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第2章 ルルアのカリスマ王
ノアが訪ねてきた理由
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キリハと目が合ったノアは、状況を把握できずに口をパクパクとさせていた。
「なんで、お前がここに……」
驚愕からまんまるになっていたノアの目が、ふとした拍子に顔を覆うディアラントを捉え、次に素知らぬ顔で視線を逸らしているターニャへと向けられる。
それで二人が自分からキリハのことを隠そうとしていたことは察せられたらしく、ノアは瞬く間に頬を膨らませてしまった。
「どういうことだ、ディアラント! 説明しろー!!」
至極当然の要求が、ディアラントへと叩きつけられた。
「あー…。こうなるから嫌だったのに……」
嘆きの声で呟くディアラント。
彼は一瞬で気持ちを切り替えると、溜め息を一つ吐いて手を下ろした。
「キリハ、出ておいで。」
観念してキリハを手で招くと、キリハは不思議そうな表情をしながらも自分の隣に並んだ。
「ノア様。オレがルルアにいた時に、セレニアに可愛がってる奴がいるんだって話したのは覚えてます?」
「ああ。」
「それが、このキリハです。」
ぽんぽんとキリハの頭を優しく叩く。
「は……ええぇっ!?」
ノアが素っ頓狂な声をあげる。
「ちょっと待て! お前、一番弟子は門外不出の秘蔵っ子だと言ってたではないか!!」
「そうなんですけど、あれから状況がガラッと変わっちゃって…。今キリハは、ターニャ様直属の特殊部隊である竜騎士隊代表として、オレと仲良くここで働いてるわけなんです。」
「な、なんと……」
ノアは衝撃を受けた様子で数歩よろける。
次の瞬間。
「ターニャ! お前という奴は!」
彼女は、未だに部外者面を装っているターニャの両肩をがっしりと掴んだ。
「お前、ディアラントだけではなく、キリハまでお抱えだったのか! ずるい! さすがにずるすぎるぞ!!」
「知りませんよ。あなたにだけは言われたくないです。」
「何故だ!?」
「あなただって自国他国問わず、気に入った人材を傍に置いているそうではありませんか。さぞ優秀な方々を迎えていらっしゃるのでしょう?」
「あの二人は、レベルが違ーう!!」
「えっ…と……何が起こってるの?」
騒ぎ立てるノアとそれをあしらうターニャに、全く状況を飲み込めないキリハは、心底不思議そうな視線をディアラントへと向けた。
「キリハ。確か、今朝変わった人と会ったって言ってたよな?」
「うん。」
「それ、もしかしなくてもあの人のこと?」
「うん。」
「ははは……やっぱりね……」
空笑いをするディアラントは、ノアを指差してキリハに問う。
「キリハ。あの人がどんな人か聞いた?」
「ううん。」
首を横へ振るキリハ。
「だよなー。それが、あの人のやり方だもんなぁ……」
ディアラントは息をついた。
「あの人はな、ルルアを治めている大統領なんだよ。」
「ふーん…………えっ?」
一度は普通に流しかけたキリハだったが、遅れて言葉の意味が分かったらしい。
ぎょっとしたキリハは、ノアとディアラントの間で忙しなく視線を動かしていた。
いくら順応性に長けているキリハでも、さすがにこれは対応しきれなかったようだ。
わたわたと狼狽している様子が、少しばかり不憫に思えるディアラントであった。
「ほえー。あのルルアの大統領が、なんで突然こんな所に?」
軽くパニックを起こしているキリハの代わりに、その肩に乗っていたフールが口を開く。
当然といえば当然の疑問なのだが、そこを突かれると胸が痛い。
ディアラントは、気まずげに頬を掻いた。
「原因は、オレっていうか……」
切り出した途端に集まってくる、キリハとフールのまっすぐな視線。
罪悪感が半端じゃないから、そんな澄んだ瞳を向けないでくれ。
想定外とはいえ、自分が引き寄せてしまった大物を目の前に現実逃避することもできず、ディアラントは事の経緯を話すしかなかった。
