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第5章 一縷の希望
ドラゴン側の認識
しおりを挟む「危ない!」
浮遊感に包まれていた体は、地面に落ちるよりも前に固い感触に包まれた。
「あんた、馬鹿なの!? ユアンと違って、無鉄砲すぎんでしょ!?」
頭の中に声が響いたので、顔を上げて上を見る。
そこには、大きなドラゴンの影。
どうやら、レティシアが自分をキャッチしてくれたようだ。
「ごめん、体が勝手に動いちゃって。」
「あのねぇ…。まあ、なんとか受け止めるのは間に合ったし、あっちも何事もなく収まりそうだからいいけどね……」
もう少し説教でもされるかと思ったのだが、レティシアは溜め息混じりにそう言うだけだった。
「それにしても……人間って、えげつないものを作るわね……」
レティシアの首が下に向いたので、キリハもそれに倣って下を見やる。
炎に包まれているドラゴンは、これまで倒してきたドラゴンとは違って、力なく地面に横たわっていた。
苦しそうにもがいているような印象は受けるのだが、もはや苦しさで暴れる力さえないようだ。
炎の中で微かに痙攣しているドラゴンの姿は痛々しげに映って、胸の辺りが締めつけられる感覚がする。
《焔乱舞》が急に暴れ出したのは、血液薬による苦しさから少しでも早く仲間を解放してやりたいという、リュドルフリアの意志だったのかもしれない。
声もなく命を終えていくドラゴンの姿を見つめながら、そんなことを思った。
「本当に、これでよかったのかな……」
ぽつりと零れてしまう、いつもの違和感。
「こんな風に殺さないで、生かして助けてあげられる方法って……本当にないのかな?」
「はあ? あんた、そんなことで悩んでるの?」
返ってきたのは、何故か呆気に取られたような声だった。
「別に、そんなことなんて気にしなくていいのよ? 少なくとも、私たちはこれまでずっとこうしてきた。間違ってると思ったこともないわね。あんたたちだって、知性があるなら分かるんじゃない? 自分が自分じゃなくなってしまうなら、自分だって分かるうちに殺してほしいって思う気持ちくらい。」
「病気を治して、生き伸びようとは思わないの?」
「私たちは、人間ほど複雑な生き物じゃないのよ。人間が事あるごとに原因を究明して、道具を作って改善しようとする習性もよく分からない。私たちの中にあるのは、常に生きるか死ぬかの二択。死期を悟ったら、その時が死期なの。」
「そんな……もん、なんだ……」
それ以上、返せる言葉がなかった。
ドラゴンは人間のように、自然の摂理に抗ってまで生きようとしない。
もしかしたらそれが、生き物としては正しい姿なのかもしれない。
でも、彼女の言葉をそのまま受け入れることができない自分がいた。
手段を知っているから。
蓄えてきた知識があるから。
人間である自分は、それらを駆使して、どうしようもない現実に突破口を見出だそうとしてしまう。
「……そんな風に、無駄に罪悪感を負うもんじゃないわよ。あんたら人間は、いつもそう。ユアンもあんたも、私たちの同胞じゃないくせに、そうやって自分のことみたいに悩んでばっか。私から見たら、馬鹿じゃないのって思うところも多々あるけどね。」
「………」
「でも、ありがとう。」
「………え?」
思わずレティシアを振り仰ぐと、彼女はくすりと声で微笑んだ。
「あんたら人間は、私たちからすればちっぽけな存在よ。そのくせ、身の丈に合わないことばかりしてる。でもね、そんなまっすぐな人間の姿が、リュード様は大好きだったんでしょうね。あんたたちは自分の身を守るために必死なんでしょうけど、それでもこうやって、私たちの同胞を楽にしてくれてるのには感謝してるわ。だから、自信を持ちなさい。別に私たちは、人間を恨んじゃいないんだもの。」
「恨んで、ない…?」
「ええ。」
なんでもないことのように、レティシアはそう告げた。
きっと、彼女は気付いていまい。
その言葉が、自分にどれだけの驚愕と安堵をもたらしたかなんて。
「さて、次に行く場所は決まってるんでしょ? 面倒だから、このまま運ぶわよ。」
「あ…。うん!」
少し遅れて答えると、途端にレティシアがスピードを上げた。
吹きつける風が強くなったが、自分が落ちないように、レティシアがしっかりと体を掴んでくれる。
「ねえ、レティシア!」
不安を消し去ってくれるようにも感じる心地よい風を受けながら、キリハはレティシアに呼びかけた。
「何ー?」
「後で、ちょっと訊きたいことがあるんだ。」
そう言ったキリハの目には、いつもの明るい光が宿っていた。
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