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第6章 それぞれの思い
ノアの溜め息
しおりを挟む「―――っていうのが、うちの姿勢ですね。」
「ふむ…。案外、寛容的な姿勢だな。もう少し抵抗されるかと思ったが……」
報告を聞いたノアは、そんな感想を述べた。
「ま、みんなで決めたっていうよりは、うちの隊長がみんなを正論で丸め込んだっていう方が正しいですかね。」
朝のことを思い返しながら、ジョーはそうつけ加えておくことにする。
「ディアラントが、か…。やはり責務より、愛弟子への情が勝ったか。」
「私も最初はそう思いましたが、どうやら隊長の本音は違うみたいですよ。」
「何?」
ノアが興味深そうに目を光らせる。
一度は諦めたとはいえ、やはり気に入った人物の動向は気になるらしい。
ジョーは苦笑しながら話を続ける。
「元々隊長の中では、《焔乱舞》ありきのドラゴン討伐なんて想定されていない、とのことです。《焔乱舞》がなくてもドラゴンは討伐できるんだから、それだけがキリハ君を引き留める理由なら、いっそ送り出してやれと。私個人としてはその意見に大賛成ですが、私たちはよくも悪くも《焔乱舞》の存在に慣れてしまっている。全員があれで納得したとは言えないでしょうね。」
そう。
きっとキリハに関するディアラントの意見は、ほとんどの人間が仕方ないと思う一方で、納得はしていないだろう。
ディアラントは、ドラゴン討伐における最強の切り札を捨ててもいいと言ったようなものだ。
いくら彼の剣の腕が並外れているからといっても、それだけでは、キリハと《焔乱舞》がなくなることへの恐怖は払拭できまい。
「納得していないなら、個人的にキリハを説得すればよかろうに。」
「そうする人は、そうするんじゃないですか? ただ、同じ竜騎士のルカ君と師匠のディアがルルア行きに賛成した上に、ミゲルや私までもが彼らに反対しなかったとなれば、あの場では黙らざるを得なかったって感じですかね。あの場で、すぐに私たちの意見を変えられる人なんていませんよ。」
ジョーは断言。
すると、ノアがピクリと片眉を上げた。
「ルカ……というのは、今朝私にキリハを連れていく条件を吹っかけた奴か?」
「ええ、そうですよ。彼が何か?」
訊ねると、ノアは嬉々とした様子で口を開いた。
「初対面で、あそこまで物を言ってくる骨のある奴も珍しいと思ってな。ルルアじゃあ、若い奴ほど私に萎縮して遠慮してばかりなもんで。」
意見されたことがそんなに嬉しかったのか、ノアはまるで子供のように鼻歌を歌いながら体を揺らしている。
「まあ、彼はターニャ様にも初対面から噛みついたそうですし、そういった意味での度胸は人一倍だと思いますよ。それに彼は、将来は弁護士志望だそうです。法を武器にする人間として、権力の大きさに屈するべきではないと、本人なりに意識しているのでしょう。今は竜騎士の任務で特別休学中ですが、あの性格が功を奏して、大学ではかなり優秀な成績を修めているとのことです。」
「ほう!」
ノアの瞳がきらきらと輝く。
〝もっと、ルカについての情報を教えろ。〟
彼女の態度がそう語っていたが、そこでジョーはキーボードを叩いていた手を止め、晴れやかな笑顔をノアへと向けた。
「さすがに、ルカ君は遠慮してくださいね?」
そこに込められたのは、半端ではない威圧感。
それに、ノアがびくりと肩をすくませた。
「……なんだ。すでにお前が目をつけていたのか。どうりで、やたらとペラペラしゃべるわけだ。」
「ふふ。別に遠慮したくないなら、遠慮しなくてもいいんですけどね。その代わり、私と戦争でもします?」
「やめておこう。せっかく繋いだ糸を、昨日の今日で切りたくはないからな。」
「賢明ですね。」
即答したノアに、ジョーは満足げに頷いた。
それに対し、ノアは面白くなさそうに顔をしかめる。
「お前と彼では、性格がまるで合わなそうなんだがな…。何かもう、仕込んであるのか?」
「まさか。今の時点ではノータッチですよ。」
さらりと答えたジョーだが、彼の表情は次に妖しい色を帯びる。
「ルカ君本人も、まさか私に狙われてるなんて思ってもいないでしょうよ。ルカ君は割と疑り深い性格ですから、ただでさえ私のことをよくは思ってません。そんな中で露骨にコンタクトを取ったら、警戒されちゃうじゃないですか。ああいう子は時期になったら、短時間でド直球に落としにいった方が確実ですよ。」
飄々とした口調で、ジョーはとんでもなく恐ろしいことを言う。
それを聞いたノアが、なんともいえない表情で頬をひきつらせた。
「お前……それは完全に、彼を騙してることにならんか?」
「最後に丸く収まれば、過程はなんでもいいじゃないですか。」
「そのやり方は、未来にしこりを残すだろう。」
「んー…」
ノアの苦言に、ジョーはいまひとつピンときていない様子で虚空を見つめる。
「正直、ルカ君自身も納得するしかないくらい、彼にぴったりのポジションを用意してあるんですけどね。あちらの責任者も結構乗り気でしたよ? それにあそこは、僕にはあまり関わりのない部署です。僕が彼をこき使うわけではないのですから、しこりも何もないでしょう?」
「知らぬは当人だけか。憐れな……」
深々と溜め息を零すノア。
「話が脇道に逸れてしまったな。お前たちの姿勢については、明日ターニャとも直接話すとしよう。……で、あちらの話はどうなっているのだ?」
「ああ、あっちですか。」
答えながら、ジョーはまたキーボードを叩き始めた。
いくつかのメールを開き、その内の一通をノアの携帯電話へと転送する。
「ご覧のとおり、先方は手を組む気満々のようです。ひとまず早急にということですので、あなたがルルアに帰国する日から一週間。あちらとノア様で都合をつける人数は、三人ずつ。その後については、互いの環境を見定めた上で、私を挟まずに直接交渉という流れで話をつけました。異論はありますか?」
訊ねると、メールを速読していたノアは首を左右に振った。
「いや、問題ない。昨日の今日で、よくここまでの話を取りつけたものだな。さすがだ。」
「相手が相手ですからね。私も、気兼ねなく無理を吹っかけられましたよ。というか、あなたも早く話が通ると分かってて、あえて私にこの話を任せたのでしょう?」
皮肉を交えて返すと、途端にノアが口をへの時に曲げた。
「それはそうだが……お前、素直に労いの言葉を受け取れんものなのか。」
「これは失礼を。どうも私は、そういう風に他人が表情をひきつらせるのを見るのが好きみたいで。ついそういう言い回しをしてしまうようです。」
「難儀な奴だな。」
「お気に召さないようなら、一切合切手を引きましょうか?」
そう言うと、今度はノアが半目になった。
「……今の言葉を少し訂正しよう。難儀な奴ではなく、嫌な奴だ。」
「それ、私にとっては最大級の褒め言葉です。」
ジョーはにっこりと笑う。
まさに鉄壁の笑顔。
ノアはまた、重たい溜め息をつくしかなかった。
「まあいい。別の話をしよう。」
「そうですね。」
皆まで言わずとも何の話なのかは分かっているのか、ジョーはくるりとパソコンに向き合って操作を始める。
それを後ろから眺め、ノアはひっそりと呟いた。
「…………損な奴め。」
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