点で、信号待ちをしているシアノを見つけた。


「シア―――」


 先走って声をかけようとした感情に、そこで理性が待ったをかける。


 もしも、ここでシアノに声をかけたら?
 シアノはあの時のように、〝バイバイ〟って言って去っていくんじゃないの?


 その可能性に思い至った瞬間、喉が強張って動かなくなった。


 今シアノを捕まえるのは簡単だ。
 でも、それでこの場所にシアノが近づかなくなったら困る。
 どうせならここに通い続けて、人間との接点を繋いでいてほしい。


 ここは、たくさんの命を救う場所。
 さっきの看護師もそうだったように、ここにいる人たちなら、シアノを差別的な目で見ないはずだから。


「………」


 キリハはぐっと唇を噛み、シアノに近づこうとした足を戻した。
 人混みに紛れてシアノの様子を見つめ、信号が変わると同時に、一定の距離を保ったままシアノを追いかける。


「!!」


 その道中、ふいにポケットから軽快な電子音がした。
 震えた携帯電話を取り出すと、宮殿からの一斉通知メッセージが一件。


 まずい。
 今は人が多いので問題ないが、人が少ない状況で着信音が鳴れば、即座にシアノにばれてしまう。


 キリハは、メッセージにざっと目を通す。
 それがドラゴン出現通知ではないことを確認し、携帯電話の電源を落とした。


(バイバイなんて……もう言われたくないよ…っ)


 ポケットに携帯電話を戻したキリハは、遠ざかる小さな後ろ姿をまた追いかけ始めるのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

魔力ゼロの異世界転移者からちょっとだけ譲り受けた魔力は、意外と最強でした

淑女
ファンタジー
とあるパーティーの落ちこぼれの花梨は一人の世界転移者に恋をして。その彼・西尾と一緒にパーティーを追放される。 二年後。花梨は西尾の下で修行して強くなる。 ーー花梨はゲームにもはまっていた。 何故ならパーティーを追放された時に花梨が原因で、西尾は自身のとある指輪を売ってしまって、ゲームの景品の中にそのとある指輪があったからだ。 花梨はその指輪を取り戻し婚約指輪として、西尾へプレゼントしようと考えていた。 ある日。花梨は、自身を追放したパーティーのリーダーの戦斧と出会いーー戦斧はボロ負け。 戦斧は花梨への復讐を誓う。 それがきっかけで戦斧は絶体絶命の危機へ。 その時、花梨はーーーー

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

魔術学院の最強剣士 〜初級魔術すら使えない無能と蔑まれましたが、剣を使えば世界最強なので問題ありません。というか既に世界を一つ救っています〜

八又ナガト
ファンタジー
魔術師としての実力で全ての地位が決まる世界で、才能がなく落ちこぼれとして扱われていたルーク。 しかしルークは異世界に召喚されたことをきっかけに、自らに剣士としての才能があることを知り、修練の末に人類最強の力を手に入れる。 魔王討伐後、契約に従い元の世界に帰還したルーク。 そこで彼はAランク魔物を棒切れ一つで両断したり、国内最強のSランク冒険者から師事されたり、騎士団相手に剣一つで無双したりなど、数々の名声を上げていく。 かつて落ちこぼれと蔑まれたルークは、その圧倒的な実力で最下層から成り上がっていく。

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

処理中です...