204 / 598
第4章 自分の役目
初めて知る自分の一面
しおりを挟む「―――っ」
音にならない声で。
空気を一切震わせない悲鳴をあげて。
キリハは、涙を流さないまま慟哭する。
感じたのは確かな怒り。
身を焦がしたのは強烈な敵意。
ドラゴンではなく、人間を屠るために暴れた炎。
その炎の中に、無慈悲で圧倒的な力をふるおうとした自分がいた。
全てを焼き尽くそうと思った自分が、確かにいたのだ。
知らなかった。
こんな自分がいたなんて。
そして怖かった。
こんな苛烈な一面を持っていた自分のことを、信じられなくなりそうで。
「大丈夫だ、キリハ。」
両手で顔を覆って声を殺して震えるキリハを抱き締め、ディアラントは力強く語りかける。
「大丈夫。お前は、ここにいていいんだ。それに、何度も言っただろ。両親の代わりにはなれないかもしれないけど、オレのことは家族だと思っていいって。一人で我慢するな。……頼むから…っ」
ディアラントの言葉が、優しく胸に響く。
きっと彼は、誰よりも自分のことを理解してくれている。
だからこんな風に、自分が欲しがっている言葉をくれる。
「大丈夫。生きてりゃ、誰だってキレることはあるんだ。なっちまったもんは仕方ない。これからを考えよう。前を向こう。」
流れ行く毎日の中で、絶対に忘れまいと、どこかで必死にすがりついていた両親の面影がよみがえる。
ディアラントの言葉が、今は亡き父の言葉と重なる。
そうだ。
そのとおりだ。
起こってしまったことは取り消せない。
どんなに現実逃避をしたって、その現実が歪むわけじゃない。
現実はただ、あるがままの姿でそこにあるだけ。
「………っ」
キリハはそっと目を閉じる。
荒れ狂う衝動的な思い。
それと真正面から向き合う。
あれが、本気の怒りというものなのだ。
理性なんて簡単に麻痺させて、問答無用で自分の心を飲み込んだ真っ赤な熱。
あれが怒り。
あれが衝動。
自分の中にも確かに存在する、黒い苛烈な一面。
それでも、目を背けちゃいけない自分自身の姿。
足元で、何かが震えている。
きっと、《焔乱舞》も怒っているのだろう。
理不尽な決めつけで同胞を傷つけようとした人間に、自分と同じように怒りを覚えたのだ。
それは《焔乱舞》に込められた炎が―――リュドルフリアの心が、今も生きている証拠。
生きていれば、誰だって怒ることはある。
ディアラントはそう言ってくれた。
それが真実だと、自分も知っている。
大丈夫。
向き合える。
受け入れられる。
―――前に進める。
「大丈夫……大丈夫……」
自分に言い聞かせるように呟くと、ディアラントが大袈裟なほどに震えるのが分かった。
キリハは唇を噛み、ディアラントを見上げる。
「大丈夫。もう大丈夫だよ。ありがとう、ディア兄ちゃん。」
ほんの少し笑って、キリハはディアラントにそう告げた。
「本当に大丈夫か?」
ディアラントの声はまだ硬い。
「まだちょっとつらいけど……でも、大丈夫。」
素直に言うと、しばらく何かを見定めるように険しい表情をしていたディアラントが、やっと息を吐いて力を抜いた。
「なら……いいんだ。でも、きつくなったらすぐに言え。マジで心臓に悪いから。」
「ごめん……」
しゅんとうなだれるキリハ。
「馬鹿、ちげーよ。」
ディアラントは憤然とした様子で言うと、キリハの額を軽く弾いた。
「お前が暴走することが心臓に悪いんじゃない。お前がそうやって、つらいこと溜め込むのが心臓に悪いんだ。覚えてないかもしれないけど、お前には前科があるんだからな?」
「………?」
ディアラントの言葉の意味を掴みあぐね、キリハは不思議そうに首を傾げる。
すると、ディアラントはさらに溜め息をついて眉根を押さえた。
「いや……なんでもない。ただ、これだけは徹底してくれ。しんどくなったら、とにかくオレに言うこと。オレに言いにくかったら、ミゲル先輩とかルカ君でもいいから。」
「う、うん…。分かった…?」
とりあえず頷いてみたものの、ディアラントが何をそんなに心配しているのかは、いまいち分からないままだった。
「よろしい。」
ディアラントはそう告げると、キリハから手を離して肩を落とした。
さすがに疲れたのだろう。
心なしか、顔色が青いように見えた。
「……なあ。」
しばしの沈黙を経て、ディアラントが再び口を開いた。
「キリハは、この先どうしたい?」
投げかけられた問いは、今まで問われてきたこととは比べ物にならないほど重く聞こえた。
「白状するとな……オレは、ジョー先輩がいつかあんな行動に出るだろうことは知ってた。」
床を適当に眺めながら、ディアラントは訥々と語る。
「前に言われたんだ。『僕は間違いなくキリハ君を傷つけるから、その時はキリハ君のことをよろしく。』ってな。だから、もし今回のことでお前がジョー先輩を責めるなら、こうなるって知っててジョー先輩を止めなかったオレも同罪だ。」
「………」