「出張でルルアに行った時に、あの人と変に仲良くなっちゃってさ。好かれるのは嬉しいんだけど、ルルアに留まるわけにもいかないし、とはいっても、ノア様のしつこさは相当だし…。それで、思わず言っちゃったんだよ。〝本気でオレが欲しいなら、セレニアまで乗り込んでみせてくださーい〟って……」
「ああ…。それで、本当に来ちゃったんだぁ。」
フールの声音に、何もかもを悟ったような諦感じみた響きが混じる。
「どう足掻いても、ルルアに目をつけられるのは変わらなかったか……」
「ほんとにね。ちゃんとした役職に就いてる時でよかったよ。じゃなきゃ、本気で帰してくれなかったと思うもん。」
フールとディアラントは、揃って溜め息を吐き出した。
「つまり、ノアはディア兄ちゃんを引き抜くために、ここまで来たってこと?」
「……まあ、そうなるわな。」
キリハに簡潔にまとめられ、ディアラントは渋々それを肯定した。
大国ルルアを率いるカリスマ王の噂は、かねがね耳にしていた。
根っからの実力主義であるルルアは、どんな人選にも何かしらの競い事を絡める特徴がある。
そんなシビアな競争社会を圧倒的な実力とカリスマ性で勝ち抜き、わずか二十二歳にして大統領の座に就いたのが、このノアなのである。
ノアが大統領に就任してからというもの、ルルアの国力は少なくとも二倍には膨れ上がったと言われている。
その大きな要因となるのが、このような大胆な人材登用だ。
昔からルルアは、優秀な人材とあらば、出身国を問わずに自分の懐へと引き入れる国風ではあった。
しかし、引き入れた他国の人間を重役に採用するという事例は少なかった。
優秀な人材なら自国にも十分にいるという理由もあるし、競争社会を勝ち抜いてきたが故のプライドが、重要なポストに他国の人間を置くという決断をさせにくかったというのもある。
しかしノアはこれまでの国風を一変させ、優秀な人材を自ら捜しに出かけ、引き入れた人材を積極的に重要ポストへと抜擢したのだ。
自国では才能を伸ばせなかった者が、ノアに導かれてルルアで大成功したことも多いと聞く。
そして彼女に見初められたが最後、彼女の魅力に逆らえる者はいないとも言われている。
それほどまでに、彼女は人の心を掴むことが上手いのである。
そんな彼女につけられた二つ名は〝魔性の改革王〟。
少しでも政治に関わっている人間で、彼女の名を知らない者はいない。
「難儀なことになったな……」
ディアラントは口をへの字にして唸る。
ノアに気に入られたのは、自分の実力がルルアでも通用すると認められたということ。
その評価自体は、とてもありがたい。
しかし当然ながら、自分にはルルアに骨を埋めるつもりなど毛頭もないわけでして。
だからノアからのお誘いを即で断ったのだが、今考えると、それが全ての過ちだったのだと思う。
さすがに彼女も、引き抜こうとしたその場でフラれたことはなかったらしい。
そのせいで、余計にロックオンされてしまったのだからさあ大変。
結局あの時は、捨て台詞だけを残してルルアから逃げ帰ったわけだが、まさかあの捨て台詞を真に受けて、本当にここまで乗り込んでくるとは。
セレニアに帰ってきてしまえばこっちのものだと思っていたのだが、どうやらノアの行動力と執念を甘く見すぎていたようだ。
「ディア……あれ、どうするつもり?」
ターニャにあれこれ文句をつけまくっているノアを見やり、フールがそう問うてくる。
「それが分かるなら、苦労しないって……」
心の底からの本音だった。
ディアラントは重々しい口調で答え、悩ましげに自分の髪の毛を掻き回す。
ふとその時。
「……ふふ。」
と、隣のキリハが小さく笑った声が聞こえた。
「何笑ってんだよ、キリハ。」
じろりとそちらを見ると、キリハは嬉しそうにはにかんでこちらを見上げてきた。
「いーや。ディア兄ちゃんはルルアでも認められてるんだなーって、ちょっと嬉しくなっちゃって。」
向けられるのは、純な眼差しと笑顔。
複雑だ。
本当に複雑だ。
「キリハ、悪い…。もうこれ、オレだけの問題じゃないんだわ……」
「?」
キリハは首を傾げるだけ。
よくこんな純粋な子が、こんな場所で歪まずにいられるものだ。
そう考えると、確かにこんな天然記念物をノアが気に入らないわけがない。
