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第3章 普通じゃないから
自分たちの本当の姿
しおりを挟む「鏡に映るものを変える…?」
その答えを聞いても、シアノはピンとこないようだった。
まあ、そりゃそうなるか。
ルカは説明を続けることにする。
「いいか。よく考えてみろ。オレやお前は、自分の行動が後からついてくるんだ。向こうが嫌な目で見てくるからこっちも同じ目で見てやるし、向こうが攻撃してくるからこっちも攻撃する。つまり鏡を見てから、鏡と同じポーズを取ってるわけ。ここまでは分かるか?」
「なんとなく……」
「じゃあ、もし―――」
ルカはふと手を伸ばすと、シアノの両目をそっと塞いだ。
「もしこんな風に、敵が何をしてくるのか分からなかったら……お前なら、どうする?」
「………」
途端に固まるシアノ。
答えは、言われずとも明らかだった。
「何もできないだろ? これが、オレたちの欠点だ。」
ルカは静かにそう告げた。
「いつも鏡の向こうを見てから自分の行動を決めるから、鏡が見えなくなったら途端に動けなくなる。鏡の向こうがおかしいと思ってるくせに、そのおかしな鏡がないと、自分の行動を決められないんだ。周りの奴らがやってくるんだから、オレは間違ってない。そう言えなくなるのが、不安で仕方ない。それが、オレたちみたいなタイプの本当の姿かもしれないな。」
「それは、悪いことなの…?」
こちらの手を外したシアノが、少しだけ不安そうな顔で訊いてくる。
ルカはその問いに、首を横へ。
「いや、別に悪いことだとは思わない。むしろ、そうやって生きてた方が楽なことも多いだろうな。オレは竜使いだから悪目立ちしたけど、普通の奴なら、目立たず穏やかに暮らせる一番の道なんじゃないかと思う。ただその分、変わることを受け入れにくくなるだけだ。そんで、その〝変わること〟っていうのが、キリハが選んだやり方だ。」
ルカは人差し指で、空中に四角を描く。
「オレは、鏡の向こうと同じポーズを取ってた。対するあいつは、鏡の向こうに、自分と同じポーズを取らせようとしたんだ。具体的に言うと、あいつは自分を嫌う奴らのことを嫌うんじゃなくて、自分を嫌う奴らのことを好きになろうとしたんだよ。そうすることで、自分を嫌う奴らに、自分のことを好きになってもらおうとしたんだ。」
「そんなの無理だよ。」
シアノがすぐに異を唱える。
「嫌いになったら、嫌いなまんまだよ。嫌いなものを、好きにはなれないもん。」
そう断言するシアノの瞳には、一片の曇りもない。
いやはや、まったくもってその通り。
自分だって、当然のようにそう信じていた時があった。
しかし。
「その〝無理〟をぶち壊すんだよ。……あいつはな。」
ぽつりと告げると、脳裏に笑うキリハの姿が浮かんでくる。
「差別を差別で返しても、何も解決しない。ただ自分を貶めるだけだ、なんて……あいつは、大真面目にそんなことを言ってたよ。そんで、竜使いとかそうじゃないとか関係なく、自分が守りたいと思ったものを守れるようになりたいなんて言うんだ。オレも、最初は馬鹿だと思ったさ。やるだけ無駄だってな。なのにあいつは、少しずつだけど、確実に世界を変えていきやがった。オレの目の前で……オレのことすら、変えていきながら。」
ふと、ルカの目元が歪む。
「あいつは周りを受け入れて、周りを許した。周りを許せるように、自分が普通から変わろうとしたんだ。その結果が今だ。オレが知ってる奴らはみんな、あいつのことが好きだって言う。オレたちも、昔からは想像できないくらい穏やかに過ごしてる。あいつはオレにはできないやり方で、誰の目から見ても明らかなくらい周りを変えた。これについては、オレ自身が証人だと言わざるを得ないな。」
改めてこれまでの経験を一つ一つ思い返してみても、胸を圧迫する劣等感は、やはり勢いをなくしてくれないけれど。
それでも、劣等感を刺激する笑顔を見せるキリハに、一縷の希望を見出だしてしまった自分がいるのも事実。
ルカは深く息を吐き、眉間に寄せていたしわを緩めた。
「あいつと関わってるとな、オレも周りの奴らと同じで、普通っていう鏡に囚われていたんだって、つくづくそう思い知る。普通なんてもの、ぶち壊してやりたかったのに……オレは、その普通との向き合い方を間違えてた。……で、今なら分かる。本当の意味で普通を壊すには、相当強い覚悟と、何があっても折れない意志が必要なんだってな。」
竜騎士として宮殿に召集されてキリハと出会ってから、もう一年半くらい。
長いようで短いこの時間で、自分はキリハを通してこの答えを得た。
「あいつは馬鹿なように見えて、覚悟と意志だけは人一倍強い。今回みたいに不測の事態についていけなくて落ち込むことはあっても、それで自分の理想を曲げたりはしない。へらへらしてるだけで、何もしてないように見えるのに……本当は、誰よりもたくさんのことをやってるんだ。今の竜使いには、他の奴らに笑いかけるってことすら難しいってのにさ。―――あいつはすごいよ。」
こんなこと、本人には口が裂けても言えないけれど。
どうやらこれが、今の自分がキリハに対して持つ思いのようだ。
きっかけはシアノの質問だったが、認めて言葉にした瞬間、胸の中の劣等感がすっと凪いだような気がした。
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