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第6章 共に、同じ世界を―――
せめて、幸せを願って……
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こうなることは、覚悟の上。
《焔乱舞》を鞘にしまって合流した自分を迎えたのは、当然ながら歓迎ムードとは程遠い尖った空気だった。
レティシアたちは皆を刺激しないよう、離れた位置で待機してくれている。
―――ここからは、自分の戦いだ。
キリハは閉じていた目を開くと、真正面からディアラントたちと対峙した。
「よ。まさか、こいつらを連れてくるとは思わなかったぞ。」
ディアラントが、極力平静を装った声で言ってくる。
そこに見える隠しきれていない動揺には触れず、キリハは静かに彼の言葉を待った。
「北の方は?」
「もう倒してきた。レティシアたちが協力してくれたから、楽なもんだったよ。ついでに、研究部が作った血液薬もかなり効くみたい。」
「……なるほどな。天は、キリハに色々と味方したってことか。」
苦笑を浮かべるディアラント。
とはいえ、この中でそんな風に笑えるのは彼だけだった。
キリハはぐるりと辺りを見回す。
凍りついた皆の表情。
多くの人がこの状況に驚き、恐怖している。
努力だけでは、どうにもならないこともある。
自分がどんなに語りかけても、完全に理解してもらうことなんて不可能だ。
ここが、本当の引き際。
こんな皆を見て、これ以上意固地を通すことなんてできない。
「みんな。俺の最後のわがまま……許してね。」
本当は、わがままなんかで終わらせたくはない。
でもせめて、彼女たちの命だけは助けたいから。
キリハはくるりとディアラントたちに背を向け、今度はレティシアたちと向かい合った。
「ねえ、西側に帰る?」
そっと訊ねる。
「チャンスは、今しかないと思うんだ。レティシアは人間を恨んでないって言ってくれたけど、多分俺たちはそうじゃない。このまま宮殿に戻ったら……今度こそ、殺されちゃうかもしれない。俺は、そんなの嫌だよ。」
胸が引き潰れそうだ。
ディアラントたちのことを信じていないわけじゃない。
でも今は、彼らを否定する言葉を告げるしかない。
信じたい。
一緒にいたい。
笑いたい。
たくさんやりたいことがあるのに、それを飲み込むしかないなんて……
「なんて顔してんのよ。」
優しく笑うレティシア。
そんな彼女の言葉が、心の柔らかい部分をちくちくと刺してくるようだった。
「こっちは初めから、歓迎されてないことくらい分かってるのよ。聞いた話によると、私たちは三百年も眠ってたらしいじゃない。あんなことが起こってから、三百年も経つの。こうなるのも、仕方ないことじゃない?」
「―――っ。でも、俺は…っ」
「ああもう、往生際が悪いわね。ちょっと、こっち来なさい。」
まるで、母親のような口調。
それに導かれてその場を駆け出すと、レティシアがゆっくりと頭を下げてきた。
「もう…。泣くんじゃないの。」
「だって……だって、悔しいじゃん! せっかく、二人の言葉が分かるようになったんだよ? これから色んなことを教えてほしかったし、俺のこともたくさん知ってほしかった。なのに…っ」
レティシアの頭を抱き締めた瞬間、感情の留め金が外れてしまって、涙がどんどんあふれてくる。
まだちゃんと、互いのことを分かり合えてもいない。
こんなにやりきれない気持ちで別れることになるのは嫌だ。
いっそのこと、レティシアたちと逃げてしまおうかと思ってしまうくらいに悔しい。
でも、《焔乱舞》を取った責任から逃げないと決めた以上、自分はこの立場を捨てることなどできない。
だからせめて、彼女たちの幸せを願うことくらいしかできなくて……
「お馬鹿。」
レティシアは笑ってばかりだ。
「あんたのことは、嫌ってくらい知ったわよ。馬鹿がつくくらいのお人好しで、諦めが悪くて、人間のためにもドラゴンのためにも泣けるくらい優しい子よ。私もロイリアも、ちゃんとあんたのことを覚えといてあげる。だから、あんたは人間の中に戻りなさい。」
「キリハ……」
子犬のように心細そうな声をあげてすり寄ってくるロイリアの頭を引き寄せ、レティシアの頭と一緒に強く抱き締める。
「おい、ディア! てめえ、この期に及んで、まだだんまり決め込む気か!?」