(オレたち、育て方を間違ったかなぁ……)
本人があずかり知らぬところで多くの関心を集めてしまっているキリハを見ていると、そう思わずにはいられなかった。
「なんで、お前がここに……」
驚愕からまんまるになっていたノアの目が、ふとした拍子に顔を覆うディアラントを捉え、次に素知らぬ顔で視線を逸らしているターニャへと向けられる。
それで二人が自分からキリハのことを隠そうとしていたことは察せられたらしく、ノアは瞬く間に頬を膨らませてしまった。
「どういうことだ、ディアラント! 説明しろー!!」
至極当然の要求が、ディアラントへと叩きつけられた。
「あー…。こうなるから嫌だったのに……」
嘆きの声で呟くディアラント。
彼は一瞬で気持ちを切り替えると、溜め息を一つ吐いて手を下ろした。
「キリハ、出ておいで。」
観念してキリハを手で招くと、キリハは不思議そうな表情をしながらも自分の隣に並んだ。
「ノア様。オレがルルアにいた時に、セレニアに可愛がってる奴がいるんだって話したのは覚えてます?」
「ああ。」
「それが、このキリハです。」
ぽんぽんとキリハの頭を優しく叩く。
「は……ええぇっ!?」
ノアが素っ頓狂な声をあげる。
「ちょっと待て! お前、一番弟子は門外不出の秘蔵っ子だと言ってたではないか!!」
「そうなんですけど、あれから状況がガラッと変わっちゃって…。今キリハは、ターニャ様直属の特殊部隊である竜騎士隊代表として、オレと仲良くここで働いてるわけなんです。」
「な、なんと……」
ノアは衝撃を受けた様子で数歩よろける。
次の瞬間。
「ターニャ! お前という奴は!」
彼女は、未だに部外者面を装っているターニャの両肩をがっしりと掴んだ。
「お前、ディアラントだけではなく、キリハまでお抱えだったのか! ずるい! さすがにずるすぎるぞ!!」
「知りませんよ。あなたにだけは言われたくないです。」
「何故だ!?」
「あなただって自国他国問わず、気に入った人材を傍に置いているそうではありませんか。さぞ優秀な方々を迎えていらっしゃるのでしょう?」
「あの二人は、レベルが違ーう!!」
「えっ…と……何が起こってるの?」
騒ぎ立てるノアとそれをあしらうターニャに、全く状況を飲み込めないキリハは、心底不思議そうな視線をディアラントへと向けた。
「キリハ。確か、今朝変わった人と会ったって言ってたよな?」
「うん。」
「それ、もしかしなくてもあの人のこと?」
「うん。」
「ははは……やっぱりね……」
空笑いをするディアラントは、ノアを指差してキリハに問う。
「キリハ。あの人がどんな人か聞いた?」
「ううん。」
首を横へ振るキリハ。
「だよなー。それが、あの人のやり方だもんなぁ……」
ディアラントは息をついた。
「あの人はな、ルルアを治めている大統領なんだよ。」
「ふーん…………えっ?」
一度は普通に流しかけたキリハだったが、遅れて言葉の意味が分かったらしい。
ぎょっとしたキリハは、ノアとディアラントの間で忙しなく視線を動かしていた。
いくら順応性に長けているキリハでも、さすがにこれは対応しきれなかったようだ。
わたわたと狼狽している様子が、少しばかり不憫に思えるディアラントであった。
「ほえー。あのルルアの大統領が、なんで突然こんな所に?」
軽くパニックを起こしているキリハの代わりに、その肩に乗っていたフールが口を開く。
当然といえば当然の疑問なのだが、そこを突かれると胸が痛い。
ディアラントは、気まずげに頬を掻いた。
「原因は、オレっていうか……」
切り出した途端に集まってくる、キリハとフールのまっすぐな視線。
罪悪感が半端じゃないから、そんな澄んだ瞳を向けないでくれ。
想定外とはいえ、自分が引き寄せてしまった大物を目の前に現実逃避することもできず、ディアラントは事の経緯を話すしかなかった。
「出張でルルアに行った時に、あの人と変に仲良くなっちゃってさ。好かれるのは嬉しいんだけど、ルルアに留まるわけにもいかないし、とはいっても、ノア様のしつこさは相当だし…。それで、思わず言っちゃったんだよ。〝本気でオレが欲しいなら、セレニアまで乗り込んでみせてくださーい〟って……」