胸がざわめくのを感じながら、キリハは黙してディアラントの言葉を待った。
ここで怒るのは簡単だ。
でも、この場で求められているものはそんな単純なことじゃない。
それだけは、すぐに理解できた。
「今回は、オレがみんなに答えを示してやるべきじゃないと思った。だからオレは、黙ることを選んだ。ジョー先輩のことも、あえて止めなかった。いや、止めるべきじゃないと思った。ジョー先輩がジョー先輩なりにキリハを心配してることは知ってたし、ぶっちゃけあの時点では、ジョー先輩が誰よりもしっかりした考えを持ってたしな。それに、キリハにとってもいい勉強になると思ったんだ。」
ディアラントはそこで、まっすぐにキリハの目を見つめる。
「よく分かっただろ? 必ずしもオレが、キリハの味方につくとは限らないってことも。どんなに強く訴えても、全部が全部上手くいくわけじゃないってことも。……自分が、今まで守られてたんだってことも。」
「うん。」
キリハはしっかりと頷いた。
「それでもキリハは、あのドラゴンたちを守るか?」
静かに訊ねられる。
「他人と違うことを貫くには、それ相応の責任が伴う。周りにそれを認めさせるなら、生半可な努力じゃ足りないんだ。味方だった人を敵に回せるだけの覚悟が必要だし……時にはジョー先輩みたいに、あえて誰かを傷つけることも必要になるかもしれない。オレは……」
ふと途切れるディアラントの言葉。
「オレは……それで…………人を殺した。」
きつく目を閉じたディアラントの口から漏れたのは、悲痛な響きを伴った、囁くような独白。
その告白に、驚きすぎて息を飲むことすらできなかった。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
世界の十字路
時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく―――
ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。
覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。
自分の見ている夢は、一体何を示しているのか?
思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき―――
「お前は、確実に向こうの人間だよ。」
転校生が告げた言葉の意味は?
異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!!
※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。
魔力ゼロの異世界転移者からちょっとだけ譲り受けた魔力は、意外と最強でした
淑女
ファンタジー
とあるパーティーの落ちこぼれの花梨は一人の世界転移者に恋をして。その彼・西尾と一緒にパーティーを追放される。
二年後。花梨は西尾の下で修行して強くなる。
ーー花梨はゲームにもはまっていた。
何故ならパーティーを追放された時に花梨が原因で、西尾は自身のとある指輪を売ってしまって、ゲームの景品の中にそのとある指輪があったからだ。
花梨はその指輪を取り戻し婚約指輪として、西尾へプレゼントしようと考えていた。
ある日。花梨は、自身を追放したパーティーのリーダーの戦斧と出会いーー戦斧はボロ負け。
戦斧は花梨への復讐を誓う。
それがきっかけで戦斧は絶体絶命の危機へ。
その時、花梨はーーーー
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
俺と幼女とエクスカリバー
鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。
見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
魔術学院の最強剣士 〜初級魔術すら使えない無能と蔑まれましたが、剣を使えば世界最強なので問題ありません。というか既に世界を一つ救っています〜
八又ナガト
ファンタジー
魔術師としての実力で全ての地位が決まる世界で、才能がなく落ちこぼれとして扱われていたルーク。
しかしルークは異世界に召喚されたことをきっかけに、自らに剣士としての才能があることを知り、修練の末に人類最強の力を手に入れる。
魔王討伐後、契約に従い元の世界に帰還したルーク。
そこで彼はAランク魔物を棒切れ一つで両断したり、国内最強のSランク冒険者から師事されたり、騎士団相手に剣一つで無双したりなど、数々の名声を上げていく。
かつて落ちこぼれと蔑まれたルークは、その圧倒的な実力で最下層から成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる