竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
246 / 598
第4章 触れ合い

優しく諭してくれる存在

しおりを挟む
 翌朝、キリハはだだっ広い飛行場跡地にいた。


 事情は今朝の会議で、ターニャとディアラントから聞いた。
 だからこうして、これから来るはずの客を待っているわけなのだが……


「ノアたち、遅いねー…」


 キリハはのんびりと呟いた。


「珍しいわね。緊急でもないのに、私たちを外に出すなんて。」


 頭上から降ってくるレティシアの声。


「なんか、しばらくはここで自由にしてていいんだって。」
「なんでまた急に?」


「人間的な都合を言うと、ちょっとここで、お客さんの相手をしてほしいってことらしいよ。」
「お客さんって……はっ! まさか、この前会ったあいつのこと!?」


「うん。」


 あるがままの事実を答えると、レティシアが溜め息をつきながら地面に首を横たえた。


「ええぇー……気が重いわぁ。絶対にあいつ、自分のご主人自慢しかしないじゃないの。またあれを、延々と聞かされなきゃいけないわけ?」


 本気で嫌そうだ。


「そんなに嫌なら、狭いけど地下に戻る? ルーノが帰るまでは俺もここに寝泊まりしようかと思ってるから、ロイリアのことなら心配しなくても大丈夫だよ?」


 レティシアの頭をなでながら訊ねる。


 自分はレティシアたちが羽を伸ばせるならと思って、ここに連れてきただけなのだ。
 レティシアが嫌がるなら、それを無理いしようとは思わない。


 だけど……


「だめよ。」


 こちらの予想に反して、レティシアは即で否を唱えた。


「あいつとロイリアを、二人だけにしてみなさいよ。ロイリアのことだから、あいつに上手いこと乗せられて、競うようにご主人自慢をしちゃうわ。それは、情操教育上よろしくないじゃない。可愛い弟を、変態の域に到達させたくはないわよ。」


「変態って……」


 キリハは苦笑い。
 そんな風に言うなんて、レティシアはルーノから何を聞かされたのだろう。


「さすがにロイリアは、そこまで―――」


「いきそうな素質が十分あるから、気をつけてんのよ。ロイリア、びっくりするくらいにあんたのことが大好きなんだもの。」


「そ、そうだね……」


「ああ、でも。だからって、ロイリアも一緒に地下に戻そうとか考えなくていいからね。私が心を無にして聞き流せばいいだけなんだから。」


「でも…」


「いいの。」


 レティシアはきっぱりと言い切った。


「だって、せっかくの楽しみを取り上げたくはないじゃない。」
「……それもそうだね。」


 レティシアの視線が飛行場の向こうに滑ったので、キリハもそれを追って微笑む。


 ロイリアはここに着くや否や、森の向こうに広がる海へと繰り出していってしまった。


 一応日が傾く頃には戻ってくるようにと言ってあるが、あのはしゃぎようだと、迎えに行かないと帰ってこないかもしれない。


 仕方ないとはいえ、普段は地下に閉じ込められているのだ。
 時間を気にせずに外で過ごせるというこの状況が、たまらなく嬉しいのだろう。


「………」


 しばらく海がある方向を見ていたキリハは、ふとその目をレティシアへと戻した。


 レティシアは穏やかな表情をして、ロイリアが消えていった方を見つめている。
 優しくなごんだ瞳には、ロイリアに対する愛情が詰まっているように見えた。


 そんなレティシアの姿を見ていると、ドラゴンも人間も全然変わらないのだと実感する。


(人間と変わらない、か……)