「ああ…。それで、本当に来ちゃったんだぁ。」
フールの声音に、何もかもを悟ったような諦感じみた響きが混じる。
「どう足掻いても、ルルアに目をつけられるのは変わらなかったか……」
「ほんとにね。ちゃんとした役職に就いてる時でよかったよ。じゃなきゃ、本気で帰してくれなかったと思うもん。」
フールとディアラントは、揃って溜め息を吐き出した。
「つまり、ノアはディア兄ちゃんを引き抜くために、ここまで来たってこと?」
「……まあ、そうなるわな。」
キリハに簡潔にまとめられ、ディアラントは渋々それを肯定した。
大国ルルアを率いるカリスマ王の噂は、かねがね耳にしていた。
根っからの実力主義であるルルアは、どんな人選にも何かしらの競い事を絡める特徴がある。
そんなシビアな競争社会を圧倒的な実力とカリスマ性で勝ち抜き、わずか二十二歳にして大統領の座に就いたのが、このノアなのである。
ノアが大統領に就任してからというもの、ルルアの国力は少なくとも二倍には膨れ上がったと言われている。
その大きな要因となるのが、このような大胆な人材登用だ。
昔からルルアは、優秀な人材とあらば、出身国を問わずに自分の懐へと引き入れる国風ではあった。
しかし、引き入れた他国の人間を重役に採用するという事例は少なかった。
優秀な人材なら自国にも十分にいるという理由もあるし、競争社会を勝ち抜いてきたが故のプライドが、重要なポストに他国の人間を置くという決断をさせにくかったというのもある。
しかしノアはこれまでの国風を一変させ、優秀な人材を自ら捜しに出かけ、引き入れた人材を積極的に重要ポストへと抜擢したのだ。
自国では才能を伸ばせなかった者が、ノアに導かれてルルアで大成功したことも多いと聞く。
そして彼女に見初められたが最後、彼女の魅力に逆らえる者はいないとも言われている。
それほどまでに、彼女は人の心を掴むことが上手いのである。
そんな彼女につけられた二つ名は〝魔性の改革王〟。
少しでも政治に関わっている人間で、彼女の名を知らない者はいない。
「難儀なことになったな……」
ディアラントは口をへの字にして唸る。
ノアに気に入られたのは、自分の実力がルルアでも通用すると認められたということ。
その評価自体は、とてもありがたい。
しかし当然ながら、自分にはルルアに骨を埋めるつもりなど毛頭もないわけでして。
だからノアからのお誘いを即で断ったのだが、今考えると、それが全ての過ちだったのだと思う。
さすがに彼女も、引き抜こうとしたその場でフラれたことはなかったらしい。
そのせいで、余計にロックオンされてしまったのだからさあ大変。
結局あの時は、捨て台詞だけを残してルルアから逃げ帰ったわけだが、まさかあの捨て台詞を真に受けて、本当にここまで乗り込んでくるとは。
セレニアに帰ってきてしまえばこっちのものだと思っていたのだが、どうやらノアの行動力と執念を甘く見すぎていたようだ。
「ディア……あれ、どうするつもり?」
ターニャにあれこれ文句をつけまくっているノアを見やり、フールがそう問うてくる。
「それが分かるなら、苦労しないって……」
心の底からの本音だった。
ディアラントは重々しい口調で答え、悩ましげに自分の髪の毛を掻き回す。
ふとその時。
「……ふふ。」
と、隣のキリハが小さく笑った声が聞こえた。
「何笑ってんだよ、キリハ。」
じろりとそちらを見ると、キリハは嬉しそうにはにかんでこちらを見上げてきた。
「いーや。ディア兄ちゃんはルルアでも認められてるんだなーって、ちょっと嬉しくなっちゃって。」
向けられるのは、純な眼差しと笑顔。
複雑だ。
本当に複雑だ。
「キリハ、悪い…。もうこれ、オレだけの問題じゃないんだわ……」
「?」
キリハは首を傾げるだけ。
よくこんな純粋な子が、こんな場所で歪まずにいられるものだ。
そう考えると、確かにこんな天然記念物をノアが気に入らないわけがない。
(オレたち、育て方を間違ったかなぁ……)
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