鼓膜を突き破る勢いでイヤホンから怒号が響いたのは、その時のことだった。
《焔乱舞》を鞘にしまって合流した自分を迎えたのは、当然ながら歓迎ムードとは程遠い尖った空気だった。
レティシアたちは皆を刺激しないよう、離れた位置で待機してくれている。
―――ここからは、自分の戦いだ。
キリハは閉じていた目を開くと、真正面からディアラントたちと対峙した。
「よ。まさか、こいつらを連れてくるとは思わなかったぞ。」
ディアラントが、極力平静を装った声で言ってくる。
そこに見える隠しきれていない動揺には触れず、キリハは静かに彼の言葉を待った。
「北の方は?」
「もう倒してきた。レティシアたちが協力してくれたから、楽なもんだったよ。ついでに、研究部が作った血液薬もかなり効くみたい。」
「……なるほどな。天は、キリハに色々と味方したってことか。」
苦笑を浮かべるディアラント。
とはいえ、この中でそんな風に笑えるのは彼だけだった。
キリハはぐるりと辺りを見回す。
凍りついた皆の表情。
多くの人がこの状況に驚き、恐怖している。
努力だけでは、どうにもならないこともある。
自分がどんなに語りかけても、完全に理解してもらうことなんて不可能だ。
ここが、本当の引き際。
こんな皆を見て、これ以上意固地を通すことなんてできない。
「みんな。俺の最後のわがまま……許してね。」
本当は、わがままなんかで終わらせたくはない。
でもせめて、彼女たちの命だけは助けたいから。
キリハはくるりとディアラントたちに背を向け、今度はレティシアたちと向かい合った。
「ねえ、西側に帰る?」
そっと訊ねる。
「チャンスは、今しかないと思うんだ。レティシアは人間を恨んでないって言ってくれたけど、多分俺たちはそうじゃない。このまま宮殿に戻ったら……今度こそ、殺されちゃうかもしれない。俺は、そんなの嫌だよ。」
胸が引き潰れそうだ。
ディアラントたちのことを信じていないわけじゃない。
でも今は、彼らを否定する言葉を告げるしかない。
信じたい。
一緒にいたい。
笑いたい。
たくさんやりたいことがあるのに、それを飲み込むしかないなんて……
「なんて顔してんのよ。」
優しく笑うレティシア。
そんな彼女の言葉が、心の柔らかい部分をちくちくと刺してくるようだった。
「こっちは初めから、歓迎されてないことくらい分かってるのよ。聞いた話によると、私たちは三百年も眠ってたらしいじゃない。あんなことが起こってから、三百年も経つの。こうなるのも、仕方ないことじゃない?」
「―――っ。でも、俺は…っ」
「ああもう、往生際が悪いわね。ちょっと、こっち来なさい。」
まるで、母親のような口調。
それに導かれてその場を駆け出すと、レティシアがゆっくりと頭を下げてきた。
「もう…。泣くんじゃないの。」
「だって……だって、悔しいじゃん! せっかく、二人の言葉が分かるようになったんだよ? これから色んなことを教えてほしかったし、俺のこともたくさん知ってほしかった。なのに…っ」
レティシアの頭を抱き締めた瞬間、感情の留め金が外れてしまって、涙がどんどんあふれてくる。
まだちゃんと、互いのことを分かり合えてもいない。
こんなにやりきれない気持ちで別れることになるのは嫌だ。
いっそのこと、レティシアたちと逃げてしまおうかと思ってしまうくらいに悔しい。
でも、《焔乱舞》を取った責任から逃げないと決めた以上、自分はこの立場を捨てることなどできない。
だからせめて、彼女たちの幸せを願うことくらいしかできなくて……
「お馬鹿。」
レティシアは笑ってばかりだ。
「あんたのことは、嫌ってくらい知ったわよ。馬鹿がつくくらいのお人好しで、諦めが悪くて、人間のためにもドラゴンのためにも泣けるくらい優しい子よ。私もロイリアも、ちゃんとあんたのことを覚えといてあげる。だから、あんたは人間の中に戻りなさい。」
「キリハ……」
子犬のように心細そうな声をあげてすり寄ってくるロイリアの頭を引き寄せ、レティシアの頭と一緒に強く抱き締める。
「おい、ディア! てめえ、この期に及んで、まだだんまり決め込む気か!?」
鼓膜を突き破る勢いでイヤホンから怒号が響いたのは、その時のことだった。
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