 はたと思い至った。


「ねえ、レティシア。一つ、訊いてみてもいい?」
「なあに?」


「レティシアって、誰かを好きになったことってある?」
「そうねぇ…………え?」


 ごくごく自然な流れで答えようとしたレティシアの言葉が、ふと途切れた。
 数秒固まった後、彼女の首がぎこちなく回って、青い双眸がキリハを見つめる。


「それは……多分、ロイリアがあんたのことを大好きなのとは、違うたぐいの〝好き〟ってことよね?」


「うん。」


 キリハが頷くと、レティシアは「んん…?」と小さくうめいた。


「急にどうしたのよ。変なものでも食べたわけ?」
「んー…。最近の俺の課題、かな? 昨日ルカに色々と訊いてみたけど、いまいちピンとこなくて。」


 キリハは難しげにうなりながら首を傾げた。


 昨日は自分も混乱していたので、訊き方が悪かったのかもしれないが、ルカもルカで相当パニックになっていたように思う。


 一生懸命答えようとしてくれた気持ちは伝わったのだが、やたらと言葉を選んだり、言いよどんだり……


 結局、ルカが何を言いたかったのかは分からずじまいだった。


 ただ、一つ分かったことがあるとすれば―――




「実際に、誰かを好きになってみないと分かんないのかなぁ…?」




 逃げるようにシミュレート室から飛び出していったルカが、最後に投げつけてきたこの言葉くらいだ。


「まあ、恋愛を課題って言うあたり、あんたにはまだ早すぎる価値観かもね。」


 レティシアは、そう言って息をついた。


「あんたって、好きだって思える人がたくさんいるでしょう?」
「うん。」


「じゃあ、その好きな人たちを順位づけすることってできる?」
「えっ…」


 唐突にそんなことを問われ、キリハは思い切り返答に詰まってしまった。




『キーリハ。ナスカちゃんとオレ、どっちが好き?』




 幼い頃、ディアラントやナスカによくそう訊かれていたことがあったのを思い出す。


「順位…」


 あの時は、無邪気に『どっちも好き』なんて答えたその問いについて、今真剣に考えてみる。


 好きな人はたくさんいる。
 レイミヤの人たちに、宮殿本部の人たち。


 これまで出会ってきたたくさんの人たちの姿を、一人ひとり丁寧に思い返し、やがて一つの結論に辿り着いた。




「無理。」




 はっきりと、首を横に振る。


 別に博愛主義というわけではないが、自分が好きだと思える人々を天秤にかけるなんて、到底できなかった。


「でしょうね。」


 初めから答えは分かっていたのか、レティシアは特に驚きはしなかった。


「いい、キリハ。その気持ちを、早く理解しようと思わなくてもいいのよ。長く生きていればね、その大好きな人たちの中から、特別だって思える相手が出てくる時がある。別にそれは、悪いことじゃないわ。だからそんな時はね、きちんとその相手と向き合ってあげなさい。もっと会いたい。離れたくない。ずっと傍にいてほしい。そんな風に思える相手が現れたら、きっと今とは違う好きの意味が分かるわよ。」


 優しく諭すように、レティシアはそう語った。


「ふーん、そっか……」


 なんとなく分かったような、やっぱり分からないような。
 そんな気持ちだ。


「やっぱ、難しいなぁ……」


 十人十色な価値観の数々。
 その一つ一つを理解するのは難しいし、それらと付き合っていくのもまた難しい。


 そんなことをしみじみと思っていると、ふと遠くから低い音が聞こえてきた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

魔力ゼロの異世界転移者からちょっとだけ譲り受けた魔力は、意外と最強でした

淑女
ファンタジー
とあるパーティーの落ちこぼれの花梨は一人の世界転移者に恋をして。その彼・西尾と一緒にパーティーを追放される。 二年後。花梨は西尾の下で修行して強くなる。 ーー花梨はゲームにもはまっていた。 何故ならパーティーを追放された時に花梨が原因で、西尾は自身のとある指輪を売ってしまって、ゲームの景品の中にそのとある指輪があったからだ。 花梨はその指輪を取り戻し婚約指輪として、西尾へプレゼントしようと考えていた。 ある日。花梨は、自身を追放したパーティーのリーダーの戦斧と出会いーー戦斧はボロ負け。 戦斧は花梨への復讐を誓う。 それがきっかけで戦斧は絶体絶命の危機へ。 その時、花梨はーーーー

